大阪のメインストリート
御堂筋(みどうすじ)
御堂筋は正式には国道25号と176号の一部だそう。
御堂筋は道路愛称名とはじめて知りました![]()
さて、御堂筋の名前の由来は![]()
現在も御堂筋に北御堂と南御堂の2つの大きなお寺があります。
16世紀末からこの地にあるそうですが、
この2つの御堂を結ぶ道から御堂筋と呼ばれるようになったとか。
昭和12年に現在の御堂筋ができる以前は、
道幅6m、長さ約1.3kmの狭く短い道でした![]()
ちなみに「御堂」とは、寺院や仏像を安置したお堂を意味します。
北御堂の正式名は、浄土真宗本願寺派本願寺津村別院。
京都の西本願寺の宗派です。
南御堂は、真宗大谷派難波別院。
京都の東本願寺の宗派です。
先日、御堂筋を淀屋橋から歩き始め、途中、寄り道をしながら、北御堂を訪ねました
はじめて本堂の拝観をさせていただきました。
開館時間中、自由に入れます。
江戸時代から続く建物は昭和20年の大阪空襲で焼失してしまい、
現在の建物は昭和39年に建てられたものです。
御堂筋から階段を登っていきます。
本堂はとても広い空間で、黄金でした![]()
浄土真宗開祖 親鸞聖人の像
親鸞聖人像の向かい側に第8代宗主 蓮如上人の像。
蓮如上人は大坂の歴史でキーパーソンです![]()
40メートルにわたる「歴史ガイドウォール」![]()
1496年、蓮如上人、大坂の地に坊舎を建立。これ重要事項
「大坂」の地名が初めて文献に登場![]()
その後、本願寺と織田信長の10年にわたる合戦。
本願寺の大坂からの退去。
浄土真宗の分裂。
津村別院と難波別院の建立。
江戸末期北御堂と船場の街並み、貴重な写真です![]()
写真が凸凹しているのは、これ、壁にプリントされた展示物だからです![]()
昭和12年に完成した御堂筋。
北御堂の存在感がありますね![]()
大阪空襲後の写真を見て、唖然としました。
御堂の建物は跡形もなくなりました。
残った釣鐘が無惨すぎます![]()
大坂本願寺の復元模型。
学術研究に基づいた模型。精巧なつくりです![]()
大坂本願寺(石山本願寺)といわれた寺内町があった場所は現在の大阪城です。
大坂本願寺の地盤は、現在の地表(徳川時代)の下の豊臣時代の地表の
さらに下ということらしいです![]()
北御堂ミュージアムの展示をもっとじっくり見たかったですが、時間切れ![]()
また再訪したいと思います。
北御堂ミュージアムは、年中無休で、入館料無料です。
大阪の歴史を知ることができるありがたい施設です
中央大通りを越えたところに南御堂があります。
こちらは、2019年に山門がビル型の門構えになりました。
南御堂は、松尾芭蕉終焉の地として大阪検定によく出ます
(1年前に撮影したこの写真だけ残っていました)
南御堂もまた再訪したいです






















