6月9日

 昨日の日経新聞の夕刊に出ていたが、昨年一年間の学生・生徒の自殺者数は1029人だったとか。

まあ、政府の白書による発表だから、まちがいないだろうニャアー。


 パパはこの国はいったいどうなってんだい!と憤慨しているよ。

若者の将来に対する不安調査といい、幸福度の調査といいどうにも明るい話がない。

若者をめぐる話題に限らず、政治・経済・社会問題全般にわたり、どうもよくない話が多すぎる。それは日本に限らず、世界的な傾向だと言えば、それまでである。


 しかし、日本の場合はどうもおかしいと思えることが、一つある。

それは、国民の声がおとなしすぎるということだ。

アラブの春の例は比較の対象にはならないかもしれないが、国民が大規模なデモをやったり、抗議したりする例がほとんどない。かのアメリカでさえ、昨年はニューヨークの公園を占拠したりして、大勢の人々の抗議行動が起きた。

 日本の場合、原発反対のデモが散発的に、何回か行われた以外にあまり聞かない。

不平や不満があっても、それを表明する機会がないということなのか?

あるいは飼いならされたネコになってしまったのか?


 もちろん、デモなどの直接的な行動もいいと思う。単なる感情でなく、論理的な背景を持って行動するなら許されるこことだ。しかし、一人でできないことも多いだろう。そんな若者の諸君に言いたい。

今、苦しいことが、永遠に続くわけではないと。挫折も失敗もある。私たちもそれを繰り返してきた。

つまり、未来は現在と同じではないはずだ。

だから、今苦しくても、将来には良いこと、明るいことがあるはずだと信じて耐えることも必要だと。

ちょうど、冬、木々の枝に雪が積もり、その重さにしなっていた枝でも折れることなく春にはまた青空に向かって芽を伸ばしていってることを想像してほしい。