moon fly 2



   1

「こうして直接対面するのは初めてだね。はじめまして。アリスの保護者のカッシュです。」
 聞き覚えのある声で男性はそう名乗り手を差し出た。
「はじめまして、クウです。」
 ややぎこちなく握手し挨拶を返すクウ。大型トレーラー「ジアーマー」の運転席は思ったより広く開放的でリビングのような面持ちがある。
「あの・・」
「少し待ってもらえるかな。今からゲートを通過するんでちょっとした手続きが必要でね。」
 そう言いながらカッシュは操作画面に向き直り素早く情報を入力する。
「ゲート?もしかしてコロニーの外へ出るんですか?」
「そうだよ。私たちはこれからこのコロニーサイド7を脱出して隣のサイド6へ向かうのだから。」
「サイド6へ?じゃあ、すぐに降りないと。」
「降りる?どうして?」
 カッシュは不思議そうな顔でクウを見る。
「だって戻らないと・・」
「それは無理だ。今この車から降りれば君はさっきの連中に捕まることになる。だから一緒に来てもらわないと。」
「そんな・・」
 不安の色をみせるクウ。
「大丈夫。事が済んだら必ずサイド7に送り届ける。だから少しの間私たちにつき合ってくれないかい。」
「本当にちゃんと帰してくれるんですね?」
「ああ、約束するよ。」
 和やか表情で答えるカッシュ、その態度には不思議と信頼感のようなものが感じられた。

 ゲートを抜け外界に出たジアーマーはバイパスを抜けサイド6へ通じる高速路へ乗り疾走し始める。運転席のガラス越しとはいえ、人口天井ではない本物の空は貫けるように青くどこまでも続いているかのようだ。
「空が珍しいかい?」
 真剣に空を見上げるクウにカッシュが声をかける。
「ええ。本物の空を見る機会はめったにないので。小さい頃以来です。」
「そうか。以前はもっと澄んだ空が見えたはずなんだが・・すまないね。」
「? どうして謝るんですか?」
「うん、まあ、なんだ、次の世代に美しい地球を引き継げなかった世代としてはね・・」
「いえ、それでも十分美しいです。」
 そう言いながらクウが後方に目を向けると遠くに大きな雲があり、その手前に大分小さくなってしまったサイド7が見える。ついさっきまで自分はあの中にいて、これまでも日々の日常を当たり前のように過ごしてきた場所であるのに、こうして外から一歩離れて見るとその巨大な人工物に対してどこか現実味のない違和感のようなものを感じる。
「お弁当にしましょう」
 アリスの声にふと我に返り振り向くと彼女は収納式テーブルを展開し、その上に大きな弁当箱と食器類を並べ始めている。
「おお。これはうまそうだ。君も早く座りたまえ。」
 目の前に広げられた色鮮やかな弁当を見てカッシュは目を輝かせている。クウは勧められるままに席に着く。
「おかずは今朝早く作り冷蔵していたものを温め直しました おにぎりは今握ったばかりの出来立てです」
 アリスはここへ来てすぐに奥へ引っ込んでいたのだが、これを用意していたのだ。彼女が作ったという弁当のおかずは、どれもシンプルだが丁寧に調理されていて並べ方も色味を計算して綺麗に配置されている。おにぎりも形よく握られていて、うっすらと湯気が上っていて美味しそうだ。食欲を誘う光景をじっくり鑑賞していたクウは、弁当の内容に見覚えがあることに気づいた。
「この弁当、どこかで見たことがある気がする・・。」
「気づきましたか?このお弁当はですね、クウさんのお母さんがSNSにアップされていた過去の家族写真の中に写っていたものを解析して再現したものです。ただ忠実に再現しただけでは面白くないので多少アレンジも加えてありますが」
「そう言われてみればどれも小さい頃に食べた記憶がある。この卵焼きは今でも好物でよく作ってもらってるよ。」
「いえ・・まあ、せっかく作るのに口に合わなかったら困るので・・」
 嬉しそうなクウに対し少しうつむき加減で応じるアリス。
「では食べるとしよう。いただきます。」
「いただきます」
「いただきます。」
 挨拶と共に3人はそれぞれ好きなものを皿に取分け、食べ始める。カッシュとクウは二人とも最初は黙々と食べていたが、徐々に料理の感想を口にし始める。
「うん、どのおかずも美味しい。見た目だけじゃなく味もよく再現されてる。懐かしいや。」
「そうかね。私は先日味見につき合わされたが、確かにどれも旨い、君の母親は料理上手なんだな。うらやましい。」
「はい。母は料理が自分の唯一の得意分野だとよく言ってます。あ、この南瓜もいつもの味だ。」
「私はこの野菜の肉巻きが気に入ったよ。」
 美味しそうに食べる二人の様子に嬉しくなったアリスの顔は自然と笑顔になる。
「おにぎりも大きくて食べごたえあって、握りたてだからか特に美味しく感じる。」
「想定より大きくなってしまいましたが、大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫。むしろこの位大きいほうが調度いい。」
「そうですか 良かった」
 束の間の団欒は和やかに過ぎてゆく。

