3月11日
二年前のあの日、私は家にいました。
マンションの高層階は、春の強い風でも若干揺れるような構造になっていて
大阪でありながら、あの日もの凄く揺れました。
そして、それは長い時間ゆっくりと続くので
ロビーに隣のおばあさんが出て来て「きゃ~たすけて~」と叫ぶ位
大きな揺れが続きました。
倒れるんちゃうか、と思うような「ぎし、ぎし」といった変な音と共に
船の上に居るような揺れでした。
私も初めての経験でビックリしたのでとりあえずうさぎのキャリーを玄関に集め、
ペレットとかリュックに詰めて
玄関を開けたままにして、おばあさんなだめながら旦那さんに電話したものです。
旦那さんは建築士なので「構造上のもので倒れる事は絶対にない」と
とにかく部屋に居て、揺れがおさまるまで横になって(揺れを感じにくいらしい)
と言われ、ちょっと安心したけど本当に怖かった。
大阪であれだったんだから、現地の人達の事を思うと・・・
胸が痛みます。
家族と離ればなれになってしまった人
大切な人を失った人
職を奪われた人
住処を奪われた人
家畜が犠牲になり
自分の命を自ら断った人
残された動物達。
ふりそそぐ放射能。
東電の隠蔽、嘘。
何が真実だったのかまだ隠されてる事も多いのか
東電の失態によって災害由来以外での多くの犠牲がうまれたのは言うまでもない
まだ、あの閉ざされた区域でさまよう動物がいる。
あの出来事には様々な悲しみとやり場の無い怒りがうまれ
それはまだ大きな傷として残ってる。
私達にできる一番の事は「忘れない事」
そして、自分たちが同じような状況になった時、
家族と繋がる手段をシュミレーションしておく事。
地震はまた、いつか必ずやってくる。
突然壊される平安。
忘れないでおこうね。
