嘘ばれちゃった
担任や学年主任などと、自宅での様子や経緯の情報など、話しをしてはいました。
保健室登校や、別室登校などもすすめられました。
ただ、本人が自分の現状を受け入れきれず、教室に戻りたいけど戻ってまた嫌な思いをするのでは、と不安にとらわれているようで、なかなか状況は進展しませんでした。
祖父は、祖母から聞いた話から何か勘づいたようで、こっそり様子を見に来ていたようで、
「学校、行ってえんのか?」と、電話がありました。
息子のプライドも有るし、ざっくりと状況を説明しました。
昭和生まれの田舎の長男坊の祖父、きっと憤慨して息子を怒鳴り付けにくるのでは、と、ずっと不安で隠していたんですけど…
「そうか。学校行って心病んでしまうくらいなら休ましてやれや。ありがとな、無理に学校行かせんといてくれて」
と、予想外の言葉をかけてくれたのです。
なんだか、息子を守らねばと、一人で勝手にあがいてたんだなー、私。
祖父の言葉がとてもとても有り難かったし、味方が居る心強さを痛感して、無意識に背負っていたものが少し軽くなった気がしました。
こちらこそいつもありがとう。
保健室登校や、別室登校などもすすめられました。
ただ、本人が自分の現状を受け入れきれず、教室に戻りたいけど戻ってまた嫌な思いをするのでは、と不安にとらわれているようで、なかなか状況は進展しませんでした。
祖父は、祖母から聞いた話から何か勘づいたようで、こっそり様子を見に来ていたようで、
「学校、行ってえんのか?」と、電話がありました。
息子のプライドも有るし、ざっくりと状況を説明しました。
昭和生まれの田舎の長男坊の祖父、きっと憤慨して息子を怒鳴り付けにくるのでは、と、ずっと不安で隠していたんですけど…
「そうか。学校行って心病んでしまうくらいなら休ましてやれや。ありがとな、無理に学校行かせんといてくれて」
と、予想外の言葉をかけてくれたのです。
なんだか、息子を守らねばと、一人で勝手にあがいてたんだなー、私。
祖父の言葉がとてもとても有り難かったし、味方が居る心強さを痛感して、無意識に背負っていたものが少し軽くなった気がしました。
こちらこそいつもありがとう。
嘘ついちゃった
学校に行かなくなった事を、実家の祖父母には内緒にしていました。
あっという間にばれましたけど。
まず、祖母。
「最近、自転車が毎日置いたままやけど。朝早いけど車で送ってるの?」
「う、うん!」
「そうなの゚(´▽`人)?良かったね、親子のふれあいの時間がもてるねー。まだ、親と一緒が嫌って言わないんやね、反抗期はまだまだかなー、可愛いもんやわ」
ばあちゃん、すまん(笑)
もちとこじれた反抗期はいりました。とも言えず(笑)
あっという間にばれましたけど。
まず、祖母。
「最近、自転車が毎日置いたままやけど。朝早いけど車で送ってるの?」
「う、うん!」
「そうなの゚(´▽`人)?良かったね、親子のふれあいの時間がもてるねー。まだ、親と一緒が嫌って言わないんやね、反抗期はまだまだかなー、可愛いもんやわ」
ばあちゃん、すまん(笑)
もちとこじれた反抗期はいりました。とも言えず(笑)
中学三年生
2019年4月、大事な一人息子は中学三年生になりました。
2017年4月に大事な一人息子が中学生になって丸二年経ったのです。
彼はとてもすごいと思います。
二年前、中学入学間もなく、嫌な事があったと怒っている日が続きました。同じクラスの違う小学校の数人から、いじりというか、からかわれたような内容でした。
もともと少し目立ちたがりの性格で、その時はまだ背も低く、太目な体もあって、あっというまにそういう扱いが浸透したようです。
A君のペンをB君が息子の筆箱にいれ、泥棒呼ばわりされたり、教室で足を引っかけられたり、同じ小学校からの同級生達からも軽く扱われはじめました。
本人はそれに負けまいと、明るく振る舞い、悔しいけれど笑って流したり、無理をしていたようです。
学校や担任に相談もしていましたが、あまり効果ありませんでした。