「それにしても、こんなひらけた高速路を堂々と走っていて大丈夫なんですか?また追手に狙われませんか?」
 食事が終わりひと息ついてクウは疑問を口にする。アリスは簡易ダイニングで後片付けをしている。
「それは心配ない。事前に偽情報をいくつか仕込んであるから、追手連中は我々がサイド8に向かっていると信じ込んでいるはずだ。それにこのルートには万が一に備えて事前の仕込みも済ませてあるし、ステルス時のジアーマーはセンサー類では捕捉できない。衛星や無人機による警戒網には引っかからないんだ。」
「それならいいんですが・・、けど、もし相手が見張り員を派遣して捜索していたらどうなりますか?」
「その場合は見つかるかもしれないが、今時そんな古典的な方法をとる人間はいないよ。安心したまえ。」
 そう言ってカッシュはティーポットから注いだ紅茶に角砂糖を入れ食後のお茶を楽しみ始めた。

「あまいな。」
 見張りからの連絡を受けて男は暗いコックピット内でそう呟くと、始動キーを回し機体を起動させる。それを合図に周囲からも次々と起動音が起こった。

 警告を知らせるアラート共にジアーマーに複数の影がかかる。ジアーマーの自動運転システムが障害物を検知し素早く回避する。驚いたクウが外を見ると何処から現れたのか複数の機影がジアーマーの左右に分かれ並走している。
「待ち伏せか?まさかこんなに早く発見されるとは。」
 そう言いながらカッシュは素早い身のこなしで運転席につき対応を始める。並走しているのは赤い小型のホバークラフトのようなものに乗った青いMSだ。それが左右に3機ずつこちらを挟み込むように展開している。スピードを上げ振り切ろうとするが相手は余裕でついてくる。
 敵に挟まれ左右に身動きがとれないジアーマー、そこへ新たな警告が届く。見れば前方と後方それぞれから黄色い大型車両が砂塵を巻き上げてこちらに急接近してくる。急速に距離を縮める大型車両は厚い装甲で覆われたいかにも堅牢そうな装甲車で、そのシルエットは前方車が角ばっているのに対して、後方車は丸みを帯びている。両者に共通しているのは普通の車両には見られない種類の突起物が複数あり、中でも特徴的なのは車体両側面で唸りを上げる大型航空機エンジンのようなものだ。それによく見ればこの車両にはタイヤが無く、車体底面は大きなエアクッションで覆われていて路面を滑るように移動している。
「まずい、このままじゃ前後に挟み撃ちにされる。」
 前後左右に逃げ道を失いつつある事態に焦るクウ。そこでカッシュが呟く、
「仕方ない、飛ぼう。」
「え?」

