<バンド結成をあきらめる理由などない>
この高校で二回目の春を迎えた。
北海道のこの季節、木々は待ちわびたように新芽をほころばせ、冷たく長い冬から解放された緑たちは、実に頼りないくらい淡い色なのだ。
そんな生まれたばかりの生命の息吹に別に感動するわけもない鈍感なくせに、僕は生意気にも二年生になったのです。
「二年生だなー、俺たち」といきなりムラタが云う。
「そだなー」「あと一年だなー」「え?なにが?」「こうしてのんびりしていられるのが」「なんで?」「…バカだな、三年生になったら一応、将来に向けて焦らなければならないだろう」「そうか、のんびりできるのもあと一年か」
いつも通りの不毛な会話をムラタと交わしていたのだが、彼は突如ゲラゲラ笑いをしながらこんなことを言い出した。
「そういえば、この間マサヒトが俺のところにきて、ボーカリストが見つかったって」
「え?ホントか?ついにバンドができるのか!」
マサヒトは一応うちのバンドのギタリストだ、といってもベースのムラタ、そしてドラムの僕の三人しかいない未完成バンドなのだが。
昨年のシンタロー解雇事件以来、ぐったり疲れてしまった僕たちはしばらくバンドのことを考えないようにしていた、でもやっぱり気持ちのどこかではやりたいと思っていたのだろう。僕は無意識のうちに食いついていていたのだった。
「マサヒトの知りあいってことはムラタとも同じ中学だった奴?」「ああ、だからびっくりして」「びっくりって?」「だって、そいつって中学のとき女みたいな高い声だったんだよな」「えー、僕たちはロックバンドだよね?」「マサヒトが云うには、急に声変わりがきて濁声になったって」「ほぉ、だったらいいんじゃね?」「うん、でも声が変わってから会ったことないから、今度うちで歌わせてみようと思って」「おー、オーディションってやつですか」「ははは、まあそう云うことだ」
僕たちは、一時は練習場所を確保しかけたのだがシンタロー事件で頓挫してしまい、バンド自体もその時点で暗礁に乗り上げたままなのであった。だからボーカルが見つかったとしても演奏する場所はない。それでも何もしないよりまましだろ、それくらいの浅はかさで行動を起こしたのだった。
二日後、集合場所であるムラタの部屋で僕はそいつと会った。名前はムネオ。特に挨拶を交わすわけでもなく、煙草の煙がモンモンしている部屋でオーディションは始まった。
「えー、本当にここで歌えっていうのかよ」
確かに濁声、でもおばさん声の名残りがあるような気もする。
「だから最初っからそういっているだろうが」「隣とかから苦情来ないか?」「一発やったらソッコーで外に脱出する、ってんでどう?」「ムラタ、あったまいいー!そんじゃ」
高校生とは思えない浅知恵を誰一人疑うことない僕たち。おもむろにムラタがベースを弾き始め、すぐにマサヒトもシンクロしてくる。小さいけれどもギターアンプがあって、そこにベースとマサヒトのギターがつながっている。アンプのボリュームは最大限。
ムラタが選んだ曲はディープ・パープルのスピードキング、この選曲わからないでもないが、でも無謀なのでは?と思っていたのだが、ムネオはなんとイアン・ギランばりの野獣シャウトで…ただ、ちょっとおばさん声の気配が残っているけれど、でも一番を歌い切った。
びっくりだ、こりゃ合格ですなぁ。とか思っていたっけ、下の階からドンドンと音がするし建物全体がなんとなくざわついているみたいだ。
ムラタの家は社宅住まい三階。悪いことをしているという意識満載の僕たちは逃げるように外に出た。それから四人で当てもなくぶらぶら歩きながら、どんな曲をやりたいかなんて話をした。
僕は、そこでようやく本当にバンドができそうな気がして、なんか久々にワクワクしてきたのであった…練習場もないくせにね。
ちなみに、その夜ムラタはしこたま両親に怒られたらしい。
そして僕たちはムラタ家から出禁通告を受けたのであった。(つづく)