子どものころの頼りない記憶だが、こんなシーンを憶えている。
小学校に入ったばかりのある日、二つ上の姉と二人で小学校に向かって歩いていた。すると後方から僕たちよりもはるかに年上の、といってもせいぜい中学生くらいの男の人が自転車に乗って近づいてきた。そして僕たちを追い越そうとしたそのとき、自転車は急によろよろと蛇行して、そのまますぐそばの家のガラスに突っ込んでしまったのだ。男の人は血を流し、そして泣きながら立ち上がった。すると突っ込まれた家から大人の女の人が飛び出して、ケガをした男の人を抱えるようにして走って病院に向かった。その大人の女の人は、そのときの僕の担任だった上林先生、のように見えた。そして「病院に向かった」と思ったのは、走っていった方向に「あきた医院」があったからだ。
まったく、あっという間のできごとだった。
これは夢ではない、と今でも信じている。でも、不思議なことだらけなのだ。まず、自転車が蛇行した原因が僕と姉にあるように思い込んでいること。僕たちを追い越そうとしてハンドルを切り損ねたのだとしても、そこは普通に車が走る幅のある道路だから、そんなことはないのに。それから、どうしてわざわざ担任の先生の家だったのだろうか。
結局、そこには姉と僕のふたりが取り残されることなったが、そのまま学校に向かったのだ、何ごともなかったかのように、いや、このおかしな記憶だけを残して。
ところで、このときケガをしたのは実は知っている人だった。どこのだれのきょうだい、くらいの関係図は幼い自分の中でも描けた。それは、あの町がそれだけ小さかったから、ということなのだが。その関係図によりますと、彼は「僕のひとつ年上でとても意地悪な男子の、年の離れたお兄さん」だった。
この「ひとつ上の意地悪な男子」、つまり弟のことはよーく憶えている。意地悪というキーがあったからだ。あの自転車事件の翌々年くらいに、この意地悪男子と学校の廊下ですれ違ったときのことだ。たぶん僕は廊下の真ん中を歩いていたのだろう、すると向こうから歩いてきた意地悪男子はすれ違いざま、無言で僕を横に突き飛ばしたのだった、邪魔だと云わんばかりに。僕の頭には血が一気に登ってしまい、そいつを追いかけ押し倒し馬乗りになって胸ぐらを摑み、下級生だからといって何をやってもいいと思っているのか!あやまれ!と云ってみたかったなぁ、と、今でも思う、情けないが。実際は、突き飛ばされた直後は何が起こったのか分からずにきょとんとしていた。それからじわじわと腹が立ってきたわけだ、情けないが。
しかし、そいつの名前は今でも憶えているぞ、我ながらシューネン深いものだ。
で、ケガをしたお兄さんの方はその後完全復活をして元気に通学を始めましたとさ、よかったよかった、というぎこちないながらもそんな感想が頭の中に残っているのだから、きっとそうだったのだろう。お兄さん、といっても僕より結構年上だったので、今はすでに老人の域に達しているのではないか。あるいは、その「域」どころか鬼籍に…いや、冗談ですよ、ごめんなさい、お元気でしょうか?
それよりあの意地悪男子だ、弟の方だ、未だに名前を憶えているんだぜ、ふふふ。

