今日はカラオケに行った。65分待ちだとさ。顔見知りの店員さんの前で笑っちまった。ハッハッハ。
 そりゃあ、帰る他ないよね。唄いたい気分だったが、まちの機会にしよう。さすがはGWってエピソードである。

 仕方がないので、私は喫茶店を探すのだった。小説を書く為に。
 昨日の晩に書いていたシーンは、ボーイ・ミーツ・ガールの部分。視線がすれ違って、それぞれに違う解釈を与えてしまう。
 私は現在、勘違いから始まる恋物語を執筆中である。先月出た『公募マガジン』には「恋愛小説は小説の基本」というようなことが書いてあった。やっぱ、大事だよ、恋はさ。
 しかしながら、視線のすれ違いが“上手に”書けない。表現のネタが出てこないのだ。私が書きたいのは、もっとダイナミックかつポップな文体なのに、ナイスな表現で出てこないのさ。
 困っちまった俺でしたが、それも昨日の話である。昨日は昨日で今日は今日、そうやって毎日意識を更新していくってのが、健全な文章に繋がるーーって“わたし信じてる”(ブッキー可愛いよね)。
 ともかく、喫茶店を探すわけだったが、全く見つからない。どこも満席なのだ。時間帯も悪いのかもしれないが、それにしたって、少し混み過ぎではありませんかね。
 結局、俺はいつものDOUTORに腰を降ろすのだった。
 しかし、ここでも一つ問題が。
 人の入れ替わりが激しいので、二人席を一人で使うことなど許されない状況。俺は、往来に面したソファに陣取る。ラップトップを開いていると、人の足がさ、次々通りがかるわけよ。これは落ち着かない。
 はじめは我慢していたが、ネタも不調だしなんか気分はそわそわするので、冷めたグランデを飲み干し、俺はその店を後にするのでした。
 本日の獲得品は次の通り。
『経済的思考のセンス』(大竹文雄/中公新書)
経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)/大竹 文雄

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 僕が生活をはじめる場所は、すでに決まっている。荷物も届いているはずだ。ただ、僕はそこを訪れたことがない。担当医が探し出してきてくれた場所は、少し年季の入ったアパートの一室とのことだった。地図も貰っているから、その内に見つかることだろう。
 目指すバス停が近づいて来たので、僕は一つ空けて隣に座る中野に言う。バスは乗客が少なく、杖に両手を乗せて船を漕いでいる老人が一人だけだった。僕は彼を起こさないように、声を潜める。
「じゃ、中野。俺は次で下りるよ」
「あ、そうなんですか。これでお別れですね……残念です」
「それは俺もだ。でもまぁ、今生の別れって分けでもないだろ。学部が同じなんだったら、出会うこともあるさ」
「そうですか」
「そうだろうな。俺は人に会う縁は強い。そいつが生きている限りは、出会うんだろうな」
「なんですか、それ」と言って中野は笑う。「先輩は仕方の無いことを言いますね」
 バスが止まった。
「ん、じゃあな、中野。また明日会おうぜ」
 僕は立ち上がって、踵を返し、手を振る。料金を小銭で払い、タラップを下りて、バスが去るのを見送った。視界の果てで、バスが曲がる時、中野は少しだけ振り返った。僕は彼女に見えるかどうかは分からないけれど、片手を高くに挙げてみた。
 そして、家を探す。
 この日、彼女は少し遠くまで出かけたくなったらしい。だからバスに乗って、隣町のスーパーまで行っていたのだそうだ。その証拠に彼女は、小屋のベンチに置いてある買い物網篭を開いてみせた。中には大量の保冷剤と氷菓が数箱入っていた。果物味のものが数種類入っている、紙の箱。彼女はそれを開けて、僕に差し出してくれた。オレンジだった。ベタつく袋を開けて棒を引くと、棒はきれいに抜けたので彼女は笑い出す。
「夏だからな」と僕は呟いた。
「夏だとそうなるんですか」
