大河ドラマ「どうする家康」のドラマストーリーにすっかりはまっています爆笑

 

image

 

昨日は「裏切り者」

 

家康を支え続けた重臣の石川数正が出奔するという話。

 

image

 

松重豊さん、クールに熱演でしたラブラブ

 

三河を守るため、徳川家を守るために自らを犠牲にして秀吉の元へ出向いたのではと思いましたえーん

 

 

ドラマエンディングの紀行潤礼では、大阪城と竹生島が紹介されました音譜



豊臣時代の大坂城の遺構を見られる場所は限られていますビックリマーク

 

なぜなら、1615年大坂夏の陣で豊臣大坂城は落城、焼失。


残った石垣等は、徳川によって地中に埋められたからです。


現在見る大阪城の石垣等は、徳川時代(1620-1629年)に造られたものです。


ちなみに天守閣は昭和6年築です。

 

image

図はおかりしました

 

この図はとてもわかりやすいですが、

豊臣時代の石垣は徳川時代の石垣の中というわけです。

 

番組で紹介された追手門学院小学校の敷地内にあるおおてもん石垣ギャラリー

 

1596年に豊臣秀吉が築いた大坂城の三の丸の石垣だそうです。

発掘、復元展示しています。

 

ギャラリーは一般公開していないようですが、ギャラリーの上に窓があって、そこからのぞいて見ることができますよ音譜

 

先日、乾櫓を見た時、すぐ近くを通りましたが、写真を撮らなかったーあせる

次回、写真を撮ってきます!

 

さて、番組で紹介していたもう一つの秀吉時代の石垣は、昭和59年に発見された高さ6mの石垣。

 

ここは現在、公開施設を建設中です音譜

 

image

写真はおかりしました

 

今年5月の様子

image

 

 

施設建設は難航しているようですが、はやく豊臣石垣を見てみたいです!



そして、琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)

 

宝厳寺の唐門が秀吉時代の大坂城の極楽橋の遺構と伝わっています。


番組では、慶長7(1602)年、寺の伽藍工事にあわせて、秀頼の命でここに移築された、と紹介しています目


竹生島も長浜もまだ行ったことがないので、是非、訪ねたいです!!


 

先週のNHK「歴史探偵」の番組で紹介されましたが、大阪城内でもう1箇所、豊臣石垣が見られる場所がありますビックリマーク


(写真は2022年5月撮影)

image


なんと、地上から7mも下に豊臣時代の石垣がありますびっくり


徳川家、どんだけ盛土してん、、、


image

 

image

 

image


この穴がある場所は天守閣前です。


image

 

普段は蓋がかぶせられて、中を見ることはできません。

年に2回くらい公開日があります!


柵越しに見ることができます爆笑


 

番組で知っている場所が紹介されて、うれしいです〜音譜