<バンドやろうぜ>

バンドやろうぜ、ってムラタから突然の提案があった。彼の頭の中には「前提」という言葉がないのだろう、いつもこんな風に脈絡のない話を切り出してくるので、いちいち驚くのもなんかシャクだったのだが、さすがにこれには数秒後に驚いていた。「何があった?」

ムラタはベースギター、僕はドラムをそれぞれ一年ほど前から始めていることは、いつもの無駄話で知ってはいた。そこそこにこそこそとおのおので練習はしてきたが、まだ二人とも他の楽器と合わせたことはなかった。

ベースとドラムというコンビは、みそ汁に喩えるならば「出汁(だし)」みたいなものなのだろう、と思う。なくてはならない肝心なパートではあるけれども、地味ったら地味。二人で音合わせしたとしても地味Aと地味Bが二人羽織りをやっているようなもの。そもそも出汁だけのみそ汁なんか飲みたくない。だから出汁の出汁による出汁のための練習なんかやるつもりはサラサラなかった。そんな折にムラタからの提案というのは、ギタリストが見つかったのでバンドやろうぜ、であった。やった!

 

見つかったといっても、ムラタと中学が一緒だったそいつと、先日に偶然会ってバンドの話で意気投合したってことらしい。

「でもな、こいつはちょっと変わり者でさ」

「へぇー、ムラタよりも?」

「んー、そうだな、俺よりは変人、で、お前とどっこいどっこいってところか」

頭の中で三人を変な順に並べてみたけれどもわからなくなってきた。で、数日後に実際に会ったそいつは確かに変ではあったが、もっとすごいのを想像していたから、大したことないじゃないかって…、ただ変な男三人が、なんとなく馴染んでいるだけなのかもしれない。これはいわゆる「類は友を呼ぶ」ってことやつか。高校生になったら、これくらいの格言は自然に浮かんでくるものなのだ。格言じゃないか。

 

<ギタリスト、マサヒトについて>

このギタリストはマサヒトといって、隣の工業高校生。ギターは確かに上手い。ディープ・パープルのリッチー・ブラックモアがマイヒーローだとかで、最初に会ったときにさっそく完璧なコピーを聞かせてくれた。ムラタの部屋にある小さなアンプから流れてくるハイウェイスターやブラックナイトのソロのところなんて、サスティンが足りてないけれどもゾクゾクするほどだった。

「いやー、うまいなー、完コピだな」

単純にそう思ったことを口にしただけなのに、僕の言葉でマサヒトは顔が破れた、つまり破顔した。それで僕は調子にのって、またもや思ったままに言ってしまった。「あー、でもちょっと音がペケペケしていたね」とこれはアンプの持ち主のムラタに対して冗談みたいに言ったのに、マサヒトは途端に鬼の形相になった。え?って、僕はそれを見て慌てた「いやいやいやいや、しかしこんな小さなペケペケアンプ、しかもエフェクターもないのにまったくリッチーだ!すんげー!こんなの初めてだ、人生で初めて聴いたよ」そりゃそうだろ、こんな田舎なんだから初めて決まっているだろう、と心の中で呟きながらも最大限の気遣いをしていた。そうかこいつの性格は、おだてると子どもみたいな満面の笑み、反対にちょっとでも貶すようなことを口にすると不貞腐れ顔になるという、わかりやすくて扱いにくい典型だ。

そのうち慣れるだろうと思っていたのだが、つき合っているうちにどちらかといえば無口なムラタよりも、気弱でヘーコラする僕の方にマサヒトは寄ってくるので、けっこうしんどいものなのだ。こいつをむくれさせないよう、腫れ物を扱うよう神経をすり減らして、気を遣っているのだから。

そんなことを繰り返しているうちに、マサヒトのナルシストっぽさに気づいた。常に自分のことを話題にしていたいというか、話題になっていないと気がすまないタイプ。その話にうんうんって相づちを打って聞いていたら、これでもかとばかり次々と自身をさらけ出すタイプ。おかげで知らなくていいことまで知ってしまったりして、それはそれで面白いときもあるけれど、どちらかというと疲れる。

 

でもまあ、マサヒトのおかげで三人セッションができるようになった。あとはどこで練習するかなのだ。この町は田舎なので、貸しスタジオなんかないし、あっても金がないし。そんなときにまたもやムラタが朗報をもってきた。

「練習場所が見つかったぞ!しかもキーボードを弾けるやつとセットでだ」

しかし、僕は咄嗟に浮かんだ不安について率直に訊いてしまった。

「もしかして、そのキーボードの人も変わり者だったりして」

「ん?ああ、そうかもしれないな、ははは」

ははは、じゃねーんだよ。(つづく)