余裕
なんてない。
名古屋国際女子マラソンを観に行った。
正確には、家に帰ろうと思ったが交通規制中でクルマが通れず、
せっかくの機会なのでクルマを止め、沿道まで歩いて行ってみた。
大学駅伝は何度か観に行ったことがあるけど、
フルマラソンを観たのはこれが初めて。
ゴール手前2km地点あたりに着いた時点で、トップはすでに通過していた。
続々と選手たちが走り抜けてゆく中、観客が待ち望んでいる選手はしばらく姿を見せなかった。
10分ぐらいが経ち、周囲がざわめき始めた。
「Qちゃん来たよー」
子どもが叫んでいる。
一瞬だった。
そのわずかな時間だけで、感じるものがあった。
今回は、北京オリンピックの最終選考会を兼ねている。
当然、高橋には注目が集まっていた。
アテネを逃し、北京に対する決意は相当なものだっただろう。
ただ、現実はそううまくはいかないもので。
”惨敗”と呼ばれたこのレースで、声援に応え最後まで走り続ける高橋の姿が、
目に焼きついた。
精神的な余裕を持てるようになりたい。
常々そう思っている。
でも実際は、すぐに焦ってしまうし、
あまり使いたくない言葉だけど、精一杯な状態であることが多い。
人から「余裕があるね」などと言われることもあるけど、
本当のところそれは装っているだけで、
自然に余裕が生まれているわけではない。
フリ…ってやつだ。
高橋はサングラスをしたままで、俯きながら、
それでも歩を進めていた。
そこに余裕など微塵もなかった。
でも、その姿は美しかった。
だから…というわけではないけど、
人前で「自分は余裕がある」などと強がることは無意味なんじゃないかと思ったし、
その必要もない気がした。(ビジネスの場合は除かなければいけない)
「すべての力を出しきる」
レース前にこう言いきれるスポーツ選手の精神力は
並大抵のものじゃない。
見せかけでは通用しない、
本物がそこにある。