
俳句上達の近道というものは、はたしてあるのであろうか。
先達は、 すべての学問に言えることだが、むろん俳句にも王道
はないと。
しかしながら、 間違った道や回り道を避けるための正統的な道
は存在すると述べています。
それは、常に良い句を鑑賞し続けることとか。
俳句を志している人のなかには、なにかの拍子に、つい先達の
措辞を使ってしまうかもしれないからと、歳時記の例句などを一
切見ないという人もおられます。
それも一つの方法かと思われますが、歳時記を読み、良い句を
見続けていると良い句と悪い句の判別ができるようになるとか。
また、高浜虚子は、次のように。
「歌とか俳句というものは、ただ作っているばかりでは進歩は遅
いのであります。先進の人に見て貰って、この歌や俳句は良い、
この歌や俳句は悪いというふうに、 巧拙を判断して貰わねば進
歩しないという傾きがありまして、したがって選者というものが必
要になってくるのであります」
良き選者になるためには、 多くの良い句に接する必要がありま
すし、そうして培った鑑賞力は作句力に比例することに。
さらに、 句会などで、兼題として出される場合を除き、普段の作
句では、どうしても好きな季語や作りやすい季語に偏りがちにな
ります。
これまでの自らの作品を見てみると、同じ季語で何句も作ってい
るものもあれば、まったく手をつけていない季語も。
訓練のためには、馴染みのない季語に、あえて挑戦することも必
要となります。
たとえば、「蟻地獄」。
「蟻地獄」は、 よく知られているように、ウスバカゲロウの幼虫で、
乾いた砂地にすりばち状の穴を掘って隠れ、 落ちてくる蟻などの
小動物を捕食します。
穴を掘るときや地上に出たときでも後退ばかりするので、「あとず
さり」、「あとさり虫」、また「擂鉢虫」とも。
・隠れたきときもありけりあとずさり
・蟻地獄ふらり惹かれし若さかな