我が寺では今年が初の試みだった胡瓜加持祈祷会。


ドタバタながらも無事に終了しました。



胡瓜加持とは、キュウリに病気を封じて身体健康を祈願することを言います。

それぞれの体の治ってほしい箇所を祈願書に書いたものを、キュウリに巻き付け祈祷します。

祈祷したキュウリは土に埋め、キュウリが腐敗してしまえば病気も治ると言われています。


夏の土用の時期は土のエネルギーが最も強くなるらしく、水分の多いキュウリだと腐敗するのもより速くなるようです。


かつて弘法大師が行ったこの加持は、真言宗のお寺ならあっちこっちで行っていますが、我が寺では今まで特に力を入れていなかったものの、若手僧侶のやろうという意志が遂に祈祷会を実現させました。


最初は一部の若手僧侶の意見だったのですが、だんだん他の僧侶達も加わり出し、先輩僧侶も若手が焦るくらい手の込んだ準備を着々と始めだしたりと


お寺の長い歴史の中で、今まで行われていなかった法要を行うのは、大変な労力がいるようなのですが


当日は僧侶みんなが何か異様なテンションに包まれていました。



特に言い出しっぺの僧侶は、なんでこんなにドキドキするんだろうと言いながら、落ち着かない感じで寺内をウロウロ動きっぱなし。

めずらしくも楽しい緊張感に私も巻き込まれながら、私も僧侶だったらなあ~~と、ついつい思ってしまうわけです。


やはり僧侶じゃないと同じようなドキドキ感はどうしても味わえないのです。



で、私も一般職なから、先月から宣伝用のポスターを作ってペタペタ貼ったり、配布用のチラシや祈願申込書を作ったり。


お堂の前に立てる立看板もバッチリ作りました。



当日は用意していたキュウリが足りなくなったので、朝からスーパーにキュウリを買いに走り


そして本番中はお堂の前に小さな机を置いていざ受付嬢に。



祈祷はいつもの護摩供養のごとく、護摩堂で行ったのですが


最初はポツンとしかいなかった人が徐々に増え始め


いつのまにやら堂内は満杯で、廊下にまで座って貰う有り難さ。


またまたキュウリが足りなくなったので、今度は庶務のおっちゃんがスーパーに走り


座布団も足りなくなったので修行僧達が慌てて取りに走り


私の受付机もドンドン隅へ移動していき、最後は座る場もなく立ちっぱなし。


受付嬢のつもりがいつの間にか場所の誘導係も兼ねだし、もう汗ダラダラ。


お堂の外で誘導していた僧侶もあっちこっち走り回ってヘロヘロ気味。


祈願書を書いてキュウリに封じ込める係りの僧侶達、すでに顔が死にかけ。


唯一クールに護摩を焚いて祈祷しているかのように見えた僧侶も、間違って冬用の衣を着けたとかで汗ダク。


まあとにかく、初の試みはそれぞれのテンヤワンヤで終了。


いやいやおもしろかった!



胡瓜加持を大々的にしているお寺から見れば、何分の一とか何十分の一とかの数でしかないのですが、初めてにしては十分な結果となりました。


言い出しっぺの僧侶は祈祷中、ずっと太鼓を叩きながら堂内をチラ見してたけど、人が増えれば増えるほど責任の重大さをヒシヒシと感じ、嬉しいを通り越して、ヤバイ次どうしようとまたまたドキドキしてたらしい。


どうやったら人が増えるかなあ、なんて思案してる時の方が案外楽な場合もありますもんね。


いきなりうまくいくと、不安にかられるのも分かるけれど、とりあえずは喜んどけばいいんじゃないと、能天気に思う私です。


この辺は僧侶じゃないお気楽さ。なんて都合のいい(笑)



