サッポロビール園、極道コンビ(生傷男と粉砕者)1969年の夏 | あの頃のショーケンになりたかった! エコケーンの日記

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グループ・サウンズやローリング・ストーンズなどのロック、モーニング娘。などのアイドルに昭和プロレス、映画に落語に食べ物や大阪に関することやそのうえお城も好きで、見たり聴いたり、その時に感じたことを書きたい備忘録日記、、、、

 夏はビールの季節

 サッポロビール園「開園55th記念」サマーピルズの缶ビールを発見

 

 思い出したのが1969年の夏、サッポロ

 ちょうど開園した年だったのだろうか、、、、

 

 1969年8月11日、札幌中島スポーツセンター

 ディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーの極道コンビ

 ジャイアント馬場&アントニオ猪木のBI砲からインターナショナルタッグ選手権を奪取。

 

 下の写真は、その当日か翌日にサッポロビール園を訪問した時の写真である。

 ミルウォーキー出身のクラッシャーはニッポンのビールは世界一うまいと言ってた、、、、

 

 1972年11月、ディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーの極道コンビが国際プロレスに来た時の写真

 二人とも葉巻を吸っていて貫録十分

 

 当時、国際プロレスのエースだったストロング小林と対戦

 

 これは1976年全日本プロレスに来たとき

 ジャンボ鶴田は子ども扱い

 これが、最後の来日となってしまった

 

 ゴングの付録にあったブルーザーのサイン

 ビル・ロビンソンと比べて、サインが雑wwww

 

 これが兄貴分の生傷男

 馬場さんも圧倒していた!

 

 粉砕者クラッシャーのサインも雑www

 ビル・ミラーはフルネームでしっかり書いていた。

 

 クラッシャー、196712月の初来日時、記者会見の席上で杯状のトロフィーにビールを注いで飲み干し、報道陣の前で1ダース分のビールを空にした。プロレス入りする前はハイウェイ・パトロールの警察官をしていたというが、飲酒運転を取り締まるべき本人がパトカーの中でビールを飲んでいたために、短期間で解雇されたという。

 得意技が、メガトン・パンチ、フルネルソン、ストマック・クロー、メリケンサック攻撃

 

 サッポロビールを飲んで思い出した昭和プロレス