「バルラ大尉へこちらクラン、このまま目標を捕獲します。」
「了解だ。・・以外にあっけないな。もっと手強いものと考えていたんだが。」
 大した抵抗も見せない目標にやや拍子抜けの感が否めないバルラは、それでも気を抜くことなく作戦を遂行する。無人機全盛のこの時代において有人比率が高いバルラ部隊は異色な存在と言える。しかし、常に最前線で活動してきた叩き上げの軍人であるバルラにとっては最後に頼りになるのは気心の知れた信頼できる部下たちである。そしてその部下達の期待に応え、対等な立ち位置で導いてゆくためにバルラ自身が先頭に立って陣頭指揮を執るのだ。
 捕獲作戦の最終段階として目標との相対速度合わせに入るホバークラフト「キャロットカーゴ」。その前後に分離した車体がじわじわと目標との距離を狭めていく。一度キャロットカーゴに捕獲されれば抜け出すことは不可能だ。キャロットカーゴの固定用アームが展開し逃げ場のない目標を捕らえようとしたその時、目標両脇の突起部分が大きくせり上がり突然激しい噴煙を路面に向かって噴出した。
「何!?」
 噴煙の勢いで包囲陣形に乱れが生じる中でバルラが目にしたのは、目標トレーラーの車体が地面から徐々に離れ上昇していく様である。せり上がった大型推進器を勢いよく噴かせぐんぐん上昇していくトレーラーは、高度が上がるに従って推進器の角度を変化させて水平飛行に移行する。そして収納式の翼を広げ完全に水平飛行へ移行すると、さらに推進器の出力を高め加速し猛スピードでその場から飛び去ってしまった。
 目の前で起きた突拍子のない事態に暫し唖然としていたバルラであったが、
「ハッハッハ、やるな!これで面白くなった!」
 大きく笑って直ちに追撃態勢に入るのだった。


   2

「飛んでる・・。」
 クウはコックピットキャノピーから見渡す光景に目を見張る。風切り音等は遮蔽されていても飛行高度があまり高くないため、かえってその速度が実感できる。既に装甲エアクラフトとの距離はかなり開いている。
「このトレーラー飛べたんですね。」
 興奮気味に言うクウ。
「まあね。このジアーマーは単なるトレーラーじゃないからね。」
「飛べるなら最初から飛んで移動したほうが速かったんじゃないですか?」
「飛行中は流石に目立つ。それにそろそろ着陸しなくちゃならない。」
「え、どうしてです?」
「実を言うとこのジアーマーはまだ試作段階で調整不足なんだ。だから飛行時間に限界がある。」
「そうですか・・。」
 残念そうなクウ。
「それでも敵との距離は大分稼げたはずだ。」
 高度を下げ着陸態勢に入るジアーマー、極短い空の旅の終わりが名残惜しいクウではあったが思わぬ体験に満足感もあった。
「そうだ。着陸時は揺れるから立っていると危ないよ。」
「え?」
 トッ・ザザー
 タイヤが接地すると同時にコックピットの床が左右に揺れ、不用意に立っていたクウはバランスを崩し倒れそうになる。
「危ない」
 倒れかけたクウをアリスが抱きとめる。
「危ないじゃないですか、クウさんが怪我したらどうするんです?」
 クウを抱きとめたままカッシュを注意するアリス。
「済まない。うっかりしていた。この辺も調整不足なんだ、来る時は結構上手くいったんだが・・。」
「まったく、パパは詰めが甘いんだから」
 やや呆れた顔をするアリス。
「助かったよアリス。」
 クウは姿勢を起こしてアリスに礼を言う。
「い、いえ、どういたしまして・・」
 少し慌てた様子でアリスはクウから離れ顔を少しそむけた。
「やはり追ってきてるな。それも予想以上の進行速度だ。」
 索敵情報を確認しながらカッシュが言う。
「追いつかれそうなんですか?」
「このままだといずれ追いつかれる。陸上ではあの大型ホバークラフトはこちらより速い。でも大丈夫。もう直ぐ山岳地帯に入るからトンネルを通過することになる。あれだけ大きい車体ではトンネルには入れないはずだから上手く逃げ切れるさ。」