それにしても、今回の結果は他ならぬ皆のやる気の結果です。


最初2人の僧侶とだけポスターやチラシの内容を考えてた頃は、どうなるかなあと思ってましたが


多人数に増えた僧侶達の当日の勢いを見てると、絶対うまくいくと確信しました。


皆のやる気は確実に場のエネルギーを作ります。
護摩堂からはまるで護摩供養の炎のごとく、見えないエネルギーが燃え盛っていたかもしれません。


そのエネルギーをキャッチできる人達が引き寄せられてきたのでしょう。


暑い最中の暑いお堂の中だというのに。



祈祷会なんて初めて参加した人も多数。法衣に身を包んだ若き僧侶と話ができて、手を合わせて喜んでいる人も。


いやいやみなさん、とてもじゃないが彼はまだまだ手を合わせるほどの………。


やめときましょう。
口に出したらクビが飛ぶ(笑)



とにかく感謝感謝でドタバタな一日でした。

今日は、以前から興味のあったクォンタムタッチヒーリングを受けてきました。


昨年の年末に病気で母を亡くしたのですが、もう医者にも見放された秋頃


母の体をさすりながら、せめてハンドヒーリングのようなことができればいいのにと思って、そういったことに詳しそうな僧侶に聞いてみたら、


ハンドヒーリングは下手をすると自分のエネルギーを取られて疲れちゃうから、宇宙からエネルギーを貰うクォンタムタッチがいいよ

と一冊の本を勧めてくれました。



しかしまあ、ハンドヒーリングのことを聞ける人が近くにいたり、宇宙からエネルギーを貰うのがいいよなんて会話が自然に出てきたり


「宇宙」が普通にまかり通っている仏教の世界ならではとつくづく思いますねえ。

一般の会社で言ってたら明らかに変人扱いでしょう。

何よりも、その手の会話になんの違和感もなくなってる私も既に変人突入で。



で、本は読んでみたものの

んなもん簡単にできるかいなっ!



クォンタムタッチは呼吸法を使い、宇宙エネルギーを体内に取り入れることで、手のエネルギーを上げていき、わずかなタッチで痛みなどを取り除いていく手法です。



勧めてくれた僧侶は、呼吸法や瞑想を本格的にやってる上に、彼本人も5次元界隈に登ってそうな人なので、事もなく言うのでしょうが


べたべた3次元で生きてる私なんかは、本に書いてある簡単な呼吸法だけで既に頭がクラクラ。軽いめまいが。


読んでいくほど呼吸法は更に難解になり、人の体に手をかざしてるどころではないのです。


それでも母には普通の呼吸法を意識して手を当てたりしていたけれど。単なる気休めでしたね。




それで今日、実際にクォンタムタッチをしている人のヒーリングを受けました。

私自身、何年もの間ムチウチ症に悩まされてて、酷くなると船酔いみたいになるし。


夜寝るときも、左に向くとふわふわめまいが始まるし。

肩も肩甲骨もバリバリ。


おまけに昨年から持ち越している精神的ストレス。


よく今までもってましたねえと、先生にしみじみ言われましたわぃ。


とにかくリラックスして、私が宇宙から降ろす周波数と同調してください。

とのこと。


またまた変人の会話か。


どんな周波数か知らんが、とにかく同調同調と思って力を抜いてたら、周波数がすぐに合ってきたらしい。


ムチウチ症のある首は一度では難しいらしいけれど、他はかなり良くなったようで。


終わったあとはいつになく体が軽くなり、あれ先生なんだかちょっと私浮いてる気がするんですけど


と言ったら、ではグラウディングさせましょうと、何やらまた軽くタッチされて、無事に着地。



とっても気持ち良かったです!



それにしても、クォンタムタッチというのは、徹底的に呼吸法を使うのですね。

先生の呼吸の仕方がとにかくすごい。それに合わせて先生の手がどんどん熱くなっていくのです。



これぞ宇宙エネルギー!



