【炬燵記事】今日はいのちの日
園川
谷岡
読者の方どうもこんにちは、同じく担当のキャップ谷岡です。よろしくお願いいたします。
今日2本目の登板です。本日3月11日は2011年の今日に東日本大震災が起こりまして「いのちの日」となっております。犠牲者の方々のご冥福ををお祈りいたします。
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園川
東日本大震災の犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。
話を「いのちの日」に移しますと、本日1本目の記事がいろいろとアレでしたのでそのへんについての話ですね。率直に言うと記事内で物騒なことばかり言ってまして「いのちの日」と対極にある話と受け取られかねない話でもあったわけで(苦笑)。
谷岡
ですよね(苦笑)。人命軽視と受け取られかねない内容だったかもしれません。なので具体的に考えを述べていきます。我々は人命は尊いものという考え方はある意味正しいとは思っています。それが前提で考えてはいますが、いささか暴論的になりますが、人命には尊いものとそうでないものがあると思うのです。
園川
そういうことですよね。しかし先日から話していますが、「尊くない人命」はもはや人命ではないという受け止め方をすると、全ての人命は尊いものという理屈になります。要するに「世のため人のためにならないむしろ有害な人間」は人でなしな人外だと考えると人命ではないという捉え方になります。
谷岡
そうですね。そういう考え方にすると「人は人を殺してはならない」という人類のルールに忠実でありつつ有害な人間を存在停止にできるわけです。死刑制度は「十戒」に背くことになるのではないかという疑念を払拭できるわけです。
園川
そうそう。まあ我々的にも無茶な話ではあるという自覚はあるんだけどね(苦笑)。あと個人判断でそれを行うのは危険だというのも考えてるしね。でも人間が死刑を宣告されるということは「お前は人間の手で殺してはならない人間ではなくなった」すなわち「人間ではなくなった」という見方もできると思うから…考え方として的外れではないと思うけどな
谷岡
園川
そうだよな。選民意識とか命の選別とかそういう話じゃなくて、存在が迷惑で有害だから人外扱いして存在停止させるしかないってことだな。それは「命の大切さを今一度じっくり考えてみましょう」っていうのとは別の話だよね。下手すりゃ大切な人命にさえも有害だったりするしね。だから、他者の命にとって有害な生物の命は便宜上は人命であっても対象外と考えて対応すべきだということです。
谷岡
ですね。「生命は尊いもの」っていう発想は性善説が割と有効だった頃の話だと思うんですよね。全く更生の見込みがない害悪でしかない生物もいるのでそういう生物に対しては…とまあ我々も「生命は尊いもの」と考えたいところなのですが、残念ながら物事には例外もあるという風にも見ておいたほうがいいと、そういうご時世だと思います。
園川
谷岡
【終劇】
〈制作スタッフ〉
園川 雅也(監督) 谷岡 敦(キャップ)
〈中の人〉
葛井 徹(創世者)