「と、連中は考えているだろう。それが甘いんだ。」
 バルラは不敵な笑顔を浮かべ号令する。
「オーバーブースト点火。」

「?何だ?急に相手の速度が上がったぞ、急速に距離を縮めてきている。だがこのペースならギリギリのタイミングでトンネルに逃げ込めそうだ。」
 全速でとばすジアーマーの前方にトンネルの入口が見えてくる。一方で後方からも大型エアクラフトが猛烈な勢いで粉塵を巻き上げ姿を現した。
「!あれを見て。」
 声と共にクウが指さした先、トンネル入口上方の斜面から先と同型の小型ホバークラフトに乗った青いMS3機が駆け下ってくる。
「別動隊か、やはりこちらの逃走ルートが読まれていたのか。」

「だから甘いと言っている。こちらも出るぞ!ハッチを開けろ。」
 キャロットカーゴの前方ハッチが開き、内部から小型エアクラフト「DDAY」に乗ったMS「GU07」が次々と出撃する。キャロットカーゴの速度分もプラスしたGU07部隊はみるみる目標へ追いついた。見れば待ち伏せをさせておいた別動隊が既に目標に取り付いている。

「まずいな、敵に取り付かれてしまった。」
 少し深刻そうな面持ちでカッシュが言う。
「RXを動かします」
 アリスはそう言うとコンテナの入口に向かう。
「僕も行くよ。」
 クウもアリスについて行こうとする。
「待ってくれクウ、君はこちらに残ってもらえないか。」
「でもRXを動かさないと・・」
「今回はアリスに任せよう。それより君にはやってもらいたいことがあるんだ。」

