元同僚Sが興味深い話を教えてくれた。
フィンランドの小学生5年生が考えた「議論のルール」というものがあるのだという。
それは以下のようなもの。
①他人の発言をさえぎらない
②話すときは、だらだらとしゃべらない
③話すときに、怒ったり泣いたりしない
④分からないことがあったら、すぐに質問する
⑤話を聞くときは、話している人の目を見る
⑥話を聞くときは、ほかのことをしない
⑦最後まで、きちんと話を聞く
⑧議論が台無しになるようなことを言わない
⑨どのような意見であっても、間違いと決めつけない
⑩議論が終わったら、議論の内容の話はしない
うむむむ、確かに、確かに。
⑤⑥⑦あたりは自分も後輩指導のために意識していることではあったが、議論を成立させるためのルールなんて考えたこともなかった。
それにしてもこれをすべて小学生の頭がひねり出したのか?
早速、それについて説明されている本を図書館で借りる。
『図解フィンランド・メソッド入門』
北川 達夫 フィンランド・メソッド普及会著、経済界、2005
上記①~⑩はこの本のp69に記載されているものを引用させていただいた。
この本によると、上記10項目はフィンランドの国語の教科書に載っている「議論のやりかた」等を参考にして、たまたま著者の北川さんが見学した5年生のクラスで作られたルールなのだそう。
だから、クラスによって違いはあることだろう。
その差はおいておいて、議論を成立させるには前提となるルールが必要であるという概念を教え、かつ考えさせるフィンランドの教育水準の高さに感服した。
フィンランドに行った時に感じた、傾聴態度の素晴らしさをあらためて思い出す。
そして、故米原万里さんが「帰国子女としてチェコスロバキアから日本に帰ってきて、劣等感という感情の存在を知って驚いた。」と言った言葉も。
子どもの時から不器用でコミュニケーション力が低い私には、こういう本質を考える機会が欲しかった。
わざわざ言われなくてもやっているうちに気付け、と言われても、私には無理だった。
思ったことをうまく言えず、上から押し付けるように言ってしまったり、議論の根本をひっくり返すようなことを言ってしまったり…。
自分の思考力のなさにじたばたもがいて自滅していた。
周りよりダメな自分を嫌悪して、卑屈になっていた。
せめてこのルールに則って、周りの意見を落ち着いて聞いて、良い悪いでなくてその多様性に関心するような余裕が自分に生まれていれば、自分を否定しなくて済んでいたのに。
なんて、それはどうだか分からないけれど。
フィンランドの教育に関心を抱いた方は、このサイトもおすすめ
http://www.meijitosho.co.jp/shoseki/tachiyomi.html?bango=4-18-225110-8
フィンランドの小学生5年生が考えた「議論のルール」というものがあるのだという。
それは以下のようなもの。
①他人の発言をさえぎらない
②話すときは、だらだらとしゃべらない
③話すときに、怒ったり泣いたりしない
④分からないことがあったら、すぐに質問する
⑤話を聞くときは、話している人の目を見る
⑥話を聞くときは、ほかのことをしない
⑦最後まで、きちんと話を聞く
⑧議論が台無しになるようなことを言わない
⑨どのような意見であっても、間違いと決めつけない
⑩議論が終わったら、議論の内容の話はしない
うむむむ、確かに、確かに。
⑤⑥⑦あたりは自分も後輩指導のために意識していることではあったが、議論を成立させるためのルールなんて考えたこともなかった。
それにしてもこれをすべて小学生の頭がひねり出したのか?
早速、それについて説明されている本を図書館で借りる。
『図解フィンランド・メソッド入門』
北川 達夫 フィンランド・メソッド普及会著、経済界、2005
上記①~⑩はこの本のp69に記載されているものを引用させていただいた。
この本によると、上記10項目はフィンランドの国語の教科書に載っている「議論のやりかた」等を参考にして、たまたま著者の北川さんが見学した5年生のクラスで作られたルールなのだそう。
だから、クラスによって違いはあることだろう。
その差はおいておいて、議論を成立させるには前提となるルールが必要であるという概念を教え、かつ考えさせるフィンランドの教育水準の高さに感服した。
フィンランドに行った時に感じた、傾聴態度の素晴らしさをあらためて思い出す。
そして、故米原万里さんが「帰国子女としてチェコスロバキアから日本に帰ってきて、劣等感という感情の存在を知って驚いた。」と言った言葉も。
子どもの時から不器用でコミュニケーション力が低い私には、こういう本質を考える機会が欲しかった。
わざわざ言われなくてもやっているうちに気付け、と言われても、私には無理だった。
思ったことをうまく言えず、上から押し付けるように言ってしまったり、議論の根本をひっくり返すようなことを言ってしまったり…。
自分の思考力のなさにじたばたもがいて自滅していた。
周りよりダメな自分を嫌悪して、卑屈になっていた。
せめてこのルールに則って、周りの意見を落ち着いて聞いて、良い悪いでなくてその多様性に関心するような余裕が自分に生まれていれば、自分を否定しなくて済んでいたのに。
なんて、それはどうだか分からないけれど。
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