◎補足
・自分の高校の、数学1aを演習する授業を数学❶、数学2bcを演習する授業を数学❷とする。
・ブログを書いている時に付け加えた文章は、〚〛の中の文章である。
〜数学❷の授業中〜
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数学❷の授業は、数学❶よりも圧を感じる。この理由はきっと、❶の方が得意だから、というわけではないだろう。この文章をノートの片隅に書いているわけだが、これをブログにするのはありかもしれない。
❶と❷の違いは様々あるが、主に『席の位置』、『授業の雰囲気』などが考えられる。❶は先生が常に問題を解説しているが、それを聞こうが聞かまいが自由、というような雰囲気を感じる。(勝手に感じ取っている。)
〚❷もchatgptにわからない問題を聞いても何も言われてないため、厳しくはない…。だけれど何かが違う。。というか、学校という場所特有の恐ろしさ、束縛感なのか。〛
〚❷は席が最前列であるため、必然的に圧は感じざる負えないだろう。今思うと席の位置はすごくパフォーマンスにも関係するんだなぁ、って。〛
とにかく自分は、圧を感じる環境がとことん苦手なんだなぁ、とつくづく思わされる。
〚少し話は変わる〛
他人に理由もわからず見られている感覚は、やはり不愉快である。これを書いているのは、最高に見られたくない。自分は、〚難易度的に、もしくは体調的に〛授業を受けるハードルが高いなと感じた時、このようにノートの隅に、読めないくらいの小ささで、休む間もなく文章を書き進める。次の授業では書いたことを全部消してしまうことがほとんどだから、意味がないと言われたら反論できない。
指数対数はきびしい。さて、続きはブログで。ここまで20分くらいか
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ある人のブログを読んで、自分も書いてみようと今に至るわけですが、
chatGPTにこのノートを見せたら、
・『授業を受けるハードルが高いなと感じた時、このようにノートの隅に文章を書く』という部分が、単なるサボりではなく、圧が強い環境の中で自分の内側の環境を確保している。だとか、教室の空気に完全に呑まれないための行為なのではないか。
的なことを言っていて、やはりGPTはいつも新しい視点で話を展開してくるので、すごいなって思います。
最近、自分は何よりも自分を大切にすることを意識するようになりました。というか、自分で言うのもですが、それが許されるくらいの苦労をしたからこのくらいいたいだろう、という感情が大きいですね。
人は良く一般論を押し付けて個人を怒ってくるんですけど、『わかるけどそういう問題じゃない…』ってなることが良くあります。この感覚がある人って、どのくらいいるんでしょう?
そもそも自分は、人を怒るという行為がよくわからない。単なるストレス発散か、自分からかけ離れた特徴を持つ人間に嫌悪感を覚えて、私的な理由で怒ってるんじゃないんですか?
その行為によってある人が被害を被ったのならそれは怒られるにしても、その人の行動や特性の部分にまで突っ込んでくる人は常識がない。
色々思考を重ねる日々ですが、やはり最終的に行き着くことが多いのは、『自分らしく、幸せに生きたい』という結論。これが自分の心の奥底で願っている、純粋な思いなんでしょう。なんかinfpっぽいですね?笑 しかも抽象的。
もうすぐ夏休みが始まり、鬼の勉強生活が始まりますが、やはり無理せずにいきたいなって思ってます。
『自分らしく、幸せに生きたい』