この夏は、あまりにも退屈だったものだから、ふと自分にとっての「夏の思い出」って何だろうってことを考えてみた。すると最初に浮かんだのが、キャンプファイヤーだった。え?キャンプファイヤー?

 

昭和のど真ん中に生まれた僕にとって、夏休み直前にあった高校の学校祭のフィナーレといえばキャンプファイヤーなのだ。今の時代、学校でファイアーは禁止レベルでできないらしい。だから、若い人たちにとっては信じられないかもしれませんが。

ひと昔前の田舎の学校のグラウンドとはいえ、巨大な焚火なのだから危ないといえば危ないし、そもそもどうして学祭をファイヤーで締めくくるのか、その意味がわからなかった。

 

それは高校三年生のときだった。たいした面白いと思えなかった学校祭も意味不明のキャンプファイヤーも、僕にとってこれで最後かと思うと、なんとなく寂寥としたものだけが残っていた。いや、「まだ大人じゃない」って云える残り少ない時間を惜しんでいるといった方が正しかったのかもしれない。

 

燃えている大きな薪(太い角材だった)の爆ぜる音以外は全く聞こえてこない、たくさんの生徒が歩き回っているのだから騒めいているはずなのに。

すると後ろから肩を叩かれた。振り向くと同級生のルミちゃんが立っていた、ちょっとだけ笑った顔で。

 

ルミちゃん…それはいつの間にか僕が思いを寄せていた人。いつの間にか、なんて何か照れてごまかしているような言い回しだけれども、でもそれは本当なのだ。

入学したときからその存在は知っていて、やがてグラデーション的に僕の中の気持ちが変化していって、「ああこの人のことが好きなんだ…」って三年生のこの時期になって、ようやく思い始めた。だから僕はついに自分の気持ちを伝えることができなかったのだ。

 

キャンプファイヤーの炎の燃え上がるピークはもう過ぎたみたい、でも僕もルミちゃんも夕闇の中で徐々に濃くなっていく熾火のオレンジ色から目が離せないでいた。

「もうすぐ夏休みだね」

そういいながら彼女はすぐ後ろにあった朝礼台のステップに腰を掛けた。僕もつられるかのように隣に座った。こんなにすぐ隣に好きな人がいるって、たぶん生まれて初めてのことかもしれない。

 

夏休みがきて、やがて終わる。それからは進学だの就職なんかの準備を本格的に始めなければならない。僕はまだずっと先のことのように思えて、現実逃避のように考えないでおこうと思っていたのだが。

 

「卒業したくないな」ルミちゃんの声がやけに近くから聞こえた気がした。

「え?」彼女の方を向くと、すぐそばというか、ほとんど僕たちは密着状態になっていた。

「卒業したくない、みんなと離れたくない、自分の力で生きていくなんて自信がない」ルミちゃんは怯えるようにそう言った。

「まだ…」僕の擦れた声は思いがけず大きくて、自分でもびっくりしたほどだ。

「え?」

「僕たちはまだ、大人になっていないから、考えなくてもいいんじゃない」

「…」

「まだ大人じゃないから」

「でも…いつまでそういえるのかな?」

「わからない、少なくても今、このときはそうだよ」

「今…」

「ああ、あのキャンプファイヤーの火が消えるまでは大丈夫」

「そうだね」

すると、ルミちゃんは僕の肩におでこを押し付けてきた。でもそれはほんの数秒のこと。そして無言で立ち去ってしまった。

 

僕の記憶はここで途絶える。その後、どうなったのかはまったく残っていない。ただ残念なことに、僕と彼女の間に特別なことは起こらなかった、それだけは断言できます(笑)。