 ジアーマーのコンテナに取り付いたGU07の8番機がコンテナの天面ハッチをこじ開けようと手を掛けるが歯が立たない。そこで8番機は格闘武器であるヒートソードを構え火を入れる。エネルギーが注がれ刀身が赤く発熱したヒートソードを振り上げた8番機がその切先を振り下ろそうとした瞬間、コンテナの天面ハッチが突然開いた。8番機は急に足下のハッチが開いたためバランスを崩す、そこへ開いたハッチから大きな腕が現れ8番機の右腕をつかんだ。
「出たな。報告にあった作業用MSか。」
 姿を現したRXに目を見張るバルラ。自分より一回り以上大きい腕につかまれ身動きが取れない8番機、懸命に振り解こうとするがびくともしない。RXがそのままつかんだ腕を大きく横に振ると8番機の体が宙に浮き、側面に取り付いていた7番機に衝突、2機はそろってジアーマーから投げ出されトンネル壁面にぶつかり機体を壁面に擦りつけ火花を散らして脱落する。
 残った9番機は捕まれぬよう距離を置いたまま左腕の連装銃を構える。連装銃が目標を照準した矢先、RXがくるりと振り返りその頭部側面が鋭く光った。
 ジッ!
 ストロボの様な光が輝くと同時に9番機のメインカメラが焼けこげる。視界を失った9番機はなすすべなく突き飛ばされ、先の2機と同様の道をたどる。
「やるな。しかし報告には非武装とあるがあんな所にレーザーを備えているとは。」
 感心するバルラ。
「頭部にある溶接用レーザーは出力を調節すればこんな使い方もできるんです」
 誰ともなく呟くアリス。これでジアーマーに取り付いていたMSは全て払い落としたが、後方にはまだ6機が追跡してくる。先行の味方を失ったその6機がいよいよ仕掛けてくるらしく陣形を広げた。一方のジアーマーはRXを再び収納し増速を試みる。両者はつかず離れずの状態を保ったまま最初のトンネルを抜け、山間の渓谷に沿って走る高速路を日の光を浴びながら次のトンネル入口を目指してひた走る。
 閉鎖空間から解放されたGU07部隊はより自由度の高い軌道を描いてジアーマーに追いすがり、攻撃を加え始めた。GU07の連装銃が散発的に火を噴き命中弾がジアーマーの車体表面で爆竹に似た派手な火花を散らすが有効打にはならない。タイヤも同様でパンクする様子がない。
「タイヤも防弾仕様か、この程度の火力では致命傷を与えられんか。」
 ZA06より格闘性能を向上させたGU07であったが火力不足が難点である。射撃による攻撃ではらちが明かないと判断したGU07部隊は、各々で格闘武器を構え近接戦闘を仕掛ける態勢に入る。射撃を継続しながら間合いを測るバルラはそこで何かが接近する気配を察知した。
「この音、ローター機か?」
 高速回転するローター音が渓谷にこだまし風で木々の葉が揺れる。風に舞う葉をまとい山林の陰から現れたのはレスキューカラーのVTOL機である。
「妙だな、レスキューにしては到着が早すぎる。」
 近づくVTOL機に違和感を感じるバルラであったが、今は目の前の獲物から目が離せない。VTOL機は素早くこちらの頭上へ回り込み突然消火剤を噴射した。粉煙で視界を遮られたGU07部隊ではあったがその程度では陣形は乱れなかった。
「センサー類が妨害されている。この煙ただの消火剤ではないな。」
 部隊は速度を緩めざるおえなくなりトレーラーとの距離が開く。バルラはDDAYを左へスライドさせ路面から斜面に移って斜めに駆け上がり、煙の影響下から脱するとVTOL機目がけ射撃を加える。しかし弾は命中するも、VTOL機はそのまま飛び続け墜落する気配がない。
「こちらも防弾仕様か、やはりただのレスキューではないな。ならば、」
 そう言ってバルラは右アーム装備のワイヤーアンカーを射出し、VTOL機に絡みつかせようとするが、アンカーはギリギリのところでかわされてしまう。
「無人機にしてはいい反応をする。だが、」
 バルラ機の右腕がオーケストラの指揮者のように大きく振られ、ワイヤーにその動きが伝わりまるで意思を持った蛇のようにうねり、再びVTOL機に襲いかかった。虚を突かれた獲物はこれをかわしきれず、アンカーが命中し大きくバランスを崩す。機体を動揺から回復させるためにVTOL機はよろめきながら上昇し高度をとり、姿勢が安定すると再び高度を下げ始めた。
「同じパターンとは芸がない、所詮は無人機か。」
 バルラは今度こそ仕留めようと身構える。だがVTOL機はバルラの間合いに入る寸前で下降を止め、機体中央のハッチを大きく開き大量の消火剤を一気に噴出させた。
「何!?」
 最初とは比較にならない大量の粉煙で視界がほぼゼロになったGU07部隊であったが、予めインプットされている地形データを介した自動補正のおかげで追跡は続行される。一方、VTOL機は手持ちの消火剤を使い果たしたらしくハッチを閉じながら逃げるように離れていく。
「悪足掻きだったな、この程度では大した時間稼ぎにもならん。」
 ヒィィィ―ン
 ボシュッ!
 粉煙も薄らぎ始め部隊が再加速し始めた矢先、前方から何かの発射音が発せられた。
 ボンッ!ガシャーーー
 発射音の直後3番機が転倒し集団から脱落していく。
「どうした、3番機!」
「こちら3番機、どうやら砲撃された模様、機体に硬化剤が付着し動きません。」
 ボシュッ!
 ボッ!ガシュゥーー
 再度の発射音が鳴り今度は6番機が脱落する。
「散開しろ!的を絞らせるな。」
 ヒィィィーン・・
「この攻撃はトレーラーからのものではない。煙に紛れてこちらを狙うものがいる。」
 粉煙が晴れ前方至近に現れたのはNJP特有の消防カラーが施されたMSであった。識別番号108、109と表記のある2機のMSは両肩に消化活動用マルチランチャーを備え、各々が白いフライトユニットに乗って部隊前方を並走している。
「いつの間に?大量の消火剤に紛れ込ませて投下したのか。」
 新たなピースを加えてのカーチェイスは次のトンネルへと続く。

