真理のカタチ

真理のカタチ

真理を身近に。

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【真理が科学的に説明される時】は来るのか。これは、真理の一般化において大きなテーマである。

 

 

仮に真理を【全ての基本となる法則】と定義した場合、物理を超えた法則である為に高次元を探求する必要がある。

 

 

しかしながら、現代の科学では、高次元の存在を完全に証明できていない。

よって、真理が科学的に説明される時は、来るとしても『遠い』といえるだろう。

 

 

 

では、今度は【科学の発展】から考えてみよう。

 

科学とは独立した存在ではなく、あくまで人間あってのものである。

すると、科学の発展は、安全・健康・娯楽……といった【人間の必要性】に大きく左右されることになる。

 

 

ならば、人間が真理を『必要』とすれば、真理が科学的に説明される時が『早まる』のは道理ではないだろうか。

 

 

 

とはいえ、人間が真理を必要とすることなど有り得ないと思われるかもしれない。

しかし、実はそこまで非現実的なことではない。

 

 

なぜなら、人間が個や種の枠を超えた【大きな調和】と向き合うようになれば、『自然と』物理を超えて、全ての基本となる法則=真理を必要とするようになるからだ。

 

 

 

それでも、人間が【大きな調和】と向き合うことなど有り得ないと思われるかもしれない。

だが、それこそ杞憂というものである。

 

 

なぜなら、『人類の繁栄と環境の保全』といった両立の難しい問題を解決していくには【大きな調和】と向き合わざる得ないからだ。

 

 

 

もちろん、我々人類が【大きな調和】と向き合うまでに存続していられるかはわからない。

 

ただ、もし、【大きな調和】と向き合うことができたのなら、真理が科学的に説明される時は『近い』といっていいだろう。

あなたは真理〟というものについて調べたことがあるだろうか。

 

もしあるとしたら、真理にはたくさんの定義があるということに気がついたはずだ。

「本当の事、間違いでない道理、正当な知識内容」というだけでなく、哲学では「客観的な妥当性や整合性など」、仏教では「永遠不変の理法」ともなっている。

 

 

しかし、真理というものを本当に見出そうとするのなら、そのような定義付けは一旦、置いておく必要がある。

なぜなら、先入観を持っていては既に理屈を超えて存在している真理とでもいうべきものを見出せなくなってしまうからだ。

 

 

大切なのは自然や芸術などと向き合うように心を一番にするということ。

心のもと、理解を積み重ねていくことで〝真理〟というものを本当の意味で見出していくことができる。

 

 

とはいえ、いきなり「心を一番に」と言われても難しいと思われるだろう。

ただ、「心を一番にする」ことは、リラックスしたり、楽しんだりしている時には自然とできていることであり、何かに迷った時に心に従うようにするだけで、自発的にできるようにもなっていくことだ。

 

 

結局のところ、〝真理への始めの一歩〟は、この一言に尽きるかもしれない。

 

考えるな、感じろ

 

伝説のアクションスター、ブルース・リーの言葉である。

なぜ僕はブログを書くのか。そして、ブログのテーマは何なのか。

この2つについて手短に書いていきたい鉛筆

 

*

昔から僕は〝人生〟というものに大きくこだわってきたように思う。

 

それは「物語のような人生」に憧れることに始まり、物語を書く楽しみを知ってからは、創作の世界を通して物語のような人生を生きようと小説家を志した。

 

そして、願望実現手法というものを知ると「究極の願望実現手法によって人生を創作すること」を思いつき、願望実現理論を研究するようになる。

 

転機となったのは、〝心の進化〟が願望実現のカギであり、自分の願いは『人生の本当の面白さや幸せを見出して広めること』にあると気づいたことといえるだろう。

 

そこから、心の進化への挑戦が始まり、やがて、心の進化は容易ではないものの、人生のカギとなると理解したことで、心の進化への力になりたいという志が生まれるに至った。

 

この志の第一歩としてブログを書いていく、というわけである。

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心の進化には〝真理〟の理解がキッカケとなる。

 

そこで、まずは真理を身近に感じて貰うことをテーマに、真理に対してあらゆる分野に歩み寄っていこうと思う。

 

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。これからどうかよろしくお願いしますサーフィン