週末彼を実家につれて帰りました。長年の想いがかない人生の大きなステップを踏んだ瞬間でした。それが一人ではなく、両親と彼との共通のものとなり、みんなで分かち合えることが嬉しかったし、僕らのカミングアウトの苦しいフェーズから一歩踏み出せたのかなと思います。


東京から大阪に向かう前は、二人ともイライラしドキドキし、これからどんなことが待ち受けてるかわからず、ほんとに落ち着かなかった。でも二人なら僕ららしくしているだけできっとわかってくれるだろうと信じてたけど。それでもやっぱり怖かった。。


母から、言葉も通じないので予め手紙を書いてこいと言われてました。彼は4枚ほど手紙を書いてきて、それを僕が翻訳して書いて持っていった。


新大阪からなんばに着き、なんばから私鉄を乗り継いで実家の田舎方面へ。こんなとこ外人自体珍しいし。この道中を彼ときてることが変な感じ。最寄駅に着いたら、父が車で迎えにきてた。


この人です。どうも○さんこんにちは。あ~よろしく!


あ~ぎこちない変な空気。


家に着いてドア開けたら母親がでてきて、母親もかちこち。握手をさせた。


まあまあとリビングのソファで。彼はこのために日本語をずっと勉強してきて家庭教師ともロープレを繰り返してきたみたい。彼の顔が固まってて声が出てなかったわ。笑 話すのが商売なのにあんな緊張しちゃって。でもすごい努力してくれてたみたい。誠実さが伝わりました。


コーヒーでも?え、あの白ワイン飲みたい!あ、そやな昼やけどお酒にしよか!酒の力借りるでしょ。戸棚に飾ってた白ワインを開けたら古くなって酸化してお酢になってて、わははって笑いが起こり空気がちょっとほぐれだした。


母親は前日からご飯を作っていたんだけども、豪勢なのかなんなのか、すしや赤飯もあると思えば、前日の残りみたいなご飯も出てきてカオスな感じでしたが私のリクエストはできるだけの家庭料理とリクエストしたので、母なりの努力だったんだでしょう。


彼はでてきたハンバーグやマカロニサラダが相当気に入ったらしくて、懐かしい懐かしいと言いながら本当に喜んで食べてた。彼はもう彼の両親とはこういうことができないし、マカロニサラダ何かのアメリカのホームパーティーでてくるからそーゆーのを思い出しちゃったみたいで彼は本当にあったかい家庭の雰囲気に胸がいっぱいになってたみたい。


ご飯の話題や、なんで日本に来たのかとか、いつもご飯どうしてるのとか、お互いを知るため手探り手探りでつたない日本語と僕の英語の通訳で何とか話をした。彼は本当に日本語をがんばって話そうとしてて、僕は正直彼の日本語全く聞いたことがなかったのでそういう姿を見て正直びっくりしましたw


お酒もいい感じに回ってきてちょっと飲み物疲れたところで、さてちょっと話そうかってことになった。書いてきた手紙を読むことにした。母親が書いた手紙は、言葉ではない言い尽くせないような愛情を感じるものだったし、あんなことがあった家族からはこんな言葉がでてくるなんてことも信じられないような印象的な手紙でした。


あなたのことも恨みましたけど、息子が地球上の中であなたを探し出し、パートナーとして生きていくことを決めたのなら、そんな幸せなことはないと思います。親はあなたたちより早く死ぬんだし、残りの人生を幸せに支え合って生きて下さい。今日は来てくれてありがとう息子をよろしくお願いします。


僕は英語で通訳をしてたんだけども途中で胸がいっぱいになって数分ぐらい固まってた。冷静になり彼に伝えたら彼も泣いてたしお母さんたちも泣いてた。でもそれは悲しい涙じゃなくって前向きな親として許して送り出そうという決断の涙でネガティブなものではなかったと思う。


最後はうちの母親は息子が二人できたとか、お母さんのこと本当の母さんと思っっていいからねとか彼に言ったり、最後リビングを出て帰る時は、母親と彼はハグをしていた笑


最後父親はお酒を飲んでいたので車は運転できなかったので母親が駅まで車で送ってくれたんだけども、その車の中で母親はハワイに行こうよみんなで!って言ってました。前に母親は彼こと好きになれたらハワイに行けたらいいなって言ってたので、彼のことが好きになれたのでハワイの話が出てきたのでしょう。ハワイ行くよね。いこいこ。ハワイ。ありがとう。