moon fly



   1

 四角く切り取られた闇に美しい青色の球体が浮かぶ。静寂の中、一人の少女がその青色に魅入られたように佇む。
「行こう、アルティメット。地球が待ってる。」
 少女は傍らの相棒に小さく呼びかけた。それに応えるかのように相棒の大きな瞳がうっすらと明滅した。

「緊急事態発生。本機の主推進器は深刻な損傷を受けました。また、被弾時の衝撃のため本機は予定進路から大きく逸れています。進路を修正してください。」
 警告音が鳴り響くコックピットで少女は懸命に事態打開を模索していた。そこへ次なる危機の知らせが届く。
「本機に向け高エネルギー体が放射され・・」
 通達の途中で激しい衝撃が起こる。それが絶望的なものであることを少女は瞬時に悟った。
「本機は高度を維持できなくなりました。修正不能。修正不能。」
 眩い光に包まれて少女とその相棒は、眼下に広がる青い光の中に堕ちていった。

「どうして?・・・」


   2

「ちょうちょ」
「え?」
 母親は幼いわが子が手を伸ばした方へ視線を向ける。すると星の光に紛れて強い光を発する光体が夜空を進んでいるのが見えた。
「何かしら?飛行機じゃないみたい。流星?」
 光体は虹色に輝き、その光のシルエットはどことなく蝶を連想させた。
「りゅうせい」
「そう、流星。流れ星のことよ。」
 わが子に説明しつつも、光の正体をつかみかねている母親であったが、その美しい輝きに見入ってしまう。ふと気づくと周囲の夜空に星とは異なる無数の光の粒が瞬き始めた。普段見慣れたオーロラとは異なる虹色の光。それはまるで雪が降るように空から舞い降りてくる。よく見ればそれは上空の光の蝶が夜空に描く軌跡をたどるように発生している。
「この光の粒、あの蝶が降らしているんだわ。鱗粉のようなものかしら?」
 その光の粒からは不思議と安心感のようなものが感じられ、親子は時を忘れてそれに見入っていた。幻想的な光の饗宴はしばらく続いたが、次第に光は薄らいでいきいつの間にか消えてしまった。そして気づけばあの光体も姿を消していた。まるで本物の流星が流れすぎたかのように。


   3

「何とか間に合いそうだ・・」
 視界の片隅に表示される時計を確認しながらクウは歩みを速める。友人と駅前での待ち合わせに間に合うよう公園広場をショートカットする。人口天井からのものとはいえ、木々の枝の間から降りそそぐ木洩れ日の光が心地よい。
「・・・さんの自らの絵にこめた思いを語っていただきました。それではスタジオの専門家の意見を伺いましょう。・・・」
 時間を確認するために立ち上げたニュース番組では若い芸術家の話題が放送されている。クウもこの芸術家の作品はいくつか見たことがある。先鋭的で印象深い作品はとても同世代の若者が描いたものとは思えない心に響くものに感じられた。
「・・・さんもあの月光蝶の影響者であると噂されていますよね。・・・」
 クウの耳に気になる単語が入ってきた。
「月光蝶」
 十数年前ある特定の地域で観測された不可思議な現象。その日夜空に現れた大きな流星のような光体のことを指す言葉だ。当日は地磁気の不安定化に伴うオーロラ発生が比較的少なく、星空が澄んでいたため目撃者も多い。その光体がまるで巨大な光る蝶のように見えたことからいつしかそう呼ばれるようになった。
 映像記録も残ってはいるのだが、なぜか不鮮明なものばかりで実体がつかみ難い。しかし目撃者は一様に光り輝く蝶のようだったと証言する。だが「月光蝶」の話題で注目されるのは月光蝶そのものもさることながら、それを目にした人たちの中にその後、特異な才能を発揮する人の割合が多いことだ。番組でもその話題が話されている。才能を発揮する人は芸術、科学、スポーツ分野と多岐にわたり偶然ではないかとの見方もあるが、人々は彼らの中になんらかの共通性があるように感じるものがあり、いつしか月光蝶の噂は定着していた。
 月光蝶の話題に引かれたのは、実はクウも幼い頃に母親とともに月光蝶に遭遇しているらしいのだ。らしいというのは当時のクウ自身があまりにも幼かったのと、その時現場にいたのが母親とクウの二人だけであったため、他に証人がいないためだ。当の母親もおっとりとした人で「月光蝶だったかも」程度にしか捉えておらず、確証もないようだ。なにより母子そろってごく平凡な人間で特異な才能など持ち合わせていなかった。
 気がつくと番組も次のトピックの新型音速旅客機の話題に移っている。クウは受信を終え目的地へと足を速める。目的地への最短コースをとるために広場の緑地帯に足を踏み入れる。緑地帯は人が歩けるよう整備されているのだが、自然が感じられるようあえて舗装処理は行われず土の地面である。
 極の逆転現象により不安定化し弱まりつつある地球磁場、汚染や温暖化等の複合的な環境変異の影響から逃れるために建造された巨大都市空間「コロニー」。自然環境から隔離された空間での生活を強いられるようになった人々は、少しでも自然にふれる機会を増やそうと以前にも増して緑化活動に熱心になっていた。クウにしてみればもの心ついた頃からこういった環境が当たり前の世界で暮らしているので違和感は感じない。むしろコロニーで暮らさざるおえなくなった今の人々のほうが人工的とはいえ自然に接する機会は増えているそうだ。
 凹凸のある土の道を歩いているため、クウの視線は通常より注意深くなっている。ふと気づくと、その視界にいつのまにか見慣れぬものが入ってきている。ちらちらと視界に漂うそれは、最初、木漏れ日の中で草木に反射した光のいたずらかと思われたのだが、意識を傾けるとそれは何かの生き物のように振舞っている。さらに注意深く観察すると、それはごく小さな光る球のようなもので、頭頂部の左右にさらに小さな光る球が羽のように生えている。その羽を羽ばたかせながら光る小玉がクウの前をぴょこぴょこと先行している。まるでクウを誘っているかのようだ。
 最初は何かの錯覚かと思っていたクウもその不思議な光る小玉に興味が湧いてきた。待ち合わせにはぎりぎりなのだが、ちょっとだけのつもりでそれを追い始める。小玉は相変わらず、ぴょこぴょこと弾むように先を進んで行く。クウはさらに歩を速めるのだが、小玉との間隔は縮まらなかった。夢中になって追いかけているうちに、クウは何か見知らぬ薄暗い林道に迷い込んだような錯覚に囚われる。そもそもこの公園の緑地帯にこんな道があっただろうか。ぼんやりと浮かぶ疑問を頭の片隅に、クウは小玉を追いかけさらに奥へと進んでいく。すると突然目の前が明るくなった。
 急な光にクウは少し目を細める。見るといつの間にかひらけた空間に出ていた。そこは周囲を木々に囲まれ、草が絨毯のように生い茂る円形広間のような空間で、周囲の木の枝に円形に縁取られた空がのぞく。広間の中央には大きな樹が一つ存在していて、樹は陽光に照らされ、まるで樹そのものがうっすらと光っているように見える。その明るい光が降りそそぐ空もいつもの人口的な空とは違う気がする。
 クウが空間の不思議さに気をとられている間に、光る小玉はすでに大きな樹のそばへ跳ね進んでいる。ここまで来て見失うわけにはいかないのでクウは慌ててそれを追う。すると光る小玉がひときわ大きく跳ねた。その軌道を目で追っていくと光る小玉は空中に着地するかのように動きが止まった。光る小玉が着地したのは小さな手のひらの上だった。いつのまに現れたのだろう、大きな樹の前に一人の女の子が立っている。女の子はふんわりとしたスカートの白いワンピース姿で、青い大きなリボンがついた縁の広い白い帽子をかぶっている。光る小玉はその子の手の上で、まるで小鳥が小枝の上にとまるようにとまっている。
「キミ こレがミえていまスね」
 女の子の不思議なイントネーションの声が響いた。クウは質問の意味が呑み込めず、きょとんとした顔で女の子を見る。女の子はそんなクウに対してやさしい笑顔を向けている。その表情にクウは以前この子に会ったことがあるように感じた。
「君は?・・」
「ワタシはアリス」
 アリス。童話に出てくるような名前だ。クウにはこの名前の知り合いはいない。やはり初対面だろうか。
「アナタはものがたりにエラバレました」
「選ばれた?僕が?」
 クウには女の子が言っている意味が分からない。
「ソウです アナタはものがたりノしゅえんノひとりにエラバレました」
「主演?それって・・」
 クウが疑問を口にしかけた時、女の子が両手で光る小玉をやさしく包み、そのまま頭上に放り上げた。クウも空に舞い上がった光る小玉を見上げる。小玉は自ら勢いよく上昇し、円形に縁取られた空の中心にたどりつく。すると一瞬、小玉が強く光り、そして小玉を中心に虹色の光る帯のようなものが突如流れ出し、空を覆った。その流れとともに小玉もはじけ様々な色に輝く無数の小玉が周囲に拡散した。
「こっチです」
 突然起きた光の協演に釘付けになっていたクウの手を女の子がつかんでクウに一緒に来るよう促す。クウは女の子に促されるままに一緒に駆け出した。二人はクウが入ってきた広間の入り口に向かい、虹色の光で満たされた広間を抜け出す。そのまま狭い林道を駆け抜ける。薄暗かった林道は周囲の草木が虹色の光で照らされ、ついさっき通ってきた同じ道とは思えない。それに周りの草木が過ぎ行く速度が速すぎる気がする。クウは自分が現実とは違う世界に迷い込んでしまったような感覚に捕らわれていた。
 どこまで駆けてきたのだろう。ずいぶん長い道を進んでいるように感じた時、明るい林道の先が暗い洞窟の入り口のようになっているのが見えた。そして二人は吸い込まれるようにその中に入っていった。


