義母の葬儀は「お寺さん」の都合で9時から始まり、

参加人数も少ないことから10時過ぎには出棺となりました。

葬儀とは別に「初七日法要」も一緒にすると乞うことで二度のお経の後、

喪主が義兄なので参列者の前でスピーチを始めました。

そのスピーチ。最初は義母の嫁に来てからの経歴などを話し〈みな親族だから知ってるんだけどなぁ〉

一通り義母の話が終わった後で・・・

「この場を借りて、言いたいことがあります」と。

 

なに???( ̄д ̄)

「いろいろと気難しく小言も多い母でした。そんな家に嫁いで30数年。

わたくしの妻○○にはずいぶん苦労を掛けました!!

ここで感謝の言葉を送りたいと思います!

ありがとう!!!!涙

 

( ̄д ̄)

一同唖然とする中・・・義姉〈義兄の妻〉がぎゃーーと号泣・・・
義兄一家のドラマチック劇場の始まり~~~~。

そんな茶番は家でやれッ!!(-ω-)/

そうなんです。義兄一家は皆さん、激情好き。

葬儀では必ず「激泣き・ウソ泣き」ところどころにする一家。

義父の葬儀の時にも、同じような光景があり、

「え?そんなに泣くほどの愛情は無かったでしょう??」と思ったし、

正月の集まりでも孫も、お年玉をもらう時以外は義父母を無視してたくせに。と思ってしまう。

 

しかし、義母の葬儀で「故人の悪口」ともいえる義兄のスピーチが許せない。

葬儀のスピーチで言う事じゃないでしょう?

思わず手がグ~~~になるッ!!( `ー´)ノ

 

そして「親戚一同代表」として義母の弟〈叔父さん〉が挨拶に立った。

 

叔父さんは義父が生きていることから「姉さんを労ってほしい」と頼んでいた。

義父は田舎の町会議員を長くやっていて選挙のたびに朝から晩まで走り回って頭を下げていたのは義母だった。

長年の功績をたたえて「国からの叙勲」を受けた時に、祝賀会が行われ壇上に立ち挨拶する時に、

「姉さんの功績も話してほしい」と言ったにも関わらず義父は一言も義母のことを話さなかった。

その時の「怒り」の気持ちがあったのだろう。

亡くなった姉がどれだけ義父を支え、貢献したかという話をした。

温かみのある良い話だった。その話には胸が熱くなり、目元も緩んだ。

叔父さんありがとう。義母も喜んでいると思います。

〈きっと片目つぶってバッチグ~ってしてるかも〉

最近は棺の釘も石で打たないようだ。棺桶に蓋を乗せただけで出棺となる。

時が経つにつれて葬儀も変わってくるようで、

義母の好きな「ふかし芋」を家から持ってきて棺に入れたら

「アルミホイルは困ります」と言われ、係の方がラップに巻いた状態で入れてくださった。

やっぱり薄いアルミホイルでも金属だからダメなんだな。

 

出棺の時、玄関ロビーで最後のスピーチはトノだった。何を言うかと思ったら・・・

 

「母は踊りに三味線、お茶にお花や芸事が好きな人で、いつも民謡を歌っておりました。

最後に会いに行った時〈施設に〉

『最近はきつくて最後まで歌えない』と言って黒田節が途中までしか歌えませんでしたので、

私が今日は最後まで歌いたいと思います!」

 

♬酒は飲めぇ飲めぇ~~~飲むなら~~~~ばぁ~~~~~~~~~

 

って??え??!!トノが歌うの、初めて聞いた!!!(; ・`д・´)

 

で、それがうまいのよヽ(^。^)ノびっくり~~~~

声が腹から出てて、素敵~~~~〈夫バカな私か??〉

 

そしたら、応援するように叔父さんが、うまい声で歌いだした!!〈黒田節ハーモニー♪〉

叔母さん達〈妹たち〉も手拍子を始める兄妹連係プレー!!!( *´艸`)

さすがキュートでウイットに富んだ義母の兄弟たち♪〈叔父さんは93歳、叔母さん87歳お元気!〉

最後は義弟家族も拍手~~~〈義兄夫婦は沈黙〉

 

叔父さんはこれで義姉の仇を取ったのかもしれん。

長年の義父への恨み〈暴力と金で苦しめた〉と

最後のスピーチで義母を貶めた〈おとしめた〉義兄夫婦への怒り。


出棺後、火葬場にてまたもや義姉の発言が・・・

 

 

この話もう少しお付き合いください・・・続く。