今日の5時間目は体育です。
幅跳びの順番をまっていると、保健の先生が、私達目掛けて走ってきました。
 「アリスさん。ちょっと・・」
と、よばれたので、アリスは行きました。
アリスは、「何か、悪いことしたっけ・・・」と心の中で思っていました。
 「お家が・・・・アリスさんのお家が火事だって・・・」
アリスはビックリしました。
 「速く、お家へ!!」
 「はい。わかりました。」
私は、学校を飛び出しました。
保健の先生が私の担任の先生に事情を説明しています。
 走って・・走って・・・・
 「!!そういえば、今日お母さん仕事がお休みで・・・」
アリスは、もっとスピードをマックスにして家を目掛けて走りました。
 「お母さんっ!!」
アリスが見た家は、黒くなっていました。
 「あっ。アリスちゃん・・・」
 「お母さんはっ。お母さんは!?」
アリスは、知り合いのおばさんに聞きました。
すると、おばさんは、顔を暗くし
 「お母さんは・・・・・・・・・・」
アリスは、ゾクっとしました。アリスの感が働いたのです。
 「そんな・・・・」
アリスの目に、涙があふれ出しました。
 「・・・ぉかあさんーーーーーーーーーーーー」
アリスは、少し大きい声で泣き叫びました。

 でも、これはほんの1歩・・です。

ピピピピ・・ピピピ・・・・
目覚ましの音が鳴り響きます。
「ん・・・。もう朝・・?」
この少女は、アリス。 11歳の女の子。
「・・・・。6時30分か・・・。まだ、早いな・・。もう1回寝よ・・。」
そして、アリスはまた眠りにつきました・・。
アリスは、夢を見ました。
その夢は、こうでした。

 「ただいま!!今日ね、算数のテストで100点とったよ!!」
アリスがそういいながら母親のもとえかけていきます。
 「ねっ!!お母さ・・・!!!」
アリスの眼には、血をいっぱい流した母親の姿がありました。
 「お・・母・・・さ・ん??」
アリスの眼には、涙が詰まってます。
「え・・。やだよぉ・・。おかぁ・・・さ・・ん・・。」
アリスは、大きな声とともに、いっぱい涙がでました。
1分たったころ、ふと思いました。
 「ああ!!警察に通報しないと!!」
それで、アリスが受話器をとり電話をかけようとすると
 「!!」
ゆらり・・ゆらり・・。と知らない男の人が現れたのです。
 「きゃあーーーーーー」

 ばっ。
アリスは、目が覚めました。
 「怖かった・・・・・。」
すると、大きな声で、
 「アリス!!朝ごはんよーー」
と母親の声が聞こえました。
 「はーい。今いくっ!!」
アリスは、元気よく答えました。


 「行ってきまーす。」
アリスは、元気よく言って家をでた。

 「おはよ♪なっつ」
なっつとは、夏見のこと。
 「おはよぉ・・・。眠いー」
(あいかわらずだな・・・。)
とアリスは、心の中でいっつも、思ってるのでした。


コツコツと、大変なことが迫ってるとしらずに・・。

「昨夜未明、美二本(びにぼん)区に住む公務員の男性が、中学2年生の息子を刺殺するという事件がありました。少年は――――――」
リヴィングにある大型ディジタルテレビ画面に映っているアナウンサーが、昨日起こった、とある殺人事件を報じていた。
土曜日という休日の朝には珍しく、家族全員が食卓を囲み、その悲惨なニュースを観ていた。
「最近こういうの多いよねー」
私の妻である凛が、あきれたように言った。
「ほんと。子供をなんだと思っているのかしら」
長女のさくらも、自分にだけ用意されたレモンティーを優雅にすすりつつ、続ける。
「最低…………」
次女の薫もぼそっとつぶやく。
「ああ、全くだ」
んで、私も相槌を打ちつつ、他のみんなにばれないように、こっそりパンポジを微調整していた。
そして、私はまた発言した。かなり押しの効いた感じで。
「愛が…………足りなかったのかもしれないな」
「「「?」」」
家族一同、私の方を向いた。わけが分からないよおとっつぁん、というような表情で。
「え…………あ、いや、なんでもない」
スベったあ…………オレ今行くっきゃないと思ったのに…………
すかさず頭を抱える私。
その後、少しの沈黙があった。
そして、ごくごく自然な口調で、妻が言う。
「もう、こんな暗い話は止めにして、早く食べちゃってよ」
妻が子供たちに告げる。
「そんなこと言ってるけど、母さんが一番食べるの遅いわよ」
さくらに言われて、今度は妻が、えっ?と一瞬固まり、自分のために用意した洋皿を見やった。
その皿の上には、全く手のつけられていない、大きなオムレツが乗っかっていた。
「あ………」
妻が50ミクロン程動揺しているうちに、
「じゃ、ゆっくりしている母さんはほっといて、私たちはとっととかたずけちゃいましょう」
「さんせー」
さくらと薫は、いそいそと食器をかたし始めた。
「ちょっ、ちょっとまってよ!」
慌てた妻は、別にいいのに、そのオムレツをかきこみ出した。
しばらくして、案の定ノドにオムレツの塊を詰まらせた。
「んがっくく」
という奇妙な擬音を立てて、妻はそばにあったグラスを持った。
「あ、それはあたしの――――」
と、珍しく薫が、その無表情の顔に、多少の変化を見せた。
無論、そんな声を聞いている余裕がない妻は、強引にオムレツの塊を、水分のチカラで押し流そうと、その中に入っている液体を、一気に飲み干した。