   4

「反応が現れました。今、詳細を送ります。」
 どことなく大型旅客機の操縦室を思わせる密閉空間に、スーツ姿の2名がそれぞれに与えられた特殊シートの席に座り画面越しに情報を精査している。
「やはりここか・・。」
「事前の予測通りだな。これなら先行部隊が間に合いそうだ。」
「馬車のほうは?」
「そちらはまだ捕捉できていません。」
「見つけ出せ。すでに動いているはずだ。」

 暗闇の中をクウはアリスに手を引かれて歩いていた。この洞窟のような空間には今入ってきたばかりだというのに、振り向けば入り口は見えず周囲は闇に包まれている。クウは自分が何処へ向かって歩いているのかさえ分からなくなっている。けれどアリスには自分が向かうべき方向がはっきり分かっている様子で、迷いなくぐんぐん先を歩いていく。
 不安の募るクウがアリスに話かけようと思った時。足元を何か光るものが通り抜けた。少し驚いたクウを余所に、光る物体はクウの目の前で大きく跳ね、アリスの肩に静かに着地した。見覚えのあるそれはさっきの光り球であった。
 アリスの肩に乗ったペットボトルのキャップくらいの大きさの光り球は、クウの方へ振り返って頭にはえた丸い羽のようなものをひょこひょこ動かしている。
「コンニチワですって」
 アリスが少し振り向いて小さく微笑む。
「君はこれの言うことが分かるの?」
「ハイ だいたいワカリます」
 アリスの肩の上にとまっていた光り球はぽんっと跳ねて、今度はアリスの白い帽子の土星の輪のように広がる縁の上に載り、その上をまるで帽子の衛星になったようにくるくると回り始めた。光り球は明らかに自らの意思を持って振舞っている。ホログラフにも見えるが、既存のものとは違うように感じる。
「これって何なの?」
「このコは「はろ」です」
「ハロ?」
「そウ あなたたちのコトバではハロ ハロはわたしのカゾクです」
「家族・・。」
「ハロはワタシタチのツナガリをサポートしてくれます」
 クウにはアリスの言うことがいまいちのみ込めない。アリスはそんなクウの表情を見て取って、ハロに呼びかける。
「ハロ おねがい」
 すると帽子の上にいたハロが再び跳ね、クウの頭の上に着地、と同時にぽんっと光りの粒子になって消えた。少し面食らったクウ、その脳裏に突然イメージが湧き起こる。
「え?」
 イメージは波が押し寄せるように広がり、クウの頭の中を駆け巡る。それは水の流れのようなイメージから始まって、見たこともない風景や生物であったり、遺跡や古い町並み、祭や儀式といった様々な文化、科学や芸術それら人類が生み出したもの。それらのイメージは深い水底に届く光のように輪郭ははっきりしないのだが、まるで地球の歴史を原初の時代から追体験するような感覚を覚えるイメージの奔流であった。
 イメージの奔流は一瞬で過ぎ去り、最後に虹色の光が視界に拡がりクウは我に帰った。気づくと、辺りは暗闇ではなくさっきまで歩いていた公園の緑地帯に戻ってきている。そして、目の前では七色の光の粒子がアリスの頭の上で集束し、ハロが形を再形成してアリスの帽子にふわりと着地するところだった。
「今のは・・?君たちは一体?」
 混乱気味のクウ。そこへ突如突風が巻き起こり、周囲の草木が大きく揺れた。それと同時に大きな影が現れ、陽光を遮る。クウが頭上を仰ぎ見ると、どこから現れたのだろう、空中輸送機が滞空している。低いローター音を響かせて、ゆっくりこちらに降下してくる空中輸送機。その後部ハッチが開き、内部から複数の影が降りてくる。
 牽引ワイヤーを使って順繰りに降りてきたのは3機のMSだった。
「MS」それはコロニー開発が始まる少し前から普及し始め、各地での本格的なコロニー開発ラッシュとともに爆発的に普及した人型作業機械の総称である。サイズ等の規格は用途やメーカーによって異なるが、国際的な統一規格がかなり早い段階で設けられたため、装備品等の共有化が図られている。
 大きさは人間サイズから大型重機サイズが一般的だが、中には手のひらに乗るサイズや大型旅客機サイズのものもある。用途も近年では幅広く使用されるようになり、建設分野から工作、医療、エンターテインメント、軍事と広がりを見せている。
 クウたちの目の前にいる3機は3メートルほどの大きさで、低い色調に抑えたグリーンの本体色、左肩には大きな盾のような装甲が装着されていて、右肩にはスパイクのようなものが埋め込まれた丸みを帯びた装甲が装着された、どこか西洋甲冑を想わせるシルエットのMSだ。その頭部を横に輪切りにするように刻まれた細い一本のスリットの上を長方形の光点が、まるで周囲を警戒する目のように忙しなくスライド移動している。右アームにはいかにも物騒な長物が装備されている。
 その3機の目が一斉に正面のクウを見据え、長物の先端がクウに向けられる。
「君、それが見えているな?」
 中央の一機が合成音声を投げかけてきた。
「?」
 突然の問いにクウは戸惑う。
「答えなさい。君はそれが見えているな?」
「??」
 状況が呑み込めず答えられないクウ。
「答えなさい。君はそれが見えているな?」
 同じ言葉を繰返し、緑のMSは一歩前進する。その威圧感に気圧されてクウは思わず後ずさる。
「怯えることはない。君はただこちらの質問に素直に答えればいいんだ。」
 MSはクウの警戒心を和らげるために言葉を投げかけるが、無機質な金属の頭部から発せられる音声とこちらに向けられたままの銃口からは変わらぬ威圧しか感じない。構えた姿勢のままMSはさらに歩を進め間合いを詰めてくる。混乱しているクウは緊張で体を強張らせながら後ずさるばかりだ。
「埒が明きません。こちらも時間が限られている。仕方がないので強硬手段をとらせてもらう。」
 そう言うやいなや3機のMSは包囲を狭めてきた。そして先頭の一機がクウを捕らえようと腕を振り上げた。
「させない!」
 突然アリスがMSに立ちはだかるようにクウとMSの間に割って入った。右手をMSにかざすアリス。すると、突然先頭のMSの動きが止まった。よく見るとMSの体の関節が異常をきたしたように細かく震えているようだ。スリットセンサー上の光点も左右に不規則に揺れ動いている。
「・・何が・・起きて・・いる・システム・・エラー・・」
 MSは全身を震えさせながら片言に音声を発している。そこへもう一機がフォローしようと近づいてきた。それを見て取ったアリスは、かざした右手を何かを引っぱるように自身の体に大きく引きつけた。すると動きが止まっていたMSの体が前方につんのめるように傾いた。触れてもいないのにまるでアリスに引っぱられているかのように見える。
「エイ!」
 かけ声とともにアリスが右手を勢いよく押し出した。その瞬間MSはのけ反りながら後方に投げ飛ばされたかのように倒れこむ、フォローに入っていたMSにぶつかり、2機はもつれて倒れてしまった。
「イマのうちです」
 振り返ったアリスはクウの手を取り二人は駈け足でその場を離れるのだった。