「お見事、2機撃破だね。やっぱり君にキャノン達のコントロールを頼んで正解だったよ。」
「いえ、このキャノンや輸送機のペリーの性能のお蔭ですよ。それにしてもこんなものを事前に用意しているなんて、こうなることを予想してたんですか?」
「まあ備えあれば患いなしというやつだ。でも本当は使わないで済むと踏んでいたんだけどね。」
「それにしても、RXといいこのキャノンたちといい、操作方法がゲーム「GVSZ」とほとんど同じことには驚かされました。おっと、」
 2機のキャノンをコントロールしながらの会話のため、会話内容と関係ない言葉を発するクウ。
「それはRX内で操作説明をした時に教えた通り、あのゲームは我社で開発したものだからね。」
「そうとは知らずに夢中になってました。よ、」
「うん、君の成績は突出していた。お、また1機落としたじゃないか。」
 ジアーマーの後方カメラがチェイスから脱落していく敵MSの様子をつぶさに捉えていた。


   3

「やはり無人機の動きではない。後ろで操っている人間がいるな、かなりの手練れだ。」
 新たに加わった敵の動きからそう直感するバルラは、味方の数が短時間で半分に減らされても集中が途切れない。目標トレーラーがトンネルに突入し、バルラたちもそれに続く。トンネル内の人工灯に照らされたバルラの目の色が変わる。
「だが、いつまでも好きにはさせん。今度はこちらの番だ。」
 バルラ機が乗るDDAYが加速し真正面から2機のキャノンに仕掛ける。キャノンは2機同時にバルラ機へマルチランチャーを発射するが、バルラはDDAYを右方向へ急スライドさせ弾道を外しそのままトンネル壁面に向かってDDAYをさらに加速、機体が壁に接触する直前にGU07の体を左へ素早く倒しDDAYの車体ごと左に大きく傾けてトンネル壁面に貼りつくようにスラローム走行に入る。

「まずいな・・1機突破されました。こちらに向かってきます。」
 いわゆる壁走りでキャノン2機を一気に突破してこちらに迫るバルラ機に焦るクウ。バルラの突破と同時に残りの2機も攻めに転じ全力でキャノンを足止めする。
「アリス、キャノンたちのコントロールをクウと交代しなさい。クウ、今度は君がRXを動かしてくれ。」
「はい」
「分かりました。」
 咄嗟に二人へ指示するカッシュ、コックピットに戻ったばかりのアリスは素早くコントロールをクウから引き継ぐ。クウは急いでコンテナのRXへ向かう。

