【真理が科学的に説明される時】は来るのか。これは、真理の一般化において大きなテーマである。
仮に真理を【全ての基本となる法則】と定義した場合、物理を超えた法則である為に高次元を探求する必要がある。
しかしながら、現代の科学では、高次元の存在を完全に証明できていない。
よって、真理が科学的に説明される時は、来るとしても『遠い』といえるだろう。
では、今度は【科学の発展】から考えてみよう。
科学とは独立した存在ではなく、あくまで人間あってのものである。
すると、科学の発展は、安全・健康・娯楽……といった【人間の必要性】に大きく左右されることになる。
ならば、人間が真理を『必要』とすれば、真理が科学的に説明される時が『早まる』のは道理ではないだろうか。
とはいえ、人間が真理を必要とすることなど有り得ないと思われるかもしれない。
しかし、実はそこまで非現実的なことではない。
なぜなら、人間が個や種の枠を超えた【大きな調和】と向き合うようになれば、『自然と』物理を超えて、全ての基本となる法則=真理を必要とするようになるからだ。
それでも、人間が【大きな調和】と向き合うことなど有り得ないと思われるかもしれない。
だが、それこそ杞憂というものである。
なぜなら、『人類の繁栄と環境の保全』といった両立の難しい問題を解決していくには【大きな調和】と向き合わざる得ないからだ。
もちろん、我々人類が【大きな調和】と向き合うまでに存続していられるかはわからない。
ただ、もし、【大きな調和】と向き合うことができたのなら、真理が科学的に説明される時は『近い』といっていいだろう。




