こんにちは(というかこの時間は「こんばんは」)涙あいです。

前のブログ記事から時間が空いてしまいましたね。

 

必要とされることが嬉しかった

 

僕には6歳のいとこがいて、

いつも「あい兄ちゃん」って僕の事を呼んでくれるかわいいいとこです。

(※実際は本名呼びですが、ここでは活動名を代わりに使用します)

 

本当天の世界から間違えて降りてきちゃったの!?ってレベr(((ry

 

いとこ母は、いつも僕の母さんと電話しているのですが、

こないだ正月で集まることについて母さんたちが話している時に、

いとこ母が...

 

「『今度(いとこ)にお正月集まるよ〜』

ってあい兄ちゃんも来るってことを伝えたら、

(いとこ)が、『あい兄ちゃんいつ来るの!?』『早く来るの!?』

『あとどれくらい寝たらあい兄ちゃんに会える!?』って喜んでた」

 

というのを言ってました。

(※母親がスピーカーにしてたので僕にも聞こえた)

 

すごい嬉しかった瞬間でした。

...それと同時に贅沢な葛藤も。

 

僕が大好きで仕方ないいとこから、

僕と会うことを楽しみにしてくれる嬉しさと、

 

きれいな心で僕のことをすきでいてくれる、

嬉しさ、必要とされる嬉しさで泣きそうになりました。

 

勿論、自分で言うのも...という話ですが、

こんな僕のことを必要としてくれていたり、

すきで居てくれる人が居て、自分には勿体なさすぎる環境にいます。

 

...それでも毎回僕のことをすきで居てくれるんだと

本当にわかったときの感動は毎回泣きそうになります。

 

過去

 

 

いつも僕に会う人のほとんどは、僕の動画編集を使ってお金儲けとか、

ただの便利屋と思っているか、毛嫌いする人ばかりなので、

こういうことがあると、本当に嬉しくて所構わず泣いてしまいそうになります。

 

もちろんそれもあって、

「なんで僕のことを必要とするの?」「僕なんてただ人に迷惑しかかけることしかできない人なのに」

「嫌いなら最初から近づかないでよ!」「なんで僕を選んだの!?」などという葛藤もありました。

 

自分が自分に責めて責めて責めて叫んで叫んで叫ぶように。

 

これ以上書くと、読んでる方も気分下がりまくなってしまうと思うので、

ほんの一部を書きましたが、こういう葛藤をひたすら繰り返してました。

 

この記事を書いたきっかけ

 

この記事を書いてるのは、年も明けてるので、1,2週間弱前の話になりますが、

いとこの事を考えると最近はこのことをよく思い出します。

 

僕のばぁばが交通事故で入院していたのですが、

この3連休の初日に無事、退院しました。

 

骨折により手術等をしているので、

今後リハビリを要すのは勿論、月数回ほど様子見しにばぁばの家に行く必要があります。

 

ばぁばを病院へ迎えに行ったのが、いとこ母・いとこ父・いとこで、

初日はいとこ一家でばぁばのことを様子見&いとこと遊んでて、この事をやっぱり思い出したので、

この記事に書きました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!