   5

「どうなっている?何が起きた?」
 コントロールルームでMSの行動に指示を与えていたスーツの一人ジンは画面を見ながら声をもらした。
「ビンゴ、と言ったところか・・。」
 もう一人のニムがやや落ち着いた感じで呟く。
「どういうことだ?」
 ジンは顔を上げ疑問を投げかける。
「見てみろ。ZA06がひっくり返る直前の少年の反応と逃げていく姿勢。何か不自然だ。まるで何者かに手を引かれているように見える。恐らく「いた」のだろう。」
「いた?」
「そうだ。報告通りだ。ZA06のセンサーでは捉えることができない何者か、つまり目標だ。やはりあの少年は目標と接触していたんだ。直ぐにZA06を立て直し、あの少年を追跡するんだ。こちらは増援を要請する。」
「ああ、わかった。」

 クウたちは森林区域を走り抜け駅前に続く大通りに出た。
「今のMSは一体・・、何が起きてるんだ・・?」
 息を切らしながら疑問を口にするクウ。見ればアリスは息も切らさずに落ち着いた様子で、何か思案しているような様子だ。
「いまレンラクしました すぐにキてくれるはずです」
「来てくれるって?誰が?」
 MSが追ってくるのを警戒して後を見ていたクウは振り向いて尋ねる。
「トーサマです」
「父さま?お父さんのこと?」
 その時クウたちが逃げてきた森林区域の方からMSと思われる駆動音が聞こえてきた。
「来た。あのMSが追ってきたよ!」
「こっちもキました」
 あせるクウを尻目にアリスが冷静に答えた。
「え?」
 ズザーーー!
「うわ!?」
 大きな擦過音。驚いて見れば、降ってわいたように突然出現した大型トレーラーがタイヤをややスリップさせながらこちらに迫ってくる。クウはとっさにアリスをかばうように車道から離れようとする。
「ダイジョウブですよ」
 アリスは落ち着いた様子で応対する。
 キキーー
 ブレーキを響かせて大型トレラーはクウたちの目の前で停車した。トレーラーはかなり大型のもので形も一般的なものとは異質な印象を受ける。特に運転席後部にそびえる2対のクレーンと思しき物体と、側面にパン屋の大きなロゴが描かれたパネルが貼られた、巨大なコンテナ部分が特徴的だ。
「さあ、乗りたまえ!」
 スピーカーからの音声とともにトレーラーの運転席後部のドアが開いた。
「ハイ」
 返答とともにアリスはジャンプし、迷いなくドアの中へ跳び入った。それを見たクウは我が目を疑った。ドアは地面から3m以上の高さにあったのだが、アリスはそれを一跳びでドアの中へ入ってしまったのだ。
「さあ どうぞ」
 ドアの中から顔を出したアリスがさも当然のようにクウを手招きする。
「どうぞと言われても・・。」
 クウはドアの周りを見回したが足場になるようなところはない。クウがためらっていると、後ろから突風が起こり、葉を撒き散らしながら先程の追手のMS3機が現れた。3機はトレーラーを包囲しようと展開する。
「仕方ない。君は直接乗りたまえ。」
 パシューー
 スピーカーからの音声と同時にコンテナからガスの噴出するような音が聞こえ、コンテナ側面が開いた。直後、その中から何か大きな物体がクウに向かって伸びてきた。そしてそれは瞬く間にクウを摘み上げた。と同時にトレーラーは急発進。虚を突かれたMSたちを置き去りにして一目散に走り去る。
「うわ!?ちょっ、と待って・・!下ろして・・!」
 突然走り出したトレーラー。クウはそのコンテナの上の中空でトレーラーが加速する様を、直に感じる空気の流れや加速Gによる臨場感を伴って体感するはめになっている。高さと速度からくる恐怖心で軽いパニックに陥りながらもクウは現状把握に努める。見れば自分を中空に引っぱり上げたのは大きなロボットアームのようだ。その大きな手に捕まれたまま身動きがとれずにいる。しかし強引に摘み上げられた割に、体には痛みや苦しさがない。そのことから、これはかなり高度で繊細な力の制御が可能なロボットアームであることが判ぜられた。よく見るとトレーラー自体も速度の割に安定して走行しているように感じる。どうやらこの状態のままでも余程の事故を起こさない限り、安全にドライブを続けられるのかもしれない。けれど、いくら安全でもリアル絶叫アトラクションなどいつまでも続けてはいられない。すでに追手からも大分距離を空けている。早急に現状を改善しなくてはならない。
「あのー、いい加減降ろしてください。聞こえてますか?降ろしてください。」
 アームを叩きながら大声でトレーラーに呼びかけるが返事はない。これだけ大きなトレーラーでは外から呼びかけても中の人間には聞こえないのだろう。
「どうしよう・・。まさか忘れられてるわけじゃないだろうけど、このままじゃ、こっちの身がもたない。」
 途方に暮れるクウ、一方のトレーラーはそんなクウをほったらかしでぐいぐい進んでいく。
「あれ?」
 若干落ち着きを取り戻したクウは周りの小さな異変に気がついた。この時間帯交通量は少ないが一般車が普通に通行している。だが、トレーラーが近づくとそれらの一般車両は路肩に寄ってトレーラーに道を空けてくれるのだ。中にはトレーラーが近づく前に道を曲がったり、パーキングエリアに入ったりしているものもある。まるで緊急車両扱いである。
 法定速度そっちのけで快調にとばすトレーラー。駅からもどんどん離れていく。クウは先程から友人や警察に連絡しようとネットへのアクセスを試みているのだが、なぜかアクセスすることができない。
「まいったな・・、もしかしてとんでもないことに巻き込まれてるのか・・?」
 八方ふさがりの状況に嘆息するクウ。そこへ前方視界にまたしても危機感を伴う物体が出現する。
「ん・・、あれってもしかして・・。」
 前方上空に現れたのはさっきの輸送機と同じものだ。それが2機まっすぐこちらへ飛んでくる。
「警告します。ナンバーR7802のトレーラー。ただちに停車しなさい。」
 輸送機から警告が発せられる。しかし、トレーラーが速度を落とす気配はない。
「警告します。R7802のトレーラー。停車しなさい。従わなければ実力行使に移行します。」
 警告を繰り返す輸送機、その機体側面の小型ハッチが開き、中からいかにも物騒なものが顔を出す。それはこちらを照準し、鋭い光を発した。直後、トレーラー前方の路面から2,3mの噴煙が連続して噴き上がった。
「止まりなさい。次は命中させます。」
 そこで変化が起きた。トレーラーは速度を落とし始めた。そのまま停車するのかと思われたが、急左折、車体をやや横滑りさせながら大型店舗の駐車場へと雪崩れ込んだ。そして、駐車場の中央で緊急停車する。目まぐるしく変化する状況に文字通り振り回されるクウ。
「うぅ・・、いい加減降ろしてくれ・・。」
 ややぐったりしたクウが呻く。
 ガコッ
 突然コンテナ天面が開き、暗い内部で二つの目のような光が灯る。その目に魅入られたような錯覚を覚えるクウ。
 クワッ
 その時、闇の中で大きな口らしきものが開き、彼をつかんでいたアームが動いてクウは闇の中の何者かにのみ込まれた。