その、直後。
「………うえげええええええええええええ!!!」
先ほどのダイソン並みの吸引力とはうって変わって、今度は臓器ごとぶちまけてしまいそうなほどの、大型扇風機的嗚咽をかました。
「――――特製ニガウリドリンクだって、言おうとしたのに…………」
「ちょっと母さん大丈夫―?」 
薫は持ち前のドライなボイスを響かせ、一方のさくらは妻の傍に移動し、さすさすと背中を摩った。
私も妻のすぐ横に移動して、さすさすしようと思い、わなわなと手を伸ばしたのだが、ぺしっと妻の超絶な平手でいとも簡単に払われてしまった。私に背を向けているはずなのに!
すると、そんな私たちをさっきからただただ傍観していただけの薫が、テーブルの上にある、不気味な緑色をした液体が入った容器を手に取り、おもむろに飲料し始めた。
「ごっきゅごっきゅごっきゅごっきゅごっきゅ…………」
その小学生ながらも、実に見事な飲みっぷりをみる限りでは、どうやらみてくれはダメダメだが、のど越しは悪くないようだ。
「――――はあぁ…………………」
そしていつの間にか飲み終えたのか、一気飲みをしたあとによくする、あの、一日の疲れを一撃で吹き飛ばすような溜息を、彼女はやや穏やかに、かつゆっくりと、ついた。
「美味しい」
そう言い残し、薫はそそくさと自分の食器をまとめ、台所へと持っていった。
私たちの、注視の眼をすりぬけて。
うん、こいつもどうかしてる。
この娘も、私の遺伝子を確かに受け継いでいる。
その、まぎれもない真実を、改めて確認したのち、私はさっきから全く家族の会話(もとい修羅場)に参加していない、自慢の一人息子に声を掛けた。
「ん?どうした京志郎?さっきからなんだか元気がないぞ」
いわれて、京志郎ははっとなり、応答する。
「う…………うん……」
誰がどう見ても、あきらかに元気がない。落ち込んでいるようにもみえる。
「気分でも悪いのか?」
「ううん」
京志郎はぶんぶんとかぶりを振り、再び俯いた。
「なに?どうかしたの京志郎?」
「元気ない…………」
私以外の家族も、息子の異変に気づいたのか、京志郎の元に集ってきた。
当然ながら、妻だけはぐったりしたままだった。
うん、こいつはしばらく放置しとこう。
「ほら、京志郎。みんなも心配してるぞ。遠慮しないで言ってみなさい。私たちは、家族なんだから」
その私の最後の言葉が決め手だったのか、京志郎は、ようやくまともな返事をくれた。
今度はバッチリだ。やっりー♪
「うん、わかった。じゃあ、言うね」
京志郎は、表情こそ浮かばれないものの、顔を上げ、今朝はどうにもテンションが上がらない理由を話しはじめた。
「あのね、さっきの公む員が中学生をあやめたっていうじけんがあったでしょ…………」
「「「うん」」」
私とさくらと薫のシンクロった相槌のあと、京志郎は続ける。
「実はね、その公む員って…………」
「「「うんうん」」」
私たちは、京志郎の次の言葉を、失礼ながらも、まるでワクワクしながら、待っていた。
そして、京志郎は、告げた。







「僕のクラスのたんにんの先生なんだ」






聞かなきゃよかった。
                            (完)

きっと僕だけが違和感を持っている。
 達也や夢路は、当たり前のように僕の存在をここへ置いてくれた。
 特に親切心や同情心を思わせることもない。
 なんか変だ、きっと血縁者とも違う雰囲気があの二人には漂っているんだ。

「達也さんって何してる人?」
 高校から友人になった宵が休み時間、DSに指を忙しそうに動かしながら、僕の「あの二人結婚するんだって」というつぶやきにそう返してきた。
「さあ?会社名とか聞いたことないし。でも技術職じゃないのかな?よく家の家電を直したりしてるし」
 1限前に買って机に置きっぱなしの紙パックジュースを吸いながら、窓から見える空に答える。そういえば、二人のこと、なんにも知らない。
「結構収入いいのかな?高校生一人養うのって安くないよな・・・ああっ!」
 どうやらBダッシュし過ぎて穴に転落したらしい、マリオは何度でも再生するからな。つーか、なんで今更マリオなわけ?!もっと他にゲームあるだろうが。
 宵は高校の友人の中で唯一、僕が里子だと知っている。僕の両親は、1年前に失踪した。理由はお金なんだろうと思うけど、僕としてもうこの世にいないような気がしている。達也は、両親の会社の従業員の一人だった。顔は何度か見たことがあるけど、けして両親と特別な仲ではなかったと思う。なんでいきなり僕を引き取ったのか、未だにわからない。
 達也には夢路という彼女がいて、もう付き合いは10年ぐらいになるようだ。引き取られた時から二人は同居していて、何を隠そう一番居心地が悪く感じていたのは僕だった。さすがに高校生ともなれば、一応若い女性が同じ生活空間にいて意識しないわけがない。それとは裏腹に、夢路からはそんな意識は感じられない。
「でも結婚となれば、やっぱお前の居場所は今とは違ってくるよな・・」
 ちょっとした不安を言葉にする宵は僕に優しくない。でも変な慰めは言わないのは宵の良さだと思う。
そう確かに、今まで通り同じ場所で一緒に暮らすのかもしれないけど、二人は夫婦になり、一つの家族が出来上がる。いずれ子供も生まれるだろうし。僕だけが、まったくの他人で居候することになる。それについて、二人はどう思っているのだろうか。

