初めて病気で倒れて運ばれた入院先の病院では鬱病の患者さんが何人もいた


年齢は確か23歳くらいの女性が居た


入院し日にちが経つにつれ仲良くするようになった患者さんのなかの一人だったが


その人は希死念慮があり入院したとの話だった


何人かで集まり話しているときは元気そうだった


俺が退院しもう一人仲良くしていた患者さんも退院した後に通院した時に会ったが別人のように元気がなかった


あの人は今も元気で生きているのだろうか?と少し気になった


家が百合ヶ丘の方だと言っていたが座間の事件とかに巻き込まれていなければいいなと


通院した時に会った時にそれくらい危うさを感じた


別のもう一人の人も鬱病で入院していたが


その人は夫婦で鬱病らしく、その人も希死念慮がありでと話してくれた


俺は病気で倒れて運ばれたのだが意識を取り戻した後は症状もほぼなく通常運転で療養していたので色々な患者さんからなんで入院したの?とよく言われていたが笑


病気でおかしくなって希死念慮が出るのはあるかも知れないが裏を返せば、それだけ生きたいという意思の表れなのかもしれない


生きていればいずれは死ぬ


それが老衰かもしれないし病気かもしれないし事故かもしれない


どう死ぬかではなく、どう生きたかが重要だと思う


仮に自殺してしまったら、その分自分にも周りにもいい影響はない


寧ろ色々な意味での悪い事で影響がある


死後の世界というのがあるのかは生きていたらわからないし知る由もない


が、生きている全てのものは繰り返し生まれ変わって何かをやり直しているのかもしれない


と病気で意識がなかった時に色々な不思議な体験をして思った


そんな訳で今日も仕事を頑張って美味い飯を食べて、ギャンブルに勤しみますかね(⁠◔⁠‿⁠◔⁠)


あれからボートレースは買っていないので辞めれそう(⁠ ͝⁠°⁠ ͜⁠ʖ͡⁠°⁠)⁠ᕤ