「太陽にほえろ!」の頃のショーケン、気になる11の証言 | あの頃のショーケンになりたかった! エコケーンの日記

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グループ・サウンズやローリング・ストーンズなどのロック、モーニング娘。などのアイドルに昭和プロレス、映画に落語に食べ物や大阪に関することやそのうえお城も好きで、見たり聴いたり、その時に感じたことを書きたい備忘録日記、、、、

 618() NHKのBSプレミアムの「アナザーストーリーズ」で放映された 「“太陽にほえろ!”誕生~熱きドラマ、若者たちは走った~」は意外にも面白かった。

 

 で、どんな内容だったかいうと「あの伝説の刑事ドラマ「太陽にほえろ!」の舞台裏。1972年7月21日に始まったドラマの制作現場はスケジュールもキャスティングもすべてがギリギリ。その現場に驚くべき緊張を与えたのは、“マカロニ”というニックネームで登場する新人刑事、萩原健一だった。脚本や役柄、果てはテーマ曲にまで口を出す劇薬のような萩原。その素顔と熱すぎる現場を制作陣が明かす。」

 と、前半はショーケン兄さんの話で、気になった証言を記録しておきました。

 

 

①主役は裕次郎を抜擢、渡辺プロに沢田研二を使いたいとお願いしたが、多忙を極めていたのでショーケンを推薦された。

②映画「約束」を観て1にも2にもなく、素晴らしいと思った、現代の若者っていうこと、ナーバスなところ、強がるところ、こういう表現が素晴らしかった。

③企画書「明日に燃えろ」出演者には石原裕次郎よりも先に萩原健一の名前があった。

④おれは役者じゃない。誰かに化けろって言われても化けられない。自分が納得する人物じゃないとできない。要するに「俺は俺だ。役の方を俺にあわせろ」っていうわけ・

⑤ニックネームの坊やがマカロニになった。

⑥なりふりかまわず真剣にやらなきゃいけないキャラクターになるから大丈夫だといって誕生したのが走る刑事。ショーケンは本気で走る、絶対嘘はいやだ。

⑦音楽も萩原のアイディアから生まれた。スタジオ・ミュージシャンとバンドでは音がちがう。バンドの音の方が上手じゃなくても何かがある。

⑧今の大人が面白くないっていうものは、絶対今の若い人たちは面白がる。

⑨「山手線に乗るんだ。そのお客がどういう職業か、どういう家庭生活をしているか。一生懸命考える」それで演技の幅を広げた。

⑩煙草をポンと捨てたり、つばを吐いたり、平気で彼はするわけですよ。悔しさみたいなものが、落ちた煙草にあるんだと、それはわかるけど、そういう動作をされると、まねされるから、特に夜8時台は絶対にだめだと、編集で切った。彼は怒ってましたけどね。「落ちるとこまで俺の芝居だ」っていうわけ。

⑪それで「俺殉職するよ。」ってショーケンが言い出したんです。

 

 拙者は当時「太陽にほえろ!」をみていない。金曜日夜8時はプロレスだったので、日本TVからNETへと変わった馬場猪木の出ていない「日本プロレス」の末期をみていたでござる。

 また、アニキが思っていたようなTVには表現に限界があることなどから、予定調和のドラマには興味がありませんでしたが、今みると結構楽しめるでしょうね。

 それにしても、煙草とつばの話は面白かったし、山手線の演技論に感心し、沢田研二さんだったらどうなっていたのか、興味深いところですね。

 いやぁ、まいったなぁ、、、