山一證券が1997年11月24日に自主廃業してから、今日で12年。
当時の野澤正平社長が、
「われわれが悪いんであって、社員は悪くありませんから!!」
と、ブラウン管の向こうで号泣しているのを見ていた。
当時高校生だった私は、社長が号泣して、社員の雇用の保全、責任を一手に引き受けている姿を見て、大変なことが起こったなと思っていた。
最近になって、ウイキペディア、当時の記事、関連書籍をみて、元社員のインタビューをして、当時は裏側ではドロドロした、魑魅魍魎の世界であったと聞く。
表面的には、野澤社長が号泣して、世間の同情を引いたと思っていたが、会社を精算(自主廃業)し、債権者の怨念を買ったのが山一證券の社員の方々であったと、書籍にあった。
梅田で、野澤社長の講演会が昨年末にあった。
あの時の涙は、社長を引き受け約100日したが、倒産した。全力でしたが、倒産した。その悔し涙。
もう一つは、明日食う米を買う金がなくなる。何とかして、社員の雇用を守ってくれ、そのためには、涙で訴えるしかないという涙。
その2つがあったという。
あの涙の会見で、社員の雇用が守られたと聞く。
あれから12年。
当時の大手都銀12行、証券業界、生命保険、損害保険など、再編された。
金融の激動期の序章であった出来事であったと思う。