–ブログは2019年10月13日から毎日更新中!–

noto(〜2010/1/10)」からアメブロへ

 

《日常レベルから、副業レベルの
カウンセラーになりたいあなたへ》

 

 

 

 

 

 

水道料金を支払おうと思って

コンビニまで歩いている途中、

   

割とすごいことに気がついた笑い泣き

 

 

 

いや、実は先月の水道代も

払ってなかったとか

そういう気づきではなく

 

 

 

 

 

カウンセラーらしく、

自己肯定感についての気づき

なのだけど

 

 

 

 

 

おそらく、この世の中のほとんどの人が、

「自信がほしい」とか、

「自己肯定感を身に付けたい!」と

 

思っていると思うんだけど

 

 

(日本人のほとんどが“自分に自信が無い”と

思っている統計が出ているからね)

  

  

 

 

結論、

 

 

 

自己肯定感って、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

揺るぎないものを

一人で獲得することなんて

無理なんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

自己肯定感。

 

僕は、自己存在感と呼んでいて

  

 

 

自分の存在をしっかりと

認識し、自分は自分でOKだと

  

ありのままで大丈夫だと

  

思うことができる気持ちの

ことだけど

 

 

 

どうあっても、それを一人で

固め、一生物の自己肯定感を

得ることなど不可能なんだ。

 

 

 

 

 

どれだけ学んでも。

 

どれだけ成功しても。

 

どれだけ愛すべき人たちがいても。

 

どれだけお金があっても。

  

どれだけ心を磨いても。

 

 

 

 

 

 

無理。

 

 

 

 

 

 

自己肯定感なんて

いつか、崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

「私は、私で良い」と言う

一生物の自己肯定感を

一人で得ることなどできない。

 

 

 

 

 

カウンセラーが

何絶望的なこと言ってんの滝汗ビックリマーク

 

 

 

 

って思われるかもしれないけど(笑)

 

 

 

 

個人的には、これが

ひとつの答えで良いと思う。

 

 

 

 

 

 

なぜなら、って話をすると。

 

 

 

 

 

 

 

看護師をしているから

より現実的にわかるのだけど、

 

人間の将来には

「老い」「病気(怪我)」があり

 

 

 

 

そのどちらか、

あるいは両方の理由で

 

将来的に、必ず僕らは、

 

 

全面的に、誰かのお世話に

ならないといけないほど

体の自由が利かなくなる。

 

 

 

つまり、物理的に

「動けなくなる」日は

高確率で、やってくる。

 

 

 

 

ある病気では、一生のうちに

300人に1人の確率で発症する、

全身の運動機能が低下し

体が全く動かなくなり喋れなくなる

病気があるし

  

  

ある日突然、交通事故などで

頭にひどい怪我をして、

動けなくなり、喋れなくなることもある。

  

  

それでなくても、

人間、生涯健康であったとしても

 

 

老いにより、

 

 

終盤、体が動かなくなる。

 

 

 

 

少し、デリケートな話題かも

しれないけれど、

 

 

 

 

そのような方々の看護を

してる時、思うことがある。

 

 

 

 

もし自分が、

何らかの理由で

 

体が動かなくなり、

喋れなくもなり、

 

下のお世話まで

全身の世話を死ぬまで誰かに

してもらわないと

いけなくなった時、

 

果たして僕は、その状態の

自分を肯定できるのだろうか?

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

指一本、動かせない自分。

何から何まで、食事から排泄まで

誰かにやってもらわないと

生きられない。そんな状態になった時

 

 

 

健康なうちに、一生涯の自己肯定感を

感得していたら、ベッドの上で、

「私は私で良い」と

思えて、心が救われるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

おそらく、

健康なうちに

 

 

 

 

 

 

どれだけ学んでも。
  
どれだけ成功しても。
  
どれだけ愛すべき人たちがいても。
  
どれだけお金があっても。 

  
どれだけ心を磨いても。

  

 

  

  

 

ベッドの上で、

自己肯定感を感じ続けることは

できないと思う。

 

 

 

 

 

きっと人は、ほとんどの人が

人生の終盤、せっかく積み上げて来た

自己肯定感が崩壊しかける。

 

  

 

その崩壊は、自分の力では

止めることができないもの。

 

 

 

自己肯定感の維持とは、

一人では、どうにもならない

ものなはずだ。

 

 

 

 

だけど、人間が、死ぬその瞬間まで

自己肯定感を維持し続けられる

たったひとつの方法があるとしたら。

 

 

 

 

それは、

 

 

 

 

 

 

 

自分の体が不自由に

なったときもなお、

他者との繋がりを

感じられることだ。

 

 

 

 

 

 

人との繋がりを感じることで、

自己肯定感は保たれる。

 

 

 

 

 

僕は、実際に体が

動かなくなったことはないし

喋れなくなったこともないけれど

 

 

 

体が動かなくなった人、

喋れなくなった人が

医療現場の日常で癒される、

 

そんな瞬間がある。

 

具体的に言うと、

その時間とは

 

 

 

 

「面会時間」

 

 

 

 

面会の時は、

ご家族などの面会の時だけは

 

 

 

 

体を動かせない人、

喋れない人の表情が、

雰囲気が、大きく変わるんだ。

 

 

 

 

“涙したり”

“笑顔になったり”

“明るい雰囲気に変わったり”

 

 

 

 

医療者たちが驚くことも

しばしばある。

 

 

 

 

 

「あの患者さん、

あんな表情するんだねびっくり!」

 

 

 

 

 

あれ?同一人物かな?

