最近さかんに語られる「働き方改革」に付随して、「ワークライフバランスの見直しをしましょう」などという声が世の中で多く上がっているが、これに対して

「『ワークライフバランス』という言葉が嫌いだ」

「『ワークライフバランス』という言葉は誤解を生みやすい、生んでいる」

という意見も多数見かける。

さらには

「『ワーク』と『ライフ』のバランスを取るなんて発想自体が古臭い。今の時代は『ワーク』と『ライフ』は一体化して考えるべき」

なんてことを言う人もいる。

これらの意見は、新しい、先進的なライフスタイルとして「いいじゃん」「かっこいいじゃん」「そうだよね社畜ってダサいもんね」などと、好意的に受け入れられているようだが、私の考えでは全く逆で、こんな危険な思想はないと思う。

私はこの危険思想が浸透してしまう前にそのやばさを啓蒙したい。

 

まず、奴らの論法はこうだ。

■「ワークライフバランス」という言葉の前提

「ワーク」は「辛いけど生きていくためには仕方のないこと」であり、「ライフ」が「楽しいこと」であり「ワークを強要されていない本来の姿」である、という前提に立っている。

「ワーク」ばかりしていると、金は入ってくるが、それは本来の自分の姿ではない。「ライフ」をしているときこそ「あるがままの自分を発揮できるわけだから、「ワーク」ばかりしていると資本家に搾取されちゃうからそこそこにしておいて「ライフ」を楽しみましょう。

という発想が、「ワークライフバランス」という言葉には表れている。

 

■でも今はそんな時代じゃない

一昔前まではそうだが、いまは「仕事(ワーク)」は「労働」とは一致しない。

昔よりも日本は物的に豊かになり、食べるものに困る人はまずいない。

これからの時代は精神的な豊かさが重要になっている。

それは、「仕事を通じての自己実現や社会貢献」であったり。「好きなことを仕事にして自分らしく輝きたい」といったこと、などである。

 

■結論

「ワーク」は「ライフ」の一部であり、いくらバランスを取っても、「ワーク」がつまらなければ、つまらない人生になってしまう。

だから、バランスを取ろうとするのではなく、自分が楽しめる、やりがいを見出せる仕事を見つけるべき。

 

 

以上が、私がよく見かける「『ワークライフバランス』じゃなくて両方でライフだよ」理論である。

 

で、ここからが私の反対意見である。

 

■この手張をしている人は、起業家に多い

なぜならば、その方が起業家、経営者、資本家にとって都合のいい世の中だからである。

だが、ノマドワーカーも多いが、彼らはまだしも、起業家がこれを言うのは罪なのではないかと思う。

 

いやいやお前ら、労働力を搾取する側の立場の人間だろうが。

それを「仕事は金じゃない、やりがいだ」なんて言い出して、いま以上に夢と希望にあふれた若者を安い金額で買い叩きたいのか?

自分たちにとって都合のいい解釈を美徳として世の中に広めようとしているのを見つけてしまうと、いやになってくる。

 

■従業員は経営者から理不尽な扱いを受けるもの

最近は減っているのだろうけど、会社で働いていると

「なんでこんなこともできねぇんだよ?」

「やる気あんの?」

「ふざけるんじゃねぇよ」

などと、言われるものだからである。

労働者に責任があっても、なくても。

 

なぜならば、経営者は労働者に金銭を支払う代わりに労働力を提供する、という関係が成り立っており、一定の労働力の質と量が提供されることを期待するからである。

牛丼屋に行ってお金を払ったのに牛丼がいつまでたっても出てこなかったらブチ切れるのと同じである。

 

そんな契約を労働者としている経営者が

「いやな仕事なんてやらなくていい」

「仕事は楽しむもの」

とか、どの口が言っているのか、と思う。

 

■「労働力を搾取されないように、やりがいのある仕事をやろう」こそ、労働力の搾取だ

やりがいで食っていけるわけないだろうが、いい加減にしろよ。

自分らの都合のいいことばっかり言って、若者釣ってんじゃねぇよ。

とかくこういう人たちは一般の人たちよりも発言力や影響力が大きいから、気を付けないとやばい。