「達也さんはずっとあの子を預かっておくつもりなのかしら?」
 玄関のノブを回してドアを開けた瞬間に、上品な女性の声が聞こえた。この声は電話で何度か聞いたことのある夢路の母親だ。あー、一番ストレートな話の時に帰ってきてしまった。どうしよう、聞きたいようで聞くとへこみそうだ。
「もちろんよ、なんで今更そんなこと聞くの。
 それよりお母さん、そろそろ健帰ってくるんだけど」
「もちろんってあなた、他人の子を預かるってそう簡単なことじゃないのよ。結婚するならこれから子供だって生まれるだろうし、いつまでもこのままというわけにはいかないでしょ」
 宵と同じこと言ってる、やっぱり普通は誰もがそう思うもんだよな。ドアノブを持ったまま、僕は結局立ち聞きをすることを決めてしまった。
「今回の結婚の件と健のことは問題にするべきことじゃないよ、あっ今の駄洒落じゃないわよ」
 こんなデリケートな話をしている時に駄洒落に取る人なんて夢路だけだって。
「まったくあなたも達也さんも、何も考えてないんじゃないのかしらって私は心配よ。
 健君に申し訳ないわ、一番悩んでいるのはあの子じゃないのかしら」
 ため息まじりに夢路母は言った。うんうん、確かに僕もそう思う。しかし夢路はその後、確信たる気持ちを言うこともなく、話はどんどん遠ざかり親戚の話へ流れ、ついに近所の犬の話になったので、僕は普通に帰ってきたふりをして家に入った。
「ただいま、あっ夢路さんのお母さん、こんにちは」
 何食わぬ顔で挨拶をする僕に、夢路母も完璧な笑顔で返してきた。この笑顔からさっきの発言を想像するのは難しい。やっぱ大人は怖い。
「あら、しばらく見ないうちに男らしくなって!高校生は成長も早いものね」
 関心しながらまじまじ見渡す夢路母に、僕は照れながら愛想笑いを浮かべる。
「ちょっとお母さんやめてよ、一歩間違えたらセクハラよ」
 キッチンの流しでさっきまで二人で飲んでいた湯のみを洗っている夢路が怪訝そうに言った。
「セクハラってなによ!失礼しちゃうわね!!」
 今の発言のどこにセクハラが混ざっていたのか、僕にはわからなかった。夢路母はそれからしばらくして帰っていった。お土産に残してくれた手作り大福をおやつに、リビングのソファに座って、僕は夢路と並びながら再放送のドラマを見ていた。

「ねえ夢路」
 ドラマに釘付けになっている夢路に声をかけた。
「うん?」
 画面から目をそらさず、大福を頬張りながらとりあえず返事をする。大福の粉がジーパンに零れているのに気づいていない程、今ドラマではいい展開のところだった。
「いつ籍入れるの?」
 僕はワイド画面に映し出される俳優はクールでありながら、今必死な表情で崖の上で自殺を図ろうとしている女優に、愛の告白を叫んでいる。普通なら波と風の音で聞こえないんじゃないのか。女性の方も死ぬ気でいるなら、そんな男の告白聞くまでに飛び込むだろうが、って心の中で突っ込んでしまった。
「来週には役所に出そうかと思っているんだけど、達也の予定次第だね。
 もう一つ提出書類もあるし・・・」
「婚姻届だけじゃないの・・・?」
「うん、その前に出さなきゃいけない書類があるのよ。役所の手続きは一括じゃ出来ないからめんどくさいんだけどね」
 何の書類かって言わないから、きっと僕に関する書類なんだろうか。何の書類って勇気出して聞こうと夢路の顔を見た瞬間、夢路の顔はクチャクチャになって泣いていた。テレビでは、さっきまで自殺しようとしていた女優が、俳優の胸の中で泣いている。愛の告白で死ぬのを止めたらしい。そしてCMが終った時には、なぜだか二人はベッドの中にいるシーンだった。展開早っ!
 結局その後、聞くタイミングを逃したまま、達也が帰ってきた。そういえば何の仕事しているのか、聞いてみなければ。
「なんでも屋さん」
 荷物を部屋に置き、汚れた手を洗面所で荒いながら無愛想にそう答えた。
「それ冗談?」
「冗談じゃねーよ、本当の『なんでも屋』。
 ペット探しとか家の掃除、メーカー保証が切れた家電製品の修理とか。
 昨日は小学生の子供のいるお母さんから家族について作文を書く仕事だったな」
 あー、なんかテレビでそんな仕事をしている人がいるって見たことあるな。テレビに紹介されていた会社の人は、とっても爽やかでまさに働きマン代表的な顔をしていたのに、同じ仕事をしているとは到底思えない鉄火面・達也。
「それで昨日いきなり家族とはって聞いてきたのね?」
 夕飯の支度をしながら、キッチンから夢路が達也に言った。
「小学生の子を持つ母親の気持ちなんて知らねーし。とりあえず子供が産まれてきてくれてハッピーです的なことを書き綴って置いた」
 無愛想のままピースしながらハッピーとか言わないでほしい。
 家族についてか、今の僕が書いたら?マークだらけになりそうだ。
 達也はキャラに似合わず、なんでも人のためにすることが好きなんだろうな。もしかしたら、そんな気持ちで僕のことを引き取ったのかもしれない。それだったら、なんか悲しいな・・・・。悲しい・・・?なんでだよ、他にどんな気持ちで僕を引き取ったんだよ。
 僕はしばらく仕事の話をしている二人の間で、自分の気持ちに自問自答していた。