    6

「くっ・・」
 いきなり放り込まれた闇の中でクウはゆっくり体を起こし、周囲を注意深く観察する。開いていた入口は即座に閉じられ、さっきまでの喧騒が嘘のように静寂があたりを包んでいる。恐る恐る手を伸ばしてみると、すぐに障害物に手が触れた。どうやらかなり狭い空間に閉じ込められてしまったようだ。手の感触を頼りにさらに観察を進めると、足元はクッションのような感触で座席になっているらしい。その左右には把手のようなものが添え付けられていて、座席の足先にはペダルらしきものがある。更に手を伸ばすと、周りの壁は表面がかなり滑らかで凹凸がほとんど無かった。恐らく球に近い密閉空間であると推察された。
「ダメだ。開きそうにない。」
 試しに閉まったばかりの入口を押してみたがびくともしない。外からの音も入ってこず、いくら耳を澄ませても自身がたてる物音以外何も聞こえない。振動も伝わってこない隔絶された状態である。それに空気の流れも感じられない。酸素がいつまでもつかという不安が浮かんだとき、頭上から微かな光が差した。見上げると座席の正面にあたる、先程閉じられた壁面部分がうっすらと光を放っている。その光に追従ように座席の周りにもいくつかの小さな光点が灯り始めた。
「ゴキゲンヨウです」
 聞き覚えのある声が耳に入ってくる。アリスの声だ。
「アリスなのか?」
「ハイ こちらはアリスです」
 クウの問いかけに無邪気に答えるアリス。
「閉じ込められたみたいなんだ。どうなってるか分かるなら教えてくれ。」
 クウにはこの状況を作り出した原因がどうやらアリスに関係しているらしいように察せられ、彼女なら事態の説明ができるのではと期待した。
「ゲンジョウのセツメイですね イマわたしたちがのるトレーラー「ジアーマー」はテキさんにとりかこまれてます」
 敵とはさっきの輸送機やMSのことだろうか。
「それでゲンジョウをダハするためにクウさんにおねがいがあります」
「お願い?」
「このコ「RX」をうごかしてクダサイ」

「動きがないな。さすがに観念したか。」
 コントロールルームで追跡目標の動きをモニターしていたニムが呟く。
「そうだな。9機のZA06に加え2機のZA06Jに取り囲まれては逃げようがない。これで目標を確保できる。」
 ジンも安堵した様子でディスプレイを見ている。映されている現場ではZA06とその派生型である大型機のZA06Jの輸送車が、トレーラーを取り囲んでその乗員に投降を促している。
「目標を押さえた後、あのトレーラーはどうする?ずいぶんでかいコンテナだが中身は何だ?」
「調べによると3日前に大型重機運搬目的で運び込まれた車体を偽装したもので、偽装前に行われた検査では違法性は認められなかったと報告を受けている。かなりのサイズだからな。レッドに処理させるらしい。今、出撃させたそうだ。」
「レッド?あんな物騒なものを市街地で使うのか?」
 ジンが意外そうな表情で顔を上げる。
「事故に見せかけて処分するのだろう。」
「やれやれ。ずいぶん大雑把な対応だな。」
 ジンはあきれた様子で再び画面に目を戻した。現場ではZA06が最終勧告を行っている。
「出てこないな。数発威嚇させるか?」
「そうだな。タイヤの一つも壊せばあきらめて出てくるだろう。」
 指示を受けてZA06が射撃体勢に入った時、トレーラーに動きが見られた。コンテナ部分の上面がゆっくり開き始めた。


   7

「操縦方法は大体分かったけど、上手くやる自信はないよ・・。」
「ダイジョウブです いつものようにやればカナラズうまくいきます」
 不安の色を隠せないクウに対して、アリスが自信たっぷりに応じる。
「それではハッチをあけます ちゃちゃっとテキさんをやっつけてください」
 ガコッ・・ゥイーー
 アリスが言い終わると同時に天井が開き始め、明るい光が降り注いできた。
「やるしかないのか?・・」
 モニター越しの外光に照らされ、目を細めながらクウは機体を起き上がらせようと操縦を始める。ゆっくり開いていく上面ハッチと共に機体の上半身もゆっくりと起き上がっていく。それにともないモニターに映る視界も高度を増していく。そして、いよいよ機体の頭部が外へ出る寸前に目の前に見覚えのあるシルエットが影を落した。

「なんだ?」
 突然開き始めたコンテナを訝しむニム。
「ちょうどいい。2番機コンテナに上って中を調べろ。」
 ジンの指示でZA06の2番機がコンテナ上部に飛び乗り中を覗き込んだ。2番機からコンテナの薄暗い内部の映像が送られてくる。映像が暗視モードに切り替わる直前、コンテナ内部で何か目のようなものが輝いた。そこで、
 ガッ!!
 スピーカーからの鋭い衝撃音がコントロールルーム内に鳴り響いた。それと同時に画面に激しくノイズが走り、映像が目まぐるしく変転する。一瞬の出来事に理解が追いつかないジン。別視点から現場を観察していたニムの目には、破片を撒き散らして空中に吹き飛ばされた2番機の姿が映る。2番機はそのまま地面に落下、火花を散らして数m転がった後、機能を停止した。
 異様な事態に部隊は暫し沈黙するも、直ぐに我に返り包囲を固める。トレーラーのほうはと言えば、コンテナハッチが何事もなかったかのように開ききったところであった。その開いたコンテナから巨体が姿を現した。
「なんだあれは?」
 現れたのは大型のMSと思われる白い人型である。
「報告にあった重機か?MSだったとは。大きい、全高は7mほど、ZA06の倍はあるな。」


   8

「やってしまった・・。」
 モニターに映る破壊され動かなくなったZA06の残骸を見ながら呟くクウ。無我夢中で行なった自らの行為に戦慄のようなものを覚えていた。無人機とはいえ相手を殴り飛ばし破壊してしまった。実際に殴ったのは今クウが乗り込んで操縦している大型MSだが、まるで自身の手で殴ったような感覚が残っている。
 ブンッ、ブブンッ・・
 急な電子音とともに複数のマーカーがオレンジ色に点灯した。クウは我に返りそれらのマーカーを注視する。どうやら複数の敵MSがこちらを照準しているようだ。
「ウってきます ヨけてください」
「よけろと言ったって・・」
 アリスの警告に慌てるクウ。直後、敵の一機が発砲した。
「うわ!?」
 敵の発砲に反応してクウは反射的に機体をジャンプさせた。