からかいやいじりが、露骨な嫌がらせ、暴言に変わるのはあっというまでした。
思い出しても涙がでるので、具体的内容は控えます。
朝、行きたくなさそうにしていながらも、しばらくは学校に遅刻せず行き、そして帰って布団にもぐって泣いている日が続きました。
平日、息子が登校する前に私が出勤するため、小学校の頃から鍵っ子でした。
他の子達に遇わないよう、少し遅れて学校へ行きはじめ、教室に入らなくなり、そして、休むようになりました。
なだめたり怒ったり、どなったり取っ組みあいしたり、私自身もだいぶナーバスになっていたと思います。
彼が辛いのもわかるし、でも行って欲しいし、毎朝出勤前に喧嘩してたある日、泣きながら、行かない!と言う息子と真っ直ぐ目が合いました。
あ、ほんとに辛いんだ、この子。と思いました。
「わかった!辛いんなら学校いかなくていい!」
そう伝えた時の、息子のほっとして力の抜けた柔らかな顔が、今でも忘れられません。
その日の帰宅後、欠席していた息子がテレビを見ながら大笑いしていました。
ほんと、こっちまでつられて笑っちゃうような大笑いでした。
あ、この笑い声、聞くの久しぶりだ。て、思い出しました。
学校行って、家で泣いてる息子。休んで元気な息子。
私が守らないといけないのは息子の元気なんだ、とやっと気づいたダメな親なのです。
葛藤しながらの二年間、さらに葛藤するであろうこの先。
でもどの瞬間も唯一の替えのない私達の時間で、きっとこの先大事な過去になると信じます。
ちまちまと、また備忘録や日記代わりに書いていこうと思います。
2017年4月に大事な一人息子が中学生になって丸二年経ったのです。
彼はとてもすごいと思います。
二年前、中学入学間もなく、嫌な事があったと怒っている日が続きました。同じクラスの違う小学校の数人から、いじりというか、からかわれたような内容でした。
もともと少し目立ちたがりの性格で、その時はまだ背も低く、太目な体もあって、あっというまにそういう扱いが浸透したようです。
A君のペンをB君が息子の筆箱にいれ、泥棒呼ばわりされたり、教室で足を引っかけられたり、同じ小学校からの同級生達からも軽く扱われはじめました。
本人はそれに負けまいと、明るく振る舞い、悔しいけれど笑って流したり、無理をしていたようです。
学校や担任に相談もしていましたが、あまり効果ありませんでした。
からかいやいじりが、露骨な嫌がらせ、暴言に変わるのはあっというまでした。
思い出しても涙がでるので、具体的内容は控えます。
朝、行きたくなさそうにしていながらも、しばらくは学校に遅刻せず行き、そして帰って布団にもぐって泣いている日が続きました。
平日、息子が登校する前に私が出勤するため、小学校の頃から鍵っ子でした。
他の子達に遇わないよう、少し遅れて学校へ行きはじめ、教室に入らなくなり、そして、休むようになりました。
なだめたり怒ったり、どなったり取っ組みあいしたり、私自身もだいぶナーバスになっていたと思います。
彼が辛いのもわかるし、でも行って欲しいし、毎朝出勤前に喧嘩してたある日、泣きながら、行かない!と言う息子と真っ直ぐ目が合いました。
あ、ほんとに辛いんだ、この子。と思いました。
「わかった!辛いんなら学校いかなくていい!」
そう伝えた時の、息子のほっとして力の抜けた柔らかな顔が、今でも忘れられません。
その日の帰宅後、欠席していた息子がテレビを見ながら大笑いしていました。
ほんと、こっちまでつられて笑っちゃうような大笑いでした。
あ、この笑い声、聞くの久しぶりだ。て、思い出しました。
学校行って、家で泣いてる息子。休んで元気な息子。
私が守らないといけないのは息子の元気なんだ、とやっと気づいたダメな親なのです。
葛藤しながらの二年間、さらに葛藤するであろうこの先。
でもどの瞬間も唯一の替えのない私達の時間で、きっとこの先大事な過去になると信じます。
ちまちまと、また備忘録や日記代わりに書いていこうと思います。