「健、お前さ両親は帰ってくると思うか?」
 食後の和やかな時間の中、達也は空気も読まずに突然そんなことを聞いてきた。僕は一瞬、達也から両親という言葉が出てきて動揺した。失踪して1年、警察も誰からも音沙汰がない。僕もこの1年、ここでの暮らしで両親の気がかりは大分落ち着いてしまった。
「帰ってこないと思う、もう死んでいる気がする」
 僕の言葉に夢路がテレビを消した。達也は麦茶を飲みながら、足元に置いてあったかばんから書類を取り出した。クリアファイルの中には、家庭裁判所と書かれた封筒が入っている。やっぱり僕に関する書類だ。ここから出ることになるんだろうか。
「ずっとさ、健の両親のこと探していたんだ。今、確認してもらっているところだけど、身元不明者の遺体の中から健の両親を思われる遺体が見つかった」
「どこで・・?自殺なんでしょ」
「東京湾の中で・・・おそらく自殺・・・」
 やっぱり両親は死んでいた。本当に僕は帰る場所を失った。なんでだろうか、悲しいけど涙も出てこない。それ以上に気がかりなのは、僕はこれからどうすればいいのだろうか、という漠然とした不安だった。
「鑑識が終れば健のところに帰ってくる。そうしたら葬式をしなきゃいけない」
「いいよ、葬式なんて。そんなお金ないし、自殺じゃ保険おりないでしょ。
 それよりも僕はこの家を出ていった方がいいんだよね?」
 書類に目を通している達也が僕の突然の質問に顔をあげた。いつもと変化のない表情をしていたが、たぶん驚いたんだと思う。一瞬、夢路の方に視線が泳いだ。
「出ていくって・・・お前行く宛あるのか?」
「・・・ないけど、二人が結婚するならますます僕はここにはいられないでしょ?」
「・・・なんで?」
 二人が同時に僕へ問いかけをぶつけてきたので、その勢いに僕は一瞬言葉を失った。確かに二人が結婚したら、僕が出ていかなきゃいけない法律はないけど、二人の中で僕の存在がいつか疎ましさに変わるんじゃないのかと思った。

「なんかさ、お前囚われ過ぎじゃないのか」
 テーブルにあったたばこをくわえ、達也はジッポを指で回す。カチーンという音が静まり返った家に響いた。なにかと物の多いマンションでもこんなに音は響くものなのかと思った。それ以上に、達也の「囚われる」という言葉が心にズキっときた。
「いやいや、健は悪くない。健の両親のことがあったから、健には深く言わなかった私達が悪いよね、ごめん。今回のことで、家庭裁判所とも相談の上で決めたんだけど、健を私らの養子として迎えようと思うんだ。もちろん、健の承諾がないと決められないけど」
 養子、なんかよくドラマとかで聞く言葉が出てきた。
「養子・・・って二人の子供に僕がなるってこと?」
「まあ、戸籍上はそうなるかな」
 煙を口と鼻からこぼしながら達也が答えた。
「な・・・なんでそこまでして僕に・・?」
「なんだ?嫌ならいいぞ、べつに。一緒に住みたくないっていうんならもう少しでかくなったら、自分で働いて一人暮らししてくれ。高校生のお前を一人でアパートに住まわせる程、うちには金はない」
 なんか違うよ、おかしいよやっぱり。なんでそこまでして僕を引き取れるんだよ。僕は二人にとって得になるものなんてないじゃないか。
「違うよ、そうじゃなくてなんで僕を引き取ったの?」
 ちょっと涙腺が緩み出してきた。やばい、泣きそうだ。なんの涙なのかいまいち理解出来ない前に、涙を二人に見られるのは恥ずかしい。そんなことに気に取られて、思わず心に秘めていたものを達也に言ってしまった。
 達也は相変わらず無愛想なまま、たばこを指に挟んで答える。
「なんでって・・・あー・・・そういえばなんでだろうな」
 達也が首を傾げた。どうしようもない変な人だ、達也は。
「たぶんお前となら暮らしていけると思ったからじゃないのか」
 たばこを芯まで吸い込んで灰皿につぶした。リビングの照明が煙で少し煙くなっていた。
「それだけで養子までしないだろ、普通」
 なんか達也のその答えに、ついに涙が一粒僕の拳に落ちてしまった。でもなんだかその涙は温かくて、けして悲しい涙ではない気がした。
「だってよ、いろいろとめんどくさいんだよ学校の書類とか。なんで千葉に住んでるのに、本籍が熊本なんだよ。今回の件だって謄本取るのに、熊本の役所まで頼んだだぞ。個人情報保護法ってなんじゃ、このやろう」
「確かに」
 どこかのタレントみたいに頷かないでくれる?夢路。めんどくさいって・・・僕の存在はめんどくさいがために、養子なのかよ。やっぱりこの二人わけわかんねーよ。
「まあそういうことで、これからは志村健として学校も病院も行くことになるから」
 にやっと笑った達也に、夢路はぶっと噴出した。そうだった、達也の苗字は志村だった・・。明日宵にきっと声にならない笑いの洗礼を受けそうな気がするんですけど。でもなんだか笑われてもいいかな、なんてこの時ばかりは思ってしまった。