「飛んだ?」
 発砲と同時に30mの高さに舞い上がった白い巨体を見てジンは思わず口走った。ZA06が放った弾丸は標的を見失い空しくトレーラーの上を通り過ぎる。白いMSは空中でややぎこちなく手足を動かしながら自由落下しトレーラーの目の前に着地する。着地の反動で若干よろめいて膝を落としかけた後、大地をしっかりと踏みしめゆっくりと体を起こし立ち上がった。
 白い巨体の存在感に畏縮したかのような反応を見せる周囲のZA06たち。その眼前で白いMSは悠然と足を振り上げ第一歩を踏み出した。
 ガシュ、ガシュ
 巨体に見合わない軽い音を響かせて歩き始める白いMS。だが最初に見せた悠然さは消え、その歩く姿は頼りなくおぼつかない感じた。
「なんだ?よく見るとズングリした子供っぽい体型のMSだな。それにあの歩き方はまるで歩き始めたばかりの子供のようじゃないか。話にならん。1番機、3番機さっさとそいつを拘束しろ。」
 命令に従い2機のZA06が左右からワイヤーアンカーを発射する。放たれた鋼糸ワイヤーが白いMSの左右の腕に巻きつき、両側から強い力で引かれた白いMSは一瞬動きが止まる。が、直ぐに動き始め、逆に左右のZA06の方がワイヤーで引きずられ始めた。腕に巻きついたワイヤーも気にせず2体のZA06を引きずりながら歩き続ける白いMS。その歩行姿勢は一歩毎に安定的なものになっていく。その動きを見てニムが呟く。
「動きがスムーズになっていく、動作学習が急速に進んでいるのか?それに見かけによらずかなり力がある。」
「何をやってる。残りのZA06は奴に攻撃を加えろ。今ならかわせないはずだ。」
 ジンがややイラついた様子で部隊に指示する。指示を受け5番機と6番機が手にした大型マシンガンを構える。マシンガンの銃口が白いMSに向けられた瞬間、白いMSが右足を大きく踏み込みその両腕が素早く振られた。風を切って高速に降られる腕に、巻きついていたワイヤーが急速に引かれ、それを引いていた1番機と3番機の体が糸で引かれたけん玉の球のように宙を飛んだ。
 ガギッ!!×2
 飛ばされた2機はマシンガンを構えていた2機にそれぞれがほぼ同時に激突し、4機のZA06は火花と破片を撒き散らして吹き飛び2番機と同じ末路をたどることになった。
「なんてパワーだ!」
 瞬く間に4機のMSが破壊され驚愕するジン。白いMSといえば右腕に巻きついていたワイヤーを器用に解き、左腕のワイヤーも解いて右手で掴みなおした。
「何をする気だ?」
 白いMSの次の行動にジンは思わず身構える。そこで相手は意外な行動をとった。掴んだワイヤーをまるで新体操のリボンのようにクルクルと頭上で回し始め、その回転速度が徐々に上がっていく。
「何のつもりだ?」
 ジンは奇妙な行動にあっけにとられたが、すぐにその意図に気づくことになる。白いMSが頭上で回すワイヤーの先端にはZA06から外れた腕が残っていて、その先端にあたる肩はスパイクが付いた球状装甲になっている。
「まさか・・」
 そのまさかである。短時間でヘリのローターのような回転を始めたスパイク装甲付きワイヤー、その回転が十分な速度に達したと判断した白いMSは右腕を勢いよく振り下ろした。振り下ろされた手に捕まれたワイヤーは鞭のようにうねりその先端のスパイク装甲が4番機の頭部に直撃、4番機の頭部はビリヤードの球のように弾け体を残してあらぬ方向へ飛んでいった。白いMSは弾けた勢いがまだ残っているスパイク装甲のワイヤーを素早く引き回す。それにともない白いMSを中心に大きく円軌道を描いたスパイク装甲が次の標的に即座にヒット、今度は9番機の頭が弾け飛んだ。
「野蛮人め!」
 原始的とも言える攻撃で2機のMSを瞬時に破壊され、毒づくジン。画面では白いMSが再び頭上でワイヤーを回転させている。そこへ残った7、8番機がやぶれかぶれとばかりに突貫するが、結果は予想通り7、8番機の頭部が空しく宙を舞うことになる。
「仕方ない。J型も参戦させるぞ。」
「いいのか。こんな街中でJ型に戦闘をさせても。」
 J型はZA06シリーズの一つで全高10mほどの大型機だ。使用できる武装も強力で本格的な戦闘に特化している。今回の作戦では車両捕獲に使用するため2機のJ型が後方に控える形で参加していた。
「他に方法がない。レッドもこちらに向かっている。どちらにしろ穏便に事態を収集することは不可能だ。」

「すごい・・。」
 クウは自分が操縦し動かしたMSの性能に素直に感心していた。簡単なレクチャーを受けただけの自分がまるで自身の手足のように自在に動かすことができる。それにコンピューターが的確にこちらの意図を汲んでくれるためイメージした通りの行動を苦も無く行えた。
「どうですか このコつよいでしょう」
「うん、ホントにすごい。強いしスイスイ動かせるよ。」
 アリスの呼びかけに素直に答えるクウ。
「そうでしょう さあこのチョウシでのこりもやっつけてください」
「ああ。でも、ここまでやってしまっていいのかな・・。」
「いいんです アイテはヒゴウホウなシュダンでこちらをねらうワルイひとたちです セイトウボウエイです」
 不安気なクウにはっきり答えるアリス。
「残りは輸送機と大型車両が2台か。このまま倒すことはできそうだけど少し気が引けるな・・。もう勝負はついたし降参してくれないかな・・。」
 無人機でも一方的に破壊するのは気が咎める。
「そうでもないです いまキドウしている2キのMSはいままでのものとはチガいます」
 新たな警告マーカーが後方に待機している大型車両に表示されている。見ればカバーがかけられた車両荷台部分がせり上がっていく。荷台は8mほどの高さまで上がると停止、カバーが外れ中から現れたのは2機の大型MSだった。
 ほぼ同時に2機の大型MSの目に光が灯り、足を踏み出して荷台から降りてくる。背丈は10mはあり、その一挙手一投足にはいままでのMSにはない重量感がある。携帯する武器も大型で破壊力がありそうだ。これも西洋甲冑を想わせるシルエットであったが、見覚えのある姿形をしている。
「あの2機、見覚えがあるんだけど、あれって・・」
「あれはZA06J シュリョクセントウMSとしてセカイジュウのグンタイでシヨウされているキタイです ホウドウばんぐみでもトキドキでてきますね」
「やっぱり・・、どうしよう、さすがにあれは無理だ。逃げないと。」
「ダイジョウブ ZA06Jはつよいですがセイノウはこちらがはるかにうえです かてます」
「ホントに?でも、あれの攻撃を受けたら危険なんじゃ・・」
「そうですね こちらもソウビをととのえましょう いますぐトレーラーからセンヨウソウビをうけとってください」
 そこで画面に専用装備の位置が示された。
「これって・・」
 示されたのはトレーラーの左右両側に取り付けられているパン屋のロゴが描かれたパネルであった。
「装備ってこのパネルのこと?」
「そうです このパネルはそのコのセンヨウシールド タテとしてシヨウできます」
「これが盾?これで攻撃が防げるの?」
「はい バッチリふせげます」


「「キースベーカリー」?ふざけてるのか?あれが盾のつもりか?どう見てもただのパン屋の看板じゃないか。」
 白いMSがトレーラー左側面のパン屋の屋号が大きく描かれた大型パネルを取り外し、左腕で盾を手にしたように構えたのを見てジンが思わずもらす。
「構わん。MS06Jは直ちに攻撃を開始、あの看板ごと目標を粉砕しろ。」
 命令に従い大型ライフルを構える2機のMS06J。そのライフルスコープが目標をとらえると同時に銃口から閃光が起こり、砲弾とも言えるサイズの弾丸が連続発射され目標に打ち込まれていく。射撃は短時間ではあるが集中的に行われ、ほぼ全弾が命中し目標は硝煙と着弾で巻き起こった砂煙に包まれてしまう。
「終わったな。」
 主力戦車をスクラップに変えてしまうだけの弾丸を打ち込んだ時点で射撃は終了し、2機のMSは銃口を上げた。
「目標は沈黙。MS06Jは引き続きトレーラーの捕獲作業に入れ・・ん?」
 言いかけてジンは目を疑う。煙が薄れ穴だらけのスクラップが現れるはずであった場所に立っていたのは看板盾を構えた無傷の白いMSである。看板盾は被弾の形跡はあるものの「キースベーカリー」の表記は鮮やかに映っている。
「どうなっている?全弾命中のはずだ。」