「なるよ、夏はいろいろとべたべたする」
 そうして僕は袋を傾けて、中の氷菓を滑らせようとするが、なかなか崩れて落ちてこない。それを見て、彼女はまた笑った。気負わず笑顔を見せてくれる程度には、打ち解けてくれたみたいだった。
さて、話してみると、彼女と僕は同じ大学に在籍していることが分かった。学年は違ったが、学部まで同じだったので親近感が湧いた。それは彼女も同じようで、彼女は食べ終わった氷菓の棒を袋にしまい、レジ袋に入れると言った。
「じゃ、七篠さんはわたしの先輩なんですね。よろしくお願いします、先輩」
「こちらこそお願いします」
「なんで先輩が丁寧語なんですか。もしかして、一つ上の学年なのに実はわたしより年下なんですか?」
「いや、どうなんだろうな」と僕は笑う。「中野は何月生まれなんだ?」
「年を聞かなきゃ意味ないじゃないですか。11月ですよ、11日です」
「それはまた随分遠い話だな」
 今は八月で、七日だった。
「遠い話ですよ。まぁ、この年になると、誕生日を急ぎたくもないんですけどね」
「なんでだ?」
「十代が終わるからですよ。そうすると、ほら、大人でしょう?」
「一応法律的にはそうらしいな」
「わたしには、まだ色々考えたいことがあるんです……多分。年を取ることは何かの節目になるはずなのに、わたしにはまだその整理がついていない。急かされるって、嫌ですよ」
 中野はベンチの縁に乗せている指先を曲げて、少し力を込める。右足を小さく振り、そこの小石を軽く蹴り飛ばす。濃い灰色の小石は、一つ二つと転がって、歩道から落ちて見えなくなる。
 くるっと表情を変えて、中野は僕を見る。好奇心が差している目。
「先輩はどうでした? わたしより一つ以上年上っていうことは、ティーンは終わってるはずですよね。何か思いました?」
 僕が事故にあったのは、大学一年の時で、その頃僕は19歳だった。僕は眠っている内に十代を終えているので、彼女の問いに対する答えはよく分かっていない。目を覚ました時に覚えた、時を越えた感覚は、果たして適当な答えになるんだろうか。周囲からずれてしまった感覚。水に沈んで水面を見るのに似ている気がする。
「……年とった、って思ったよ」
「それは当然じゃないですか」
「うん、そうなんだけどな。5年後の事を考えてさ、20歳から見ればもう25だろ? 四捨五入したら30なわけだ。そういう風に年をとるんだなぁって考えて、そしたら思ったんだよ。あ、俺おっさんだなって」
「……まぁ、先輩の服の着方は少し時代遅れですけどね」と言って中野は笑う。
「え、マジかよ」5年もあれば服飾傾向も変わるのだと思い知った。「それはマズいな……時代考証、誤ってるなぁ」
「じゃ、先輩が良ければ今度選んであげますよ。……ま、それはいいんですが。でも先輩、そう感じたの本当ですか」
「ああ、確かそう感じたよ。でもそんな昔のことは覚えてないな、あんまりさ」
「カサブランカですね」
 彼女の一言と同時に日差しが強くなった。多分、太陽の前を通っていた雲が過ぎただけだろうが、その偶然に僕は目を細めてしまう。そして、そのまま笑ってしまう。
「あ、中野はあの映画を知ってるのか?」
「ええ、いい映画ですよね」そう彼女が言ったので、僕は嬉しくなる。
 同じ趣味を持っているということは、他人を魅力的にしてしまう。中野と僕の間に見つけた共通項は、僕をどこか元気づけた。友人の墓石を思い出して、その幻影に言う。残念だったな、と。お前が何を悩んでいたのかは知らないが、世界は捨てたものじゃない。
「あぁ、そうか、中野はあの映画知ってるか」
「なんですか、先輩そんなしみじみと……あ」中野は立ち上がって、少し歩く。振り返って、言った。「先輩、バス、来ましたよ」
 僕は歩いていって、中野に並ぶ。彼女は僕の肩より少し上で髪が数本浮いていた。遠くを見ている彼女にならって、僕も視線を遠くへやる。バスはちょうど国道の果てを曲がったところで、他に車のいない道をゆっくり走ってきた。