今日は満月と月食の影響で、かなりな宇宙エネルギーが注がれてるらしいので、さぞかし吸収できただろうと信じている私です。



そう言えば、先生のヒーリング部屋はスピリチュアルグッズがいっぱいありました。


パワーストーンがゴロゴロ。でかい水晶がドッカンドッカン。


アロマもズラズラ、エンジェルメッセージ本も並び、わけのわからん置物やどこぞのパワースポットの写真もあれこれ。


どれも見ていて楽しくはあるけれど、私にとってはどこかよその国というか、ちょっと違う感じ。



で、私が一番見てほっとしたのは


他ならぬ、


曼荼羅。


まさに仏の宇宙エネルギー。


これを見るとな~んか自分のところへ帰って来た感じ。


もう、完璧、変人。

仕事も終わり帰ろうと出口の方に向かっていると
ひとりの僧侶の奥様が玄関から入ってくるところでした。

それを出迎えている僧侶の旦那様。

20代の夫婦ですが、奥様はとっても可愛い人です。

駐車場に行くと今度はイケメン僧侶K君とその奥様が。

こちらは2人揃ってモデルばりのスタイルを持つ美男美女の20代夫婦です。


奥様達が集まっているということは、つまり飲み会があるということです。


我がお寺には20代30代の僧侶が多く、大半が結婚しています。

特にここ3年くらいは結婚ラッシュで、
それぞれのお祝い会だなんだと、みんなが奥様やら彼女やらを同伴しているうちに
飲み会イコール奥様もしくは彼女同伴が定着したらしいのです。

終業時刻になるとそれぞれの奥様がお寺までやって来て旦那様の僧侶と合流し

自分達の車に乗って飲み会会場まで行くようで。



それをいつも独りで遠目に見ている
アラ40独身の寂しいわたくし。

何もわざわざお寺まで旦那を迎えに来なくても
個別に会場まで行ってそこで合流すればいいだろが。
めんどくさ~~~


と、ヒガミ根性丸出しで思ったりするわけです。

本音は羨ましくて仕方がないのですけれどん。

職場まで迎えに行く、迎えに来てもらう、というのがいいのでしょうね。


やってみたいよ私だって!


でもその反面、もし私がまだ若くて僧侶の誰かの奥様だったとしたら
この手の付き合いは性格上むちゃくちゃ苦痛です。

奥様達だけの飲み会もあるそうなので
考えただけでも砂吐きそうです。

めんどくさっっっ


ま、お陰さんで考える必要は皆無でございますが。



でもなんというか…

私は大勢いる一般職の中でも
ダントツ僧侶達と仕事をする機会が多いのですが

おっちゃんおばちゃんが多い一般職に比べて
血気盛んな年齢の僧侶達相手に仕事をするのは
実は気を使うことも多いのです。


何か頼まれれば、はいはいと聞いたり相談に乗ったり。

あれを手伝いこれを手伝い。

たまにはご機嫌とってフォローしたり。


日々仕事してあれこれ関わってるのは私なのに

飲み会とかおいしい話になると、私は関係なしの人。

みんなパートナーと共に集まって
(但し中堅の僧侶はひとりで来ますが)
独身おばさんの私はそこには入れもしない。

私は一般職だから仕方ないと思うんだけれど
一般職でも奥様達と同世代の女性はいつも混ざってるんですね。

彼女は私とは逆で、仕事の関わりはほとんどなくても
飲み会や食事会には呼ばれます。

ちなみに既婚。


私は仕事の時だけ呼ばれる都合のいいおばさんなんだなあと思ったり。

それでも十分有難いことじゃないかと
いつもそう思おうとはしてるんだけど。


どんなに仕事で一生懸命関わっても
みんなより一回り以上も年上で、パートナー無しの寂しさには勝てないのですよねえ。

それを如実に感じさせられることに、やりきれなくなるわけで。


その度に、今度から僧侶から仕事を頼まれても適度にやってやろ
若い奴らに振り回されてたまるか、なんて心に決めるけれど

やっぱり適度にはできないもんで。



まあ、いいのですけど。



若い彼らと仕事であ~たらこ~たらできるのは実際楽しいし
一般職の私で協力できることなら何でもやりたいと思うし

それで少しでもこのお寺の古臭いシステムが変わって
活性化していければいいと本当に思うし。

何より若いカップルばかりの所に混ぜてもらえてたとしても
居心地悪いだけで楽しくもなんともないわけだし。


結局、自分にとってはいいようになってるのかもなあ
なんて、考えていけば良いわけで。


人は自分が望んだ通りの人生を歩むらしいけど

しかし私、アラ40で独身なんて望んでましたかしら???