日露戦争の資金調達の背景
明治維新を経て、日本は日清戦争、日露戦争と戦争の道を突き進めます。今回のお話は日露戦争におけるお金、とりわけ銀行家の影響についてです。
日露戦争は国家レベルで見ると、日英同盟を結んだイギリスに後押しされて、日本がロシアと戦った戦争でした。ただ、イギリスを支配していたのは当然のことながらロスチャイルド一族でしたので、日露戦争もロスチャイルド家のシナリオ通りと言えます。
そもそも、当時の日本にはロシアと戦争ができるほどの資金がありませんでした。
日本政府は役人に一軒一軒国民の家を回って国債を売らせたり、厳しく税金を取り立てたりしながら戦費を集めましたが、日本銀行副総裁の高橋是清が必要戦費として見積もった額は4億5000万円ほどで、1億円の外貨を調達しないと戦えない状況でした。
しかし、外国からの借り入れは上手く行きません。
それもそのはず、当時の投資家たちは日本がロシアに勝てるとは到底思っていないからです。
そんな中、ロスチャイルド一族と仲間の国際銀行家のジャイコブ・シフが日本に対して莫大な戦費を融資しました。結局日本の日露戦争の戦費は18億円にも及ぶと言われています。
さらに、その借りた軍資金で調達した兵器は、ロスチャイルド一族の兵器会社ヴィッカーズなどが製造したイギリスの大型戦艦でした。
日本がロシアに勝てたのは、シフやロスチャイルド家らが戦費を貸し出してくれたおかげだと国際金融家に好意的な記述もありますが、なんてことはない、彼らが行ったことを客観的に見れば、金がなく戦争ができないアジアの小国に金を貸し、その金で自分たちが作った兵器を買わせる。借金漬けにする。それだけでした。
勝っても借金漬けにされる日本
しかも、この戦いは日本に勝たせることもシナリオ通りだったようです。
ロスチャイルド家らはロシアにも資金を貸付た上に武器を売っていました。兵器会社ヴィッカーズはロシア軍へ対しての兵器の納入を意図的に遅らせました。日本を勝たせるためです。開戦も勝利も全てシナリオどおりでした。
有色人種が初めて白人を負かしたこの戦争は世界を驚かせ、有色人種に希望をもたらしました。しかし、戦後の日本の経済状況は勝ったにもかかわらず散々なものでした。
日清戦争で勝利した際には賠償金を得ることができましたが、日露戦争ではロシアから賠償金を得ることはできませんでした。
日本国民に残されたのは、ロスチャイルド一族とジェイコブ・シフから借りた莫大な軍資金と金利の返済だけでした。
重税に苦しめられた日本国民は政府に対して日比谷焼き討ち事件などの暴動を起こします。
彼らが重税に我慢できのは、ロシアに勝てば賠償金が得られると信じていたからでした。
結局、この日露戦争で利益を得たのは、両国に貸し付けて戦争を仕掛けたロスチャイルドとジェイコブ・シフだけということになります。
日本は既に国際金融家が仕掛けた戦争ビジネスにまんまとハマっていました。
日露戦争前、日清戦争で日本が清国から奪った賠償金は3億6,000万円余り。そのうちの2,000万円が皇室の財産になり、天皇はここで戦争ビジネスの味を占めたと言われています。
その賠償金はイギリス・ポンド建てでロスチャイルド一族のロンドン・シティー銀行に保管され、日露戦争の戦費もこの銀行を通じて調達されました。
また政府は功労者に膨大な特別年金を支給し、戦争推進派となる軍人富裕層を作りだしました。
そして、今回の日露戦争では、国家予算の7倍の約20億円を1年半で使い切り、国には逆に莫大な借金が残りました。
財政破綻を避けるためには、次の戦争に打って出なければならなくなりました。負けて大損したのに、元を取り返そうとまた戦う。まるでギャンブル依存症のようです。
国民にとっては命がけの戦争でも、戦争へ導く者、その誘いに乗る者たちに取っては、戦争はカネによるカネための行為でしかないのでした。
参考文献:THINKER署「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」徳間書店(2011)
参考サイト:「日露戦争」『ウィキペディア フリー百科事典日本語版』
( 日露戦争 - Wikipedia )最終更新 2021年10月16日 (土) 07:22日本時間 アクセス日時2021年10月28日 (木) 11:50日本時間