「すごい。あれだけ攻撃されて何ともないなんて・・。」
「とうぜんのケッカです あのていどのカリョクではこちらにダメージをあたえることはできません あんしんしましたか?」
「うん・・、これなら何とかなるかもしれない。でも、今の攻撃は避けることもできたんじゃないかな?」
「ええ もちろんヨけられました でもあのクラスのカキのながれダマによるシュウヘンへのヒガイはシンコクなものになりますから できるだけタテでうけとめてください」
「そうか。そこまで考えてなかった。じゃあ上手く受け止めないといけないな。」
 さっきまで怯えていたクウの表情に真剣さが増す。それを見てアリスは微笑んだ。
「ん?何?」
「いえ なんでもないです」
「そう、それじゃ防御に集中するよ。」
「まってください うけにまわってばかりではラチがあきません さっさとやっつけてしまいましょう こうげきはサイダイのぼうぎょです」
「やっつけるにしても、どう攻撃しよう、何か武器はないの?」
「ないです」
 即答するアリス。
「無い・・ナイフの一本も?」
「はい そもそもこのコはヘイキではないですからブキはいっさいソウビされていません」
「そんな・・じゃあどうすれば・・」
「ブキはありませんがこんなものがあります」
 画面に提示されたのは背中に左右1本ずつ装備されている円柱型の物体である。
「これは?」
「それはだいようりょうコンデンサで ほじょデンゲンとしてシヨウされるものですが とりはずしがカノウでテにもたせてつかうことができます」
 アリスの説明に従って画面に使用手順が表示される。
「これをアイテのキュウショにつきたてホウデンすれば しゅんかんてきにキョウリョクなでんきショックをあたえ アイテのキノウをていしすることができます」
「分かった。やってみる。」
 クウの表情が変わり、グリップ操作を始める。機体背部の右コンデンサが起き上ると、それを右アームでつかんで刀を抜刀するように抜いた。左アームの看板盾を正面に構えゆっくり歩き出すも、即座に速力を増加させ素早い足運びで一気にMS06Jとの間合いをつめる。その動きに虚を突かれたZA06Jは発砲が遅れる。
 速い!
 ニムが内心驚嘆する間に白いMSはZA06Jの懐に潜りこみ、胸部にコンデンサを突き立てた。
 ブンッ!!
 一瞬閃光が起きZA06Jの全身が細かに震えた後、スリットカメラが短く点滅しその光が消えると同時に膝をつき動かなくなる。僚機が破壊され、それまで同士討ちを避けるために発砲を控えていたもう一機のZA06Jが発砲を再開する。白いMSはそれを停止したZA06Jの残骸を盾にすることでやり過ごす。盾にされた残骸に銃弾が命中し火花が飛ぶ中、銃弾によるダメージで残骸から冷却材が噴出、視界を曇らせた。
 なおも執拗に射撃を続けるZA06J。命中弾による破壊音が連続的に響いたが、冷却材の霧が晴れるころ、その場に残っていたのはボロボロになった僚機の残骸だけであった。目標を見失ったZA06Jが慌ててスリットカメラで周囲を索敵したときにはすでに手遅れであった。いつの間にか背後に回っていた白いMSがZA06Jの腰背面にコンデンサを勢いよく突き立てた。
 ブンッ!!
 またも閃光が走りZA06Jは体を小さくのけ反らせた後、うつ伏せに倒れこんだ。ゆっくり姿勢を起こす白いMS。その姿を見て、もはや勝ち目がないと悟った残りの敵は退却を始める。白いMSは構えを崩さずそれを見送る。
「ふう・・。どうやら諦めてくれたみたいだ。」
 部隊が去ったのを確認して安堵するクウ。
「やりましたね やっぱりクウさんはできるヒトでした わたしのメにくるいなしです」
「うん、自分でも驚いてる。こんなに上手くいくとは思わなかった。でもこれは僕というよりこのMSの操作性が優れているからだよ。」
「いいえ クウさんでなければここまではやれません」
「そうかな、そう言われると照れるけど、喜んでばかりもいられないね。結局たくさんのMSを壊すことになってしまった。」
 周囲に散らばるMSの残骸を見てクウの表情が曇る。
「それはしかたないです あいてはヨウシャないひとたちで クウさんはみにかかるヒノコをはらっただけです それにMSはキカイ わるいのはそれにメイレイしたひとたちです」
「うん・・そうなんだけどね・・。」
「・・・」
 クウの曖昧な返答にアリスもそれ以上の追及はできない。しばしの沈黙の時間が流れたが、次なる警告音がその沈黙を破る。
 
 
    9
 
「戦闘記録はこちらでもモニターしていました。解析結果からあの白いMSは目標の付随物と見て間違いない。目標は白いMSと行動をともにしているはずです。引き続き作戦を継続しトレーラーと白いMSを押さえなさい。MSのほうは多少壊しても構いません。」
「了解しました。」
 部下からの返信を受け、女性は一旦画面から目を離し外の風景に視線を移した。眼下に広がる雲海の隙間からは時折雷による閃光がほとばしっている。その光を眺めながら改めて解析結果を確認する。
「白いMSのこの違和感のある挙動、これはNタイプ特有のものだ。あのMSが器であることは疑いない。だが数値が低い、ALICEであればこんなものではないはずだ。おそらく急場をしのぐために不完全な状態で運用しているのだろう。器まで用意されていたことは想定外でしたが、このレベルであればレッドで十分対処できる。」
 そう結論づけて女性は意識を再び雲海に移した。雷光は勢いを増しつつあるようだった。

 音と共にディスプレイにレーダー表示が現れ、こちらに向けて何かが接近してきていることを示しているようである。
「これは?」
「こちらにむかってくるヒコウブッタイがあります カイセキのケッカ おおがたユソウキであることがわかりました すぐにこのばをはなれます いそいでキタイをコンテナにのせてください」
 心なしかアリスの声に緊張感のようなものを感じたクウは素直に指示に従うことにする。機体をコンテナに近づけると、そこから先はオートで乗り込み作業が始まり機体はコンテナから上半身を出したまま座り込む姿勢で固定され、トレーラーはそのまま急ぐように発進した。
「随分急ぐんだね。そんなに危険なの?」
「はい むかってくるユソウキはそれほどではないのですが にもつにモンダイがあることがわかりました」
「荷物に?」
「はい つまれているニモツは3キのZA06Jでうち一キが「レッド」というモンダイのあるキタイです」
 トレーラーは速度を上げながら突き進む。輸送機も進路を変えてこちらに向かってくるようだ。
「レッド?それはどういう機体なの?」
「レッドはセントウにトッカしたとくしゅジンコウチノウで それがとうさいされたMSはかなりのセントウリョクをはっきします そのためまわりへのヒガイもおおきくなるので もっとひらけたバショにいどうしなくてはなりません」
「それで何処へ向かってるの?」
「「ミナト」のシュウセキジョウです そこでむかいうちます」
 目的地の詳細な立体地図情報が表示される。「港」とはこの場合水に浮かぶ船が寄港する港のことではなく、物資や人員を輸送するために建設された、各コロニー間を結ぶ広軌鉄道、リニア、高速路が集う巨大ターミナルの総称であった。表示されている集積場は広大であるが、物資が積載されたコンテナ群や倉庫が多数見受けられる。
「ここで大丈夫?いっそコロニーの外に出た方がよくない?」
「そとにでるにはゲートをとおらなければなりません ゲートにはまだかなりはなれていますし ツウカにもジカンがかかりすぎてまにあわないです」
「そっか。それじゃ仕方ないね。なるべく被害は出したくないけど・・。」
「そもそもコロニーないでセントウをすることがおおまちがいです あいてがヒドウなんです」
「そうなんだけどね・・。」
「とうちゃくしました」
 港に到着し、そのまま集積場へ直行するトレーラー。相変わらず車両等は道をあけてくれるので港内でもフリーパス状態でスイスイ進むことができた。集積場の中でも割とものが少ないひらけた場所で停車するトレーラー。クウは周囲の地形を改めて確認し、機体をコンテナから降ろした。
「むこうもちょうどキたところです」
 周りの空気をかき乱しながらこちらに近づいてくる大型輸送機。
「大きい・・。」
 ホバリングによる低空飛行で迫りつつあるその機影は予想より大きく感じられる。一定の距離を保って空中停止すると例によって後部ハッチが開き始めた。ここで問答無用で撃墜してしまえればよいのだが、こちらに重火器は無いし、何より周りが危険だ。突然の侵入者に警報が鳴り、周囲の作業員たちは避難し始めてはいるがまだ時間がかかりそうだ。トレーラーも後方に退避中で、ここは相手が出てくるのを待つしかない。
 ハッチが開くと同時に1機目のZA06Jが降下、姿勢制御用スラスターを噴射させた後きれいに着地する。続いて2機目もそれに続く。降下した2機がこちらにライフルを向けて体勢をととのえた矢先、3機目が姿を現す。異質な着地音を響かせて降り立ったその機体は他の2機にはない凄味が感じられる。
「やっぱりレッドです」
「分かるの?」
「はい ガイケンやソウビ なによりもウゴキがちがいます」
 確かに3機目は今までのZA06Jとは異なっている。まず目を引くのがそのカラーリングでレッドと呼ばれるだけあって全身が印象的な赤で染められている。頭部には羽飾りのようなものがついていて、装甲形状も若干変更されていて大きな推進器がついている。武器もより長く大型で威力がありそうだ。こちらはすでに看板盾を装備した状態だが、あれの攻撃に耐えられるのか不安になってくる。
「ナンバーR7802のトレーラーに告ぐ、おとなしくこちらの指示に従い投降しなさい。従わない場合こちらは実力を行使する。これは最終勧告です。」
 輸送機からいまさらの降伏勧告。クウは正対し盾を身構えることで返答とする。
「そちらの意思は確認しました。それではショータイムとしましょう。」
 音声が途絶えると同時に両翼の2機のZA06Jが左右に散り、両サイドから同時にこちらへ向かってきた。クウは挟まれる前にまず右の敵機に向け看板盾の裏に備えられていた消火剤入りの小型タンクを投げつけ、相手がタンクにひるんだ隙に、左の敵機に狙いを定め突進する。正面に捉えた敵が発砲、それを左腕の盾で受け止めながら更に間合いを詰める。火花を散らして弾丸を弾く看板盾、「キースベーカリー」の大きなロゴが描かれたその板が相手の視界いっぱいに広がるほど接近すると、RXは背部コンデンサを抜刀しようと空いている右腕を素早く動かした。そこへ想定より早く体勢を立て直した右側面の敵から射撃が加えられ、抜刀を中断しすかさず飛びのく。
「?、いけると思ったんだけど・・」
 クウは呟き、着地するやいなや追撃をかわすため機体を走らせる。それを2方向からの射線が追従する。今度は敵の一機を射線上に乗せることで盾替わりにしようと動いてみるが、敵はこちらの意図を見抜き、見事な連携でその試みを封じる。
「?、何か前の敵と様子が違う。動き方や連携がよくなってる・・?」
 予想外に手強くなっている敵に驚くクウ。
「それがレッドのチカラです レッドはタンキでもたかいセントウリョクをはっきしますが リョウキをそのシキカにおいたとき つうじょうのシキカンキの3バイをこえるたかいエンザンリョクでこうどなレンケイプレーをえんずることができます」
 クウは一旦積み上げられたコンテナ群の陰に隠れて次にどう動くか思案する。それを見てレッドも動き出す。その動きをセンサーで確認したクウはまずレッドを叩いてしまうことに決め、機体をコンテナ群の陰に沿ってレッドの方へ移動させる。レッドに近づくとコンテナの山を素早く上りジャンプ、不意を突く形でレッドの頭上から飛び蹴りを放つ。それを瞬時に見極めその場から素速く飛び退くレッド、下がりながらライフルを構えRXめがけて発砲、着地点を狙われたRXは盾で防御するが体勢を崩されてしまう。そこを捉えてレッドが突進しお返しとばかりに飛び蹴りを放ち、勢いのついたその蹴りは盾のガードごとRXの体を突き飛ばしてしまう。
 突き飛ばされながらも体をひねり上手く受け身をとるRX、そこへ追撃の銃弾が撃ち込まれてくる。クウは反射的に消火剤タンクを投げ、それをレッドが撃ち落とすと中の消火剤が周囲に拡散しそれが煙幕になり、その間にRXは再びコンテナ群に身を隠した。
「ダイジョウブですか?」
「・・うん、かなり厳しいかも・・。」
 心境を素直に吐露するクウ。
「レッドか。あれ一機でも相当に手強い。もし3機に囲まれて同時に攻撃されたら勝ち目はないよ。」
「はい うまく一キずつたおせればよいのですが・・」
「うん、だけど敵もそれは分かってるみたい、簡単にはやらせてくれないや。いつまでも隠れているわけにもいかないし、次は緑の方を狙ってみる。」
 そう言い終わるとクウは機体をひるがえしセンサーで捉えている相手の位置へ移動を開始した。