と思うくらい

 

主治医でも、

担当看護師でも

見たことのない

 

穏やかで、優しい雰囲気に

変わるんだよ。

 

 

 

 

そのとき、きっと

「癒し」を得ていると

思っている。

  

 

 

 

 

 

面会のとき、

人との繋がりを感じられるとき、

 

体の動かない患者さんは、

 

お爺さんは、お婆さんは、

 

 

 

 

 

自分の存在を

強く感じるのだと思う。

 

 

 

 

だってね、こんなこともあるんだよ。

 

もう、本当に

体の動かない患者さんに

ご家族が面会に来た時、

 

 

 

 

 

「お母さん、来たよ」と

 

 

 

涙ぐみながら面会する娘様もいる。

 

 

 

 

ああ、お母さんが

本当に大切なんだなと。

 

 

心の支えなんだなと感じる。

 

 

 

 

 

 

実は、うちの実家にも

97歳のおばあちゃんがいて、

今、老人ホームに入っている。

 

アルツハイマーがひどくて、

 

もう、家族が面会にきても

誰だかわからないし、

 

動けないし、話せない。

 

 

 

ぼーっとしているんだ。

 

 

 

だけど

 

 

 

うちの父は、おばあちゃん、

つまり父にとっては、お母さんの

存在を心から大切にしていて

毎日、車をだして面会に行くんだ。

 

 

 

おばあちゃんは、そんな父に

癒しを感じているかもしれないし、

 

父は父で間違いなく、

 

自分のことすら覚えていなくて

体もほとんど動かない、自分の母の

存在に、今日の、生に

 

感謝している。

 

 

 

 

 

「生きているだけで、

ありがとう」と

 

誰かに、心から思われる状態とは

 

究極の自己肯定感では

ないだろうか。

 

 

 

 

それを

自己肯定感の完成と

言うのではないだろうか。

 

 

 

 

 

揺るぎない自己肯定感は、

一人きりでは、

決して、

持てない。

 

 

 

 

 

 

 

僕は常々、思っているのだけど

 

 

 

 

もし、自己肯定感というものが

物理的に形あるものとして

存在するものだとしたら

 

 

それは

 

 

 

 

 

自分の心と、他者の心が

組み合わさって、初めて

完成するのだと確信している。

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

僕らはどうあっても、

一人で心を完成させることなど

できなくて

 

 

 

心を完成させるために、

「他者」が必要な訳で、

 

 

 

 

人生の終盤、僕らは、

物理的にも、心理的にも

どうしても

他者が必要になるから

 

僕らは今からでも

 

 

 

 

 

他者との繋がりを

より強く、意識して

いかなければならない。

 

 

 

 

 

人間関係は、とても大切だね。

 

 

 

 

 

人は、一人では生きていけないと

よく聞くけれど、本当に

 

 

この広い地球に、

人間が一人きりでないのは、

 

 

決して、一人では完成できないことが

仕組みだからだと思う。

 

 

 

この広い地球に、

人間がこんなにもたくさんいるのは、

本来…

 

 

 

誰も、孤独にならないためだ。

 

 

 

 

今、人々にあまりにも

余裕がないから

 

 

いや、それはずっと昔から

なのかもしれないけど

 

 

人が、対人関係で

傷つく機会を減らしたいな。

 

 

 

 

 

対人関係とは、

人間にとって

全ての悩みの

原因なのではなく

 

 

 

 

 

本来は、

きっと、

 

 

 

 

 

対人関係って、

全ての人間の

癒しであるべき

なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

そうあるために、

人間は作られたんだと

勝手に思ってるよ(笑)

 

 

 

 

 

 

せめて僕の手の届く範囲だけでも

それを実現させたい。

 

 

 

 

甘えさせてもらえる人間関係。

頼れる人間関係。

優しくてもらえる人間関係。

反応してもらえる人間関係。

笑ってもらえる人間関係。

声をかけてもらえる人間関係。

  

 

 

 

 

総じて、

 

 

 

 

 

「受容しあえる

人間関係」

 

 

 

 

 

人間の自己肯定感のためにも

それは絶対に、必要不可欠なんだ。

 

 

 

 

 

そんな世の中は無い?

 

甘い?

 

傷の舐め合い?

 

依存にならない?

 

 

 

 

 

うるせーや笑い泣き

 

 

 

 

 

そんな世界、あったらいいなと

思う人たちと一緒に、

 

世の中に、必要だと思うから

 

作るんだよ照れ

 

 

 

 

それが、人間の

在り方だろ?

  

って、思うんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、よしでした

ここまで読んでくれて
ありがとう٩(ˊᗜˋ*)و!

 

 

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画像4

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