                           終わり

「あなたのご家族が何者かに殺害されました・・・。」

「はい・・・??」


突然の出来事だったという。
曲がってきた大型トラックに、潰されたとか。
止まったときには、もう遅かったらしい。
イタズラだと思った。
というか、イタズラであってほしかった。

ー茜雲 綾ー(アカネサグモ・アヤ)
当時、3歳。幼稚園に通っていた。
3歳で、「殺人」の意味なんて、
理解できる筈もなく親の帰りを待っていたのを覚えている。

その日、綾の両親は、
遠くに住んでいる綾の祖父母がこっちに来る
という知らせを受け、空港まで車を走らせていた。
その日は綾の誕生日で・・・。
仕組まれていたかのような、偶然。
綾は、いとこの家に引き取られた。
・・・が。

住み始めて、3日もたっていない日。
「居候のくせに良く食べるもんだねえ。」
その一言。その一言で、綾は傷ついた。そりゃあ、無理もない。
3歳だ。仕方がない。でも母親は、納得いかなかったらしい。
「まったく・・・。きりがない子だねえ。何回言えばいいんだい!?」
こうして、怒り出す。別に、泣きはしなかった。
3歳児といえば、ふつうは泣く。でも、綾はちがった。
特に怖くなかったし・・・。
何より、、、
「家族を失い、いとこの家に居候。そして、嫌われ者。
 この女に言っても、泣いても変わらないし分からないでしょ。」
綾は内心、強かった。
「でていきなァ!!!」
挙句の果て、コレだ。
「昼ドラか。」
そう、事態はドラマのように動いていた。

綾が計画を思いついたのは、いつだろうか。
確か、この頃だった。
私を裏切った人、家族を殺した人に復讐してやろうと・・・
そう考え始めたのは。


殺された家族。引き取られたいとこの家。うるさい母親。
これから綾をいったい誰が裏切っていくのか。
後で復讐されることも、知らずに・・・----。

 静謐な宇宙の闇の中を移動するものたちがあった。その姿は、深海を泳ぐ古代魚を彷彿とさせるものだったが、全長数百メートルの金属の魚など、生物の進化の果てとしてはあまりに無粋すぎた。
 船であった。無論、宇宙を駆けるために建造されたものである。生存圏を宇宙にまで拡大させた人類の「大航海時代」を支えるそれは、数百光年の距離を数日で飛び越える恒星間航行を可能とした、まさに人類の叡智の結晶であった。
 ――ただし「軍艦」という無粋な服を着てはいたが。戦争という地球時代の文化は、人々が別々の恒星系に暮らす現在でもなお健在であった。
 軍艦は十一隻。十隻の同型艦と、印象は同じだが数倍の大きさを持つ一隻によって構成されている。大きいといっても駆逐艦――軍艦では最も小さい部類であり、これを指揮艦とするならば、ごく小規模の部隊といえた。
 その艦の名を「アクタイオン」といった。

「艦長、拡大映像出ます」
「出せ」
 アクタイオン艦橋。50歳代半ばのアクタイオン艦長アレックス・ノードは、隣に立つ壮年の副官に短く答え、艦長席の背もたれに背中を預けた。
 艦橋正面の特大モニター一杯に映し出されたのは、寂寥たる表面をむき出しにした衛星の姿だった。
「こいつが、月ですか? まぁ、当然といえば当然なんでしょうが、殺風景ですね」
 拍子抜けしたとでもいうかのような副官の感想に、アレックスは苦笑した。
「オボコの女神か、それとも兎が歓迎してくれるとでも思ったか? こいつも同じだよ。どこにでもある、ただのでかい石ころだ」
 月――人類発祥の惑星たる地球の衛星。古い地球の神話には、月を司る女神が登場する。大地から見上げれば、夜空に輝く姿は確かに女神のごとき美しさであったのだろう。だが宇宙空間から直に眺めれば、痘痕だらけの醜女でしかない。
「見上げる者なき女神、孤独なるアルテミス。素顔を見られて嘆き哀しむか、それとも……」
 呟いたアレックスは憮然たる表情で、小さく溜息を洩らした。