「やっぱりいまのままではダメでしょうか」
 旗色の悪さに不安そうに呟くアリス。
「そうだな。今のままでは無理かもしれない。仕方ない、行ってあげなさいアリス。」
「ハイ わかりました トーサマ」

「まずいな・・。」
 ここまで何とか上手く立ち回ってしのいできたクウであったが、敵の包囲は徐々に狭まり、とうとう3機に囲まれてしまった。3機がライフルを構え一斉に撃ってくる。RXはそれを何とか盾で防ぐが何時までもつか分からない。敵は射撃を続けながらもゆっくりこちらに近づいてくる。そこへ
 ガシャーーン!!
 大きな金属音が響いてZA06Jの一機がよろめいた。見れば何処からか飛んできたらしい大型スポーツバイクがZA06Jの頭に直撃したようだった。不意の事態に敵はバイクが飛んできた方を見る。
「一体何が起きて・・?ってあれは・・」
 クウもそちらへ目を向けると、ジアーマーがこちらに向かって突進してくる。トレーラーはその中央上面に装備されている1対のクレーンアームを展開していて、右アームの先端には大型バイクが捕獲されている。右クレーンを大きくスイングするトレーラー、その動きに合わせて加速する大型バイク、クレーンが振り切られると同時にバイクは切り離され、まるで投石器から打ち出されたように弧を描いて攻撃目標に向かって飛んでくる。その狙いはかなり正確で敵は慌ててそれを避ける。クウは敵に生じた隙を見逃さずその包囲から辛くも脱出する。そこでディスプレイに新たな表示が現れた。
 トレーラーは旋回しコンテナ群を盾にしながら走行を続ける。予め後部コンテナに積み込んだらしい次の弾、大型バイクをクレーンアームに再び装填、空に向かって投げ上げる。空高く上昇したバイクは次第に速度をゆるめ一旦空中で静止すると、今度は自由落下を始め目標へと降り注ぐ。相手の位置を計算した上での投石はちょっとした砲爆撃である。
「おのれ、またしても野蛮なマネを!構わん、先にあの図体のデカいトレーラーを黙らせろ!」

「ここか・・」
 クウはトレーラーが敵を引き付けている隙に新たに示されたポイント、コンテナ集配用大型クレーン塔へ急行していた。
「こっちです」
声がする方を見上げるとクレーンの先端部分にアリスの姿があった。
「どうしたのアリス。そんなところにいたら危険だよ。」
「これからRXのSモードをキドウさせます ワタシをうけとめてください」
「Sモード?それって・・?それに受け止めるって・・」
「! テキにみつかりました じかんがありません いそいで」
 振り返ると緑の敵機がこちらに向かってくる。敵のライフルの銃口が上がり弾丸がRXに向けて発射される、とほぼ同時に真横からトレラーが現れ、そのクレーンアームで敵につかみかかった。不意を突かれてよろめいた敵ライフルの狙いが逸れ銃弾がアリスの方に流れる。流れ弾がアリスが足場にしていたクレーンの鉄骨に当たり火花を散らしてクレーンが傾いた。
「・・いくよ RX」
 声と同時にアリスは傾き折れ始めたクレーンからRXに向かって跳躍する。アリスの声に反応して空を仰ぐように両腕をアリスに向かって掲げるRX。その両手が突然眩い光を放ち始め、光は帯のように広がり落下するアリスを包み込んだ。光の帯に包まれてRXの目の前にゆっくり降りてくるアリス。RXの胸の高さまで降りてきたアリスは空中に浮いたまま膝を抱えてまるくなる。その体を光の帯が幾層にもわたって包み虹色の輝く繭のようなものを形成した。
「これって・・?」
 目の前で繰り広げられる虹色の光の協演に目を奪われたクウは、同時に先に感じた奇妙な既視感と同じ感覚に捕らわれていた。
 胸の高さに掲げられたRXの両手の間で浮遊する虹色の光の繭、その形成がほぼ終了すると今度はRXの胸部装甲が開きクリスタルのように輝きだした。輝きに照らされる光の繭、次の瞬間、光の繭は強く輝いて虹色の光の粒へと拡散し始める。拡散した光の粒子は虹色の渦となりRXの胸部クリスタルに流れるように吸い込まれていく。するとRXの機体各所からも虹色の粒子の光があふれだし機体全体を覆い始める。その光に同調するようにRXの腕や脚の形状が変形を始め、目も眩むような光の協演が収まったころ機体の圧縮が解かれ一回り大きくなったRXが姿を現した。
「Sモード起動カンリョウ」
 アリスの声がコックピット内に響く。その声は気のせいか以前より距離が近いように感じられる。
「どうなってるの?アリス、君は今どこに?」
 突然の出来事に理解が追いつかないクウ。
「ワタシはここにいます RXと融合したんです」
「融合!?それって一体・・?」
「RXはワタシと融合することでSモードに移行し本来のチカラを発揮することができるようになるんです」
「そんなことって・・君は・・」
 混乱が深まるばかりのクウ。
「それよりも早くトーサマを助けないと」
「え、トーサマって・・」
 みればトレーラーが2本のクレーンアームを駆使して緑のZA06Jと取っ組み合いを続けている。両者一歩も譲らない構えであった。
「忘れてた。急がないと。」
 クウは機体をひるがえしてトレーラーの下へ急行する。
「え?なんか速っ・・」
 予想外のスピードに驚くクウ、見る間にトレーラーとの距離が縮まる。
「離れて下さい!」
 慌ててトレーラーに叫ぶ。トレーラーが咄嗟に敵からアームを離すのとほぼ同時にRXはジャンプ、速度の乗ったその足がZA06Jの顔面に炸裂。
 ガッ ツーーン!!
 火花を散らし歪むZA06Jの顔面。ZA06Jはそのまま顔面をゆがめて機体ごと派手に吹き飛んでコンテナの山に突っ込むのだった。
「あれ・・?」
 予想以上に派手に吹き飛んだ敵の姿を見てまたも驚くクウ。そこへもう一機のZA06Jを引き連れたレッドが襲来する。