 ジアーマーに追いついたバルラはそのまま追い抜き、前を走行する一般の自動運転輸送車のタイヤに目がけてDDAYの連装ロケット弾を撃ち込みこれを破壊、輸送車はそのまま横倒しになり車体側面を路面に激しく擦りつける。それを見たジアーマーは急ブレーキをかけ、輸送車にぶつかる一歩手前で停車した。
 DDAYから降りたバルラ機は、ひときわ大きなヒートソードを携えて停車したジアーマーにゆっくりと歩み寄る。ジアーマーのコンテナハッチも開きRXが看板盾を取り外しつつ、素早い身のこなしで姿を見せる。大型ヒートソードを構えるバルラ機、その刀身は熱を帯び周囲の空気が揺らめいている。対して「キースベーカリー」の看板盾を身構えるRX。バルラは看板盾を大真面目に構えるRXを見て苦笑するが、すぐに表情は変わり正面から切り込む。RXは振り下ろされた太刀を盾で受け止め、そのまま強引に押し返す。押し返されたバルラ機はその勢いも利用して一旦後方へ飛び退いた。着地と同時に右へ駆け出し連装銃から持ち替えていた大口径ガトリングガンを放つバルラ機、それを盾で凌ぐRXは防戦一方だ。
 バルラ機より一回り大きいRXはパワーでは圧倒しているものの、トンネル内では動きが制限される。ましてジアーマーを守りながらでは尚更である。
「やっぱりこの1機だけ動きが違う。多分リーダーだ。」
 小回りが利く敵に対し頭部の溶接用レーザーを照準するRX、そこで敵は何を思ったかRXの真上のトンネル天井を射撃した。
 バシュ、シュューー
 天井にあるスプリンクラーが銃弾で破壊され水が勢いよく噴き出し、水煙が発生した。水煙が散在する中、RXはレーザーを放射するが光は減衰し敵にダメージを与えることができない。レーザーによる脅威は薄れたがバルラ機も残弾が残り少ない、ここで一気に片を付けねばならない。
 ガトリングガンの射撃で威嚇しつつRXとの間合いを測るバルラ、残弾がゼロになったと同時に左腕のガトリングガンを放棄し大型ヒートソードに持ち替え、右腕のワイヤーアンカーを放つ。RXの盾にアンカーが掛かるとワイヤーを巻き戻し、その牽引力も利用してRXの斜め前方から鋭く切り込む。RXは咄嗟に盾を手放し両腕を上げバルラ機に対し身構えた。勢いの乗った大型ヒートソードがRXへ振り下ろされた瞬間、RXの両手が強い光を放つ。
 バシッ
 一瞬の閃光が弾け気づけば白熱したヒートソードが機体に触れるギリギリのところでRXの輝く両手がその刀身を挟み込む形で受け止めていた。RXはそのまま腕に力を込めバルラ機を即座に押し返す。強力な力で後方へ投げ出されたバルラ機は空中で一回転して地面に着地すると再び剣を構える。RXの両手の光も消え急いで盾を拾う。
「見事。面白い手芸だが、その光短時間しか使えないと見た。」
 相手の出方をうかがいつつ再び対峙する両者、そこへトンネル出口からミサイルが飛び込んできた。ミサイルは横転した輸送車に直撃し爆発する。
「潮時か。」
 バルラ機はDDAYに飛び乗り素早く機首を廻らせその場から去った。後に残ったRXは次のミサイルを警戒しながらトンネル出口に向かう。


   4

「煙に燻されたねずみはまだ穴から出てこんな。」
 夕日に赤く染まる空に無数のローター音が響く。
「もう一発撃ち込むか?だがトンネルが崩落しては目標の回収が困難になる。」
 トンネルからはもうもうと煙がはき出されていて中の様子はうかがい知れない、スプリンクラーが破壊されているため想定以上に煙の量が多いためだ。
 ヒューーン
 煙の中からヘリのローター音とは異なる独特の回転音が聞こえてくる。
「何の音だ?」
 トンネル出口上空に待ち構えていた戦闘ヘリ「トップ」部隊の指揮を任されるクルメは指揮官機のシートで訝しむ。
 フワッ
 突然煙の中から突風が舞い起こる。
 キンッ
 そして、聞いたことのない異音が鳴り響いた次の瞬間、
 ボッ ガキン!!
 煙に小さな穴が開くと同時に、3番機のメインローターが短い破壊音をたて回転軸の根元から外れた。
「な!?」
 外れたローターは竹とんぼのように回転しながらあらぬ方向へ飛んでいき、ローターを失った3番機の機体は重力の赴くままに落下し地面に激突した。
「どういうことだ?何が起きた?」
 ヒューーン
 またも聞こえ出す回転音。
 フワッ
 そしてトンネル出口から突風が発生し、残っていた煙を払い除ける。そこに姿を現したのは右腕を肩から高速回転させている白いヤツである。
 キンッ
 異音と共にその高速回転する右腕から何かが放たれ瞬間、
 ガギャッ!
 今度は5番機のローターが外れ飛び去ることになる。
 白いヤツはといえば腰を落として何かを拾っている。よく見ればそれは崩れたトンネル壁面の瓦礫である。
「まさか・・」
 再び腕を回転させ始める白いヤツ。そして放たれた弾丸が3つ目のローターを天に舞い上げるのだった。
「なんてこった!!やつは投石で戦闘ヘリを撃墜してやがる!」
 RXが回転する腕を加速器に見立て、瓦礫の弾丸で次々とヘリを撃墜していく様に唖然とするクルメ。
「は!?散開、いや、回避しろ!」
 クルメは想定外の事態にパニックに陥り、その間にもヘリは落とされ残り3機になってしまう。
「くそ、こうなったらやぶれかぶれだ、全機ミサイル発射だ。あの原始人に目にもの見せてやる!」
 3機の戦闘ヘリが左右のミサイルを同時発射し、合計6発のミサイルがRXに迫るがRXの頭部から鋭い閃光が走り、6発のミサイルは瞬く間に撃ち落とされてしまった。それを見て驚愕するクルメと白いヤツの目が合う。
「ひっ、逃げ、撤退、撤退だ!」
 クルメは残った無人ヘリを盾にしながら一目散に逃げ出した。


