「中学受験をする」と言い続ける息子だったが取り組む姿勢と動機に疑問を感じた私たち。息子が精神的に成長して自らの意思で受験に立ち向かえるまで待つという立場であった。今考えると小学生に対して過大な要求だったのだろうと思う。しかし、中学受験を必須とは考えておらず常に公立中学への道があることを言い続けてきた。

 

通信講座は受験に十分対応できる内容だったように思う。しかし、大きな自由時間の中に自分で勉強時間を作ることは難しい。わからない問題を解決する方法を親に頼らざる得ない。制限時間内で問題を解く力や演習量では塾には及ばない。

 

一緒に考えて答えを導いて、ともに成長、二人三脚。みたいな親子関係は築けなかった。子供はどなる、泣く。親はうんざり。ぷりぷりした人がいたら家の中の雰囲気も悪くなる。これは耐え難い。

 

5年生の冬休みを目前としたある日、息子に対して最後通達を行う。今のままでは受験はうまくいかない。他の子供たちがどれくらい頑張っているのか、自分がどの程度の位置にいるのか、現実をみて理解して欲しい。その結果やめてもいい。もし、受験をするというなら通塾をはじめよう。わからないことは塾の先生に質問できる。

 

年末に旅行の予定があった我が家のスケジュールに合致する冬期講習を開催していた唯一の受験塾。SAPIX。こんなふざけた理由で選択して申し訳ない。結果的に、この出会いが全てだったと思っている。入塾テストは何とか合格を頂き1週間程度の冬期講習へ。中学受験は自分にとって必要なのかどうか。やるなら本気で。本気でできないのならやめる。本人に本気で考えて欲しい。そんな思いで送り出した冬期講習が終了した後、本人は通塾を選択したのであった。

 

受験は〇か×の2つしかなく、結果を出さなくては意味がない。勝てば官軍。結果が全て。過程は一切評価されない。厳しい世界であることを改めて伝えた。やる気が無いように見えたらその時点で中学受験への道は終了すること。

 

通塾が始まった。

小学校1年生から通院講座は受講させていた。最初は標準コースであったが途中からはハイレベルなコースに変更した。内容は毎月少し難しい問題を数問多く解く程度。進度はゆっくりで内容も無理なくこなせる程度であった。

 

小学校3年生から中学受験講座が開講。タブレットを使用して講義を聴きながら自分で進めていくという内容であった。息子と話し合い受講することにしたと記憶している。この時初めて具体的に中学受験という言葉を出して息子と話し合った。当然受験をする意味も分からない。そもそも中学、高校がどのようなところかもわからない。そんな小学校3年生がなぜ中学受験をすると言ったのか。やはり親が誘導したのかもしれない。親としてもこの時は気楽な気持ちであった。月々の支払いがやや高くなる程度で中学受験を実際にするかどうかはその後考えれば良いと考えていた。一般的な受験塾に通うことに抵抗があっても、通信講座の気楽さに私は飛びついた訳である。通塾させる必要が無いこと、時間に融通が利くことから家族の予定を制限する必要もない。大人目線ではいいことしか思い当たらない。

 

5年生までに小学校で学ぶ内容を終了して6年生は演習が中心となるプログラムであった。内容は基礎的な問題から始まるが中学受験特有の問題も含まれており十分に理解できていないと答えに結びつかないような問題も多かった。分からない問題はメールで質問も可能だがすぐに答えが欲しい息子は親に答えを求めてくる。わからないことにイラつく息子は時に泣き叫び、怒り狂って、罵声を浴びせながら、寝る。という現実。起きるとすべてを忘れてすっきりしている息子に対してフラストレーションが溜まる親。

 

のらりくらりとやるものだから、当然予定通りには進まずに1か月、2か月・・・とどんどん遅れていく。やっていない教材が積み重なり更にやる気を失うらしい。休日に借金返済のための予定を立てることを伝授。起床から食事、遊び、勉強の時間を1日のスケジュールとして組ませてみる。まずは見本を作って渡す。ゆるい目標でもなかなかうまくはできない。次は自分で目標を作らせる。一気に借金が返済されるような素晴らしい予定が出来上がるころには既に昼。しかも休憩時間も無いくらいタイトなスケジュールのため結局何もできずに(遊び時間だけはしっかりと遊ぶ・・・)借金は更にたまってしまう。細かいスケジュール管理は息子には難しいようだった。中期計画として1か月後にこれだけすすめること。できれば「ご褒美あげる」をちらつかせて。この作戦はある程度の効果はあったが目標達成には至らず。借金に首が回らなくなり私の権限で徳政令を発動。たまった教材には手を付けず、次に来た新しい教材から再スタート。時間ができればできなかった教材をやる。できなかった教材は不良債権としてそのまま闇に葬るしかないことも・・・。

 

家にいても、旅行先でも、タブレットがあれば世界中でいつでも同じトレーニングができるという素晴らしい内容ではあったのだが、親の忍耐が付いていけなかった。6年生からは塾併用コースも開講されることを知ったことで、通塾の選択肢を考えるようになった5年生の冬。

 

そもそも本当に受験をするのか。親も息子もまだ覚悟ができていなかった。

「中学受験をする」

息子の意思で始めた挑戦

親も子も中学受験の現状を知らぬまま

覚悟もあいまいのまま

とりあえず中学受験用の通信講座を始めた3年生

親がサポートすることの限界を感じてサピックスの門を叩いた5年生冬

 

私も妻も大都市圏の受験戦争はメディアで知るのみ。必勝ハチマキ巻いてエイエイオー。これはメディア向けの演出なのだろうか。

 

小学校高学年。身も心も成長するこの時期を大切にしたい。あくまでも通過点に過ぎない中学進学。何かを犠牲にしてまで成し遂げる価値は無い。受験することを否定はしないがそれが全てではない。そんな思いの中、なぜ息子が中学受験をしたのか。

 

保育園の卒園式で将来の夢は医師になること。と言った息子。両親は勤務医なので家を継ぐという訳でもない。もっと輝かしくみえる職業は他にもあるだろうに。家ではあまり仕事の話はしないのだが何が魅力に見えたのか。周囲に何か言われたのか。以来、医師になりたい、医学部に行くんだ。と言っている息子。

 

5年生の頃に「なぜ中学受験をしたいのか?」という問いに「高校受験が無いため楽ができる」と答えたこともある。学校で友人がそのように話していたというのだ。中学受験はした方がいいと思うけど「なぜ」するのか自分自身の言葉で明確な説明はできない。というところが本音だったのだろう。

 

できない問題にぶつかると泣き叫びながら大声をあげたり、目標通りに進まなくても平気でテレビを見続けるなど。受験をするという力強い言葉とは裏腹の行動をとり続けた息子。5年生になっても変わらない態度に失望しながらも、成長することを期待しながら、時に突き放しながら「なぜ受験をするのか」と問い続けた。近所の公立中学からトップクラスの公立高校を目指すことも可能である。そして何より医学部に固執する必要は無く、自分でやりたいことを見つけて欲しいという思いもある。多様な集団の中で色々な価値観を知りながら自分自身を形成して欲しい。進学実績至上主義の世界に放り込むことに抵抗がありつつ、職場の同僚(医師)の多くが私立中高一貫校出身であるという現実も知りつつ。

中学受験をさせることに不安と疑問を残しながらも、本人の意思を尊重して中学受験に挑戦することになったのである。