 地球だけでは全同胞を養っていくことはできないと悟った人類が、新天地を目指して外宇宙に飛び立ち、数世紀。人類圏とでもいうべきものは途方もない領域に達していた。
 宇宙に進出することで種としての進化をも目指した人類だが、それは夢想であった。地球時代に培ったもの――政治、文化、産業、あらゆるものを新天地に適用した結果、歴史は焼き回しのように繰り返されることになる。恒星国家群間の格差と差別は紛争を生み、やがて宇宙の海を舞台に砲火を交える大戦へと発展する。それはさすがに、人々を疲れさせた。
 そんな中で沸き起こったのが、地球帰還願望であった。全人類が地球から出て行くことを強制され、母なる星は不可侵の聖地となっていたが、戦争に病み疲れた人々からは移住を望む声が絶えなかった。
 いくつかの恒星系を抱える軍事大国バリテン連邦もまた、地球を領有することに拘泥していた。ただし、太陽系を挟んだ敵国、ニュー・ローレシア共和国との戦いの橋頭保とするためである。
 バリテン連邦宇宙軍所属であるアクタイオンの任務は、その先方として地球圏を偵察することにあった。ニュー・ローレシア、あるいは第三国が先回りして地球に自国の旗を立てている可能性は捨てきれなかった。情報は皆無なのだ。少なくともバリテン連邦の人々は、外宇宙に進出してからは、地球を含めた太陽系を忘れることに固執し、結果としてその存在を半ば神話化させてしまっていた。で、あるから、アクタイオンの旅路は冒険であった。
 アクタイオンは最新鋭の軍艦である。率いる残りの十隻はハウンドと呼ばれる無人艦で、すべての運行がアクタイオンの制御下に置かれている。そう実は人員が配置されているのはアクタイオンのみで、それもわずか数十名にすぎない。
「気に入らん、な」
「何がです?」
 アレックスの呟きに、副官が反応する。
「この艦の名前の由来、知ってるか?」
「アクタイオンですか? さぁ……」
「あのな、興味くらい持て。ギリシャ神話は分かるな?」
「地球の古い神話ですね。中身は知りませんが」

 子犬座という星座がある。それにまつわる神話はいくつかあるが、アレックスが語ったのは一番残酷なものだった。
 一人の若い猟師は十匹の猟犬を連れて森で狩りをしている途中、泉で水浴びをする月の女神アルテミスに出会う。裸身を見られ怒った女神は、猟師に呪いをかけ、彼を鹿の姿に変えてしまう……。
「ひどい話ですね。裸見られたぐらいで。減るもんじゃなかろうに」
「まさに神をも恐れぬ発言だな」
「恐縮です。ああ、もしかしてその猟師の名前が……」
「アクタイオンだ」
「猟師アクタイオンが10匹のハウンド(猟犬)を連れて、月の女神とバッタリですか。確かに縁起が悪い。――アルテミス……、そうか。艦長、確か月には、人類の宇宙進出に際し、地球の中立性を維持するために配備された無人の自動防衛システムがありましたね。確か、その名前が――」
「そうだ、アルテミスだ。それはシステムの中枢である人工知能の名前でもある。問題はだ、地球に人間を近づけないために造られた奴が、我々を黙って見逃すかどうかだ」
 そのときだった。
「所属不明機多数接近! つ、月からです!」
 索敵担当のクルーが肩越しに振り向き、声を上げた。
「データ照合、出ました! これは何百年も前の機動兵器です」
 月側から放たれた機動兵器は小型で、大口径レーザー砲を抱えたボディを挟むように2基の偏向スラスターが取り付けられた簡素なものだった。無論、無人機。月の女神が放った刺客だ。
「女神様は猟師の謝罪を聞く気はないようですね。どうします?」
「どうするもなにも、叩き落とすまでだ。ハウンド全艦にフォーメーションB-3を指示。シールドを展開しつつ、主砲の一斉射。一掃する!」
 戦闘がはじまった。
 月側機動兵器のレーザーは、アクタイオン及びハウンドが前面に展開した見えざる盾に防がれ、わずかに空間に波紋を広げただけだった。近代艦には標準装備されている対光学兵器用シールドだ。
 対しハウンドの艦首に標準装備された荷電粒子砲から放たれる光の帯は一瞬で敵機を蒸発させた。機動力を活かして側面に回り込んできた機もあったが、ハウンドの両舷に装備された機動兵器迎撃用レーザー・カノンの赤光の矢は、群がるカトンボを次々と捉えては引き裂き、四散させた。
「これは、ケンカになりませんね」
「所詮は数世紀前の兵器ということか。――なにッ!?」
 レッドアラーム。ロックオン警告が艦橋に響き渡る。
「艦長! ハウンド全艦……こちらに砲口を向けてます! ど、どうしてッ!?」
「落ち着け! ハウンドとのオンラインを強制カット。急げ!」 
 狼狽する部下を叱りつけ、速やかに指示を出したのは副官だった。
「ハッキングか」
「そのようです。こうも簡単にこの艦のネットワークに侵入されるようでは、艦隊揃えたところで簡単には攻略できないですね」
 アルテミス――月の防衛システムを管理統制する人工知能が、半永続的に任務を遂行するために自己進化能力を備えていたことをアレックスは思い出していた。それは人類の技術の進化を常に凌駕し続けることを目的としたプログラムであった。
 アルテミスは、掌握したアクタイオンのシステムを介して、ハウンドを操ってみせたが、しかし、それはこちらとの接続を切り離すことで回避できた。貴重な無人戦闘艦を放棄することになるが、背に腹は替えられない。
「しかし的確な指示だったな。褒めていいか?」
 見上げたアレックスだったが、副官の表情は冴えなかった。
「褒めるのは、もう少し……待ったほうがいいですよ」
「ダ、ダメです! ハウンド全艦に高熱源反応! う、撃たれます!」
 悲鳴のような部下の報告に、副官は肩を竦めた。
「うーん、やっぱりダメでした。ハウンドの方を乗っ取られたら、こちらからでは手も足も出ません。女神の勝ちです」
「残念だな。褒め損なった」
「全くです。……ところで艦長、鹿に変えられた猟師は、その後どうなったんです?」
「……知らないほうがいいぞ」
 憮然とアレックスは応えた。
「なら、止めておきます」
 副官が苦笑する。
 光と熱がすべてを消滅させたのは、その直後だった――。
 