   5

「きれい」
 ジアーマーのライトで照らされた桜の大木を見上げアリスは優しく微笑む。ここは小高い丘の上に設けられた桜の名所であった公園跡、現在公園は閉鎖され荒れるに任せているが桜の木々だけは最低限の管理が継続されている。光量を抑えたライトで照らされた夜桜は何とも風情がある。
「このルートを選んだのはこのためだったんですか?」
「ああ、これをアリスに見せておきたくてね。」
 答えたカッシュの表情も満足そうだ。
 戦闘ヘリを撃退した後、クウ達は急ぎトンネルの消火と瓦礫の撤去、崩れた壁面の応急処置に取り掛かった。キャノンたちを交えた一連の作業は迅速に短時間で終えることができた。復旧作業のスピードに感心するクウにアリスは言った。
「MSは本来、人の役に立つために生み出されたんです」
 作業を終えると素早く撤収しその場を離れたジアーマーは途中、事前に用意してあった偽装手段で追手の目を欺き現在に至る。
 アリスは大木に近づくと幹にそっと手を触れる。するとアリスの体がうっすらと光始め、その光はアリスの手から幹に伝わりそこから広がっていき、桜の大木を包み込んだ。
「ぅわ・・」
 クウはその幻想的な光景に目を奪われる。
「これは・・?」
「これがアリスの力、彼女の存在を体現したものだ。」

 カッシュは語った。アリスを構成するDGセルとその力の一端であるM粒子、これらは本来悪化した地球環境の再生目的で研究開発されたものであること。DGセルは3大理論機能を備えたナノマシンの一種で、広域散布することでそれは環境中に溶け込んで生物に元来備わっている環境再生力を補助、促進させることを可能とする。またDGセルから発せられるM粒子は生態系における生物間のコミュニケーション、親和性を高めるためこれも環境再生に寄与する。
 DGセルの研究は実を結び広域散布装置の開発に成功し、その適合者も選出された。だが、DGセルの価値に目をつけた複数の組織とそれに加担する一部の科学者たちによってDGセルの軍事転用が模索され、研究成果と研究に携わった人々が狙われることになった。
 過去に目撃された月光蝶はDGセル広域散布装置「アルティメット」の姿であった。クウたち「Nタイプ」と呼ばれる人々は月光蝶の影響でDGセルを体内に取り込み、体内共生関係を確立した人々であり、特にクウはその数値が非常に高い稀なケースでアリスとの高い同調性が認められた。そのためカッシュはアリスを覚醒させる目的でクウに接触を図ったのだった。