「どうなってる?白いヤツじゃないぞ。」
 Sモード形態のRXを見て別個体と錯覚するジン。
「いや、位置座標や識別データからあの白いMSであることは間違いない。何らかの理由で形態を変化させているんだ。」
 識別情報を検証しながらニムが答える。
「色まで違うじゃないか。」
「それは光の照り返しでそう見えるだけだ。もともとが白い機体色だからな。ずいぶんスマートになったものだ。もしかするとズングリした以前の姿はダミーで、こちらが真の姿なのか?」
「見た目は変わったが白いヤツなんだろう?だったら問題ないな。このままレッドに押し切らせてしまえばいい。」

 距離を置いて対峙するRXとレッド。レッドはこちらの様子をうかがうような姿勢だ。RXの変化に戸惑いのようなものを感じているのかもしれない。そこでレッドたちの後の崩れたコンテナの山の中からさっき吹き飛ばしたZA06Jが瓦礫をかき分けて這い出してきた。すでに頭部がなくなっている。
「あの敵まだ動けたんだ。」
「蹴りのイリョクが強すぎましたね 頭部へショウゲキが集中した分 ボディーへのダメージが軽減したようです コンテナもうまくクッションになったようです」
「頭がなくても大丈夫なんだ。」
「J型の場合予備のカメラや制御系を持っていますから 切り替えれば動くことはできます 3機が編隊をくみなおしました しかけてきまよ」
 そうアリスが警告するやいなや、レッドのスリッドアイの光が一瞬強まり、それを合図に三機が三方に分かれて一斉に向かってきた。三方から同時に射撃を加える敵機に対して、クウは盾で防御しながら一直線にレッドへと駆け出す。攻撃をものともせずレッドに迫るRXであったが、レッドに接近するにつれ左右の敵に対して盾に隙が生じる。そこを見逃さず左右から狙い撃つ2機のZA06J。RXはそこで大きく跳躍し左右からの攻撃をかわして一気にレッドへ跳びかかる。レッドは舞い上がったRX目がけて収束型グレネードを放つ、グレネードはRXの盾に命中し爆発、そのまま相手を吹き飛ばしたかに見えた。だが吹き飛んだのは盾のみだった。あらかじめ空中で盾を手放していたRXが煙をつっきって、レッドに先程のお返しとばかりに飛び蹴りを食らわす。レッドは咄嗟に左シールドでそれを受け止めるがシールドごと吹き飛ばされた。
 RXは着地と同時に今度は頭部のある緑の敵機に向かって勢いよく駆け出す。そのスピードは今までの比ではなく、相手が狙いを定める前にその懐に入ってしまう。RXは背部コンデンサを即座に抜刀し、うろたえた様な挙動をみせる敵の右腹部に突き立てた。
 バシッ
 鋭い閃光がほとばしり敵はその場で動きを止めた。
 体を起こして振り返るRX、その視線の先にいるレッドも立ち上がったところだったが、その左肩にはすでにシールドが無く、左腕も壊れ力なく垂れていた。
「あれではもう大型ライフルを上手く扱うことはできませんね」
 レッドの現状を冷静に分析するアリス。そこへ頭部のないZA06Jがレッドの下へ近づいていく。そしてレッドの横に立ったZA06Jが次に示した行動は、右手で自分の左腕を肩から外しレッドに差し出した。レッドの方も自身の左腕を外し投げ捨てると、僚機が差し出した腕を受け取り自分の体に装着した。腕を差し出したZA06Jはそれ以降動かなくなった、もしかしたら限界がきて機能を停止したのかもしれない。
 レッドは緑の左腕を軽く動かし動作確認をすると両手でライフルを構え直した。クウはその光景を黙って見ていたが、相手が構えるとクウもそれに応じて身構えた。正対する両者、先に仕掛けたのはレッドである。レッドは小細工抜きでライフルをRX目がけて発射、RXはそれを素早くかわしながらレッドに走り寄る。それができるのは左腕交換の影響でレッドの命中精度が低下しているのとSモードのRXのスピードが飛躍的に向上しているためだ。
 予測外の速度で迫るRXに対してレッドの動作は追いつかない。駆けるRXの右手形状が変化し輝き始める。レッドに肉迫したRXはそのまま右手を伸ばし、レッドの頭部をわしづかみにするとその手が更に輝きを増した。
 !!??!?
 レッドは強い光で視界を奪われたのと同時にその思考回路がオーバーヒートを起こす。そして回路は限界を超え活動を停止した。
「・・・A・・LI・・C・・」

 決着がついて佇むRX。クウは気を取り直しアリスに声をかけようとするが逡巡する。
「!? いけない! クウさんレッドたちから離れて下さい!」
 アリスの声に慌ててレッドから飛び退くクウ、そこへレッドたち機能停止したMSにミサイルが撃ち込まれ爆発、レッドたちの機体は完全に破壊されてしまった。


   10

「なるほど、何らかの形でリミッターを設けていたわけか。リミッター解除後に跳ね上がった数値とM粒子濃度、確かにALICEね。」
 たった今終わったばかりの戦闘データを検証しながら女性は呟いた。
「しかしまだレベルが低い、オリジナルには遠く及ばない。」

「Sモード解除」
 アリスの声と共に機体形状が元に戻る。レッドを撃退し、ひとまず目前の脅威は去った。
「ふう。何とか上手くできたみたいだ。」
 操縦席で緊張の糸が解れ脱力するクウ。
「ご苦労さま。だがひと息つくにはまだ早いぞ。直ぐに次の追手が来る。RXをジアーマーに収容して出発するから機体をコンテナに近づけてくれ。」
 後部コンテナにRXを収容し出発するトレーラー。クウはコックピットから出て暗いコンテナの出入り口へ向かう。その後ろで眩い光が発生した。
「おいて行かないで下さい」
 眩い光に思わず振り返ったクウにアリスが声をかけた。
「ああ、そうだね。一緒に行こう。アリス。って、あれ!?君は?」
 クウは目の前のアリスの姿を見て一瞬自分の目を疑った。目の前に現れたのは小さな女の子ではなく、自分と同世代の少女であったからだ。
「君、ホントにアリスかい?」
「何を言っているのですか?私は私です」
 あっけにとられるクウの顔を不思議そうに見つめて少女は答える。
「でも、さっきまで小さかったのに・・。」
「ああ、そういえばクウさんが少し小さく見えます ワタシの背が伸びたからですね」
「背が伸びた?この短期間で?」
 混乱で状況がのみ込めないクウ。
「ええ 先の戦闘でRXと融合した際にDGセルを追加補充しましたから」
「それに話し方もなんだか滑らかになってない?」
「それは今までの行動で経験値が上がって私自身が成長したからでしょう」
 クウは狐につままれたような表情でアリスを見つめる。
「何ですか?あまりジロジロ見ないでください」
「ああ、ごめん。」
「さあ、行きましょう」
 アリスはややそっけない態度でクウの横をすり抜けコンテナ出入り口のドアスイッチに手を触れた。