 ……鹿に変えられたアクタイオンは、その後どうなったのか? 彼は可愛がっていた猟犬たちによって、無惨にも噛み殺されたのだ。

「蟹座を無くそう」
 突然、ある男神が言った。蟹座を作った女神は目を剥いた。男神は全知全能にして神々の王ゼウス、女神はその妻ヘラである。ヘラは王妃であり家庭を守る女神でもある。
 このヘラ、実に美しい女神であるのだが、顔が整っている分、目を剥くと余計に怖い。ゼウスは顔を引きつらせて一歩後ろに下がったが、なんとかそこで踏ん張った。夫の威厳を保ったつもりだが、怯えているのは一目瞭然だ。が、ここでひるんではあえて反発した意味がない。かかあ天下を覆すのは無理でも、たまには亭主としての貫禄を見せてやりたい。できれば、この妻をやりこめてやりたい。一度だけでもいい。すかっとしたい。
「一等星もないのに十二星座というのもおかしいだろう。そもそも、我が子ヘラクレスに踏みつぶされただけの情けない怪物ではないか。それが黄道十二星座というのも情けないではないか」
「あなた。あのお化け蟹がどれだけ素晴らしい男かおわかりになっていないのですわ。友達を助けるために命を懸けましたのよ。ヘラクレスが強いことがわかっていて、自ら挑んだのです。その勇気こそ誉められるべきですわ」
「一瞬で踏みつぶされたのに? 踏みつぶされたから、足だって1本ないのだぞ。格好がつくまい」
「ですから、彼は恥ずかしがって一等星を持たなかったのです。なんて謙虚なのでしょう」
 女神は目を潤ませている。
 ゼウスは内心で唸った。自己陶酔をしている妻を説得するのは毎度毎度苦労を強いられる――いや非情に困難なのである。たいていゼウスが負ける。そもそもヘラクレスがお化け蟹を踏みつぶしたことも、妻が愛人の子であるヘラクレスを疎んだ故のことである。だから妻が蟹を可哀相がっているのはわかる。わかるが、ゼウスとしては非常に複雑なのである。
 ゼウスとしても、浮気は悪いとは思っているのだ。だが、この男神にはもう、妻を思いやるという気持ちがなくなってしまっているのだった。浮気の報復が、どうにもこうにも峻烈なのである。たとえば、愛人を牛に変えてしまってヨーロッパ大陸まで追い回したり、愛人がゼウスの子が産めないように出産の女神を幽閉したり、生まれてしまった愛人の子に無理難題を押し付けて怪物退治に行かせたりと、王妃の立場を利用してやりたい放題なのだ。
 さてどうしたものかと男神が思い悩んでいると、ヘラはじっとりとした目で男神を見つめてきた。
(だから蟹座を消すなんてしないでね)
という無言の訴え――どちらかというと圧力――だろうと思われた。
 ヘラはというと全くその通りの思惑だった。ヘラクレスも星座になっている。これで蟹座が十二星座から外されてしまったら、夫はより増長するに違いない。神話から時代も経ってしまっている今、神の子を産まれても人間達も困るだろう。万が一、不死の子ができてしまったら、その子が辛い思いをすることは否めまい――と考えて、(私ってなんていい女神)と悦に入っているところがヘラらしい。
 実は、この大蟹をヘラクレスに差し向けたのはヘラである。有名なヒュドラ退治の話のとき、ヘラクレスの邪魔をさせようとして、ヒュドラの親友である大蟹を利用したのだ。
 しかもヘラクレスを狂わせ、ヘラクレスの子どもを殺させて、その罰として怪物退治に行かせたのもヘラだった。折角そこまでしたのに、今では十二の冒険などと言われ英雄にされてしまった。忌々しいことこの上ない。ヘラにしてみれば、ヘラクレス座を無くしてほしいくらいだ。十二星座でもないのだから何の問題もあるまい。神話では自分がヘラクレスを許したとあるようだが、同じオリンポスにいても顔を合わせないよう気を付けている。

 女神は改めて男神に微笑む。男神も女神に微笑んだ。
 その微笑みの間で衝突する火花を見た側仕えの者達は、音を立てぬよう、しかしすばやく御座所から逃げ出していった。 
 そこへ折悪しくやってきたのは、件のヘラクレスである。
「ゼウス様、ヘラ様、お呼びと伺いましたが……」
 大きな体で、御座所の隅に縮こまっている。英雄とはいえ、元々半分は人間だ。神々の王と王妃の間にあからさまに見える火花は恐ろしいのである。
「なんじゃ、ヘラクレス。妾は呼んでおらぬぞ」
 ヘラは憎き愛人の子を睨み付けた。蟹座の話からヘラクレスへの憎しみを新たにしたところである。
 ゼウスはといえば、愛しい我が子の一人である。ヘラへの意地もあって、猫なで声になる。
「おお、ヘラクレス。そんな隅におらんと、近うよれ」
「ゼウス様、何かご用でしたでしょうか?」
 ヘラクレスはびくびくしながら、おずおずと進み出て、ゼウスの前に跪いた。
「いいや、儂も呼んでおらんのだ。誰に言われて来た?」
「ヘルメス様です」
との返答に、ゼウスはなんとも痛そうに顔をしかめ、ヘラは口元を歪めてほくそ笑んだ。
「おほほほ。ヘルメスも粋なことをするのう。ねえ、あなた。ちょうどよろしいわ。ヘラクレスに聞きたいことがあるのですが」
 ゼウスは頬を引きつらせながらも頷く。何をするつもりなのか不安でならないが、否とも言えぬ。
「ヘラクレス、おまえはレルネ沼で大蟹を踏みつけたことを覚えておるか?」
 ヘラクレスは跪いた姿勢をさらに低くして、小さく首を横に振った。
「はい。覚えております」
「ほう、覚えておるとな。では、その大蟹に対して、今はどのように思うておる?」
「は……あの……」
 英雄は言いよどむ。ヘラはここぞとばかりに畳みかけた。
「なんじゃ? 思うところを言うてみよ。何でもよいぞよ」
 ヘラクレスはいっそう身を低くした。  
「は……その、大変申し上げにくい事ながら……その……」
「なんじゃ?」
 ヘラはわざとらしいほどの猫なで声を作る。ゼウスはハラハラしながら見守るだけだ。
「あまり……覚えておりませんで……」
「なんじゃと? もっと大きい声で言うてみよ」
と言ったヘラのこめかみに青筋が浮いているのをゼウスは見た。これはまずい。
 ヘラにしてみれば、これは千載一遇のチャンスである。ここで怒りと一緒に罰を与えてしまえば、ヘラクレス座はなくせるかもしれない。
 ヘラクレスはきつく目をつぶって、さらに深く深く床に着かんばかりに頭を下げた。
「大蟹のことはあまり覚えがございません。その……ヒュドラに必死で……」
「ほほう。そちは友であるヒュドラを助けに向かった勇気ある大蟹を覚えておらぬと申すか」
 ヘラは自分でやったことを棚に上げてヘラクレスを糾弾する。
「十二星座になるような蟹のことを覚えおらぬと申すか」
「……申し訳ございません」
 ヘラは平身低頭のヘラクレスから、ゼウスへ視線をうつした。微笑みながら。
「ゼウス。このような浅薄な者を星座にしたままにしておかれるのでしょうか? それこそ必要ありますまい」
 ゼウスは一つ咳払いをして、王としての威厳を取り繕ってから答えた。
「しかしだな。ヘラクレスは今も語り継がれる英雄だ。日本でも人気があるし、ディズニーアニメにもなっておる。それを星座から外すというのはどうであろうか……」
「大蟹もそうですわ。散開星団プレセペは、とても人気がありますわ。そこに星座がないのは、誰もが残念がりましょう。それに、蟹座の者たちが気の毒でしょう。何十年も蟹座だったのに、いきなり双子座と獅子座に振られても、実感は湧きませんでしょう」
「十三星座でへびつかい座が入ったではないか」
「定着していませんわ」
 ヘラはすげなく突き放す。
「星座が一つ増えるのも定着しなかったのですから、減る方はもっと無理でしょう」
「ううむ……」
 ゼウスは唸った。まさしくその通りだ。これはいよいよ分が悪くなってきた。ゼウスは何も、妻に喧嘩をふっかけたのではない。いつもいつもヘラに押されっぱなしなので、ちょっとだけ、強気に出てみたかったのだ。それがヘラクレスも巻き込んでの大喧嘩になろうとは。

 そこへまた、折悪しくなのか折良くなのか、もう一つ男神の声が入ってきた。姿を見せたのは戦神アレスである。正真正銘、ヘラが生んだゼウスの子である。
「ヘラ様、お呼びと伺いましたが、お取り込み中でございましたか?」
 ヘラクレスとは違って、自信満々のアレスは堂々と胸を張って入ってきた。
 ヘラは思わず笑み崩れた。戦好き、争いが好きで、負けず嫌いのきかん坊ではあるが、腹を痛めた我が子が可愛くないわけがない。
「おお、アレス。よう来た。だが、妾は呼んでおらぬぞ? 誰かに言われたのじゃ?」
「ヘルメスです」
 またもヘルメスであった。ヘルメスと言えば、知恵の神などと言われるが、〈泥棒の神〉などとも言われる性悪の神である。これもゼウスの子だ。ヘラとは何の関係もないほうの。
 王と王妃が喧嘩を始めたのを、どこかで見ていたのだろう。伝令神として使っているので、いつもゼウスの側近く仕えているはずだ。これはどうやら、ヘルメスが面白がって、件のヘラクレスと、ヘラがかわいがっている息子アレスをかち合わせたようだ。
 面倒な状況だったが、ヘラはこれを利用するのも面白いと踏んだ。優雅に微笑んでゼウスにこう提案した。
「ゼウス。どうでしょう? この二人に対決をさせて、白黒をつけてみようでありませんか?」
 ゼウスは嫌な予感がして頬が引きつりそうになったが、なんとか耐えた。
「どういう意味かな?」
「簡単ですわ。二人を戦わせて、ヘラクレスが勝てば蟹座を消す、アレスが勝てばヘラクレス座を消す、ということです」
「しかし……」
「お互い、蟹座、ヘラクレス座がいらないと思っているのです。こうでもしなくては決着が付きませんでしょう」
「ううむ……」
 ゼウスは再び唸ったが、このまