人は憧れて就いた仕事、夢だったことが叶った時、手に入れたいものが手に入った時、達成感を感じますし気分は最高だと思います。
また、その中には、世の中の悲痛な出来事に心を痛め、困っている人達や状況を何とか改善しようと奔走する崇高な人達もいます。
例えば動物愛護の活動をされている人、食べることもままならない人へ物資を届ける活動をされている人、暴力から女性を救おうとする人、それらの活動内容は様々です。
心優しく、正義感に溢れた活動をされていて本当に素晴らしい事だと思います。いつも頭が下がる思いです。
しかし、もしご本人が苦しいと感じた時、どうか自分のできる範囲を超えてまでも人の為に尽くし、命を燃やし尽くしてしまわないで欲しいと思います。
どんなに素晴らしい活動であっても、大前提は自分を大事にすることです。自分を大事にすることが第一にあってこそ周りの方々を幸せにできます。
特に他の痛みのわかる人は責任感がある方が多く、その責任感が仇となって自分自身を苦しめてしまうことがあります。一度始めたことを最後までやり通すことは、とても立派な精神です。
しかし、上手くいっている時はいいですが、問題が次々に発生して手に負えない程になってくると、最終的に手助けしている側が苦しんでしまうことになりかねないのです。これはかえって不幸なことです。
仕事を選ぶ際も、具体的な仕事内容には目がいきますが、その仕事に就くにあたって自分の性格に合っているかや、心の在り方に関しては注視されることはあまりありません。
そこが一番重要です。例えば、たくさんの仕事を引き受けても、うまく周りに割り振れる人と、全てを自分で抱えこんでしまうような人の場合、前者には余裕もありますが、後者はどんどん八方塞がりの状態に陥ります。
そして、そういう上手く仕事を割り振れない人が、必死に多数の保護された動物のお世話や、引き取り先を探したりする中、保護する動物がどんどん増えてしまったりして管理が追い付かない事例も多々あります。
慈悲の心もあり、何とか一人でも一匹でも多く救いたいという気持ちはずっと持ち併せていて、逆に自分では救えない、その葛藤にも苦しむはずです。
そういう方に多くみられるのは、自身の発揮できる能力を熟知しておらず、自分の事より他者を優先させてしまう気持ちがとても強い事です。
よく自分のキャパシティがわかっている人の場合、援助したい気持ちは募金にしたり、署名活動したりしています。
同じ仕事でも、人が違えばやり方も違います。器用な人もいれば不器用な人がいます。向いてる仕事もあれば、向いていない仕事もあります。外見的には自分にあってそうでそうでも実際にやってみると違っていたりと、いろいろ発見できる事もあると思います。
たとえ、長い時間勉強をして資格をとって就いた仕事であっても、あれ?と思うようであれば一旦身を引いてみることは長い目でみると必要です。
普段から真剣に物事に取り組む姿勢がある人が、何かをやり始めてすぐに辞めてしまったとしても、決して単純なる好き嫌いで決めているわけではない事は、ご自身がよくわかる事です。
無責任ではないのです。自分の考えとは裏腹に、自分に本当に合っていることは、もしかすると望んでいたことの正反対の場合もあります。でも、それを受け入れることは、本当の自分に耳を傾け、自分を大事にする事になり、それば自信にも最終的につながります。他者の評価を気にするのではなく、自分が楽しくて好きなことに欲を出していいのだと思います。
そんな人は周りの人をもっと幸せにできるはずです。自分自身の適材適所をいろんな場面で探してみるのは楽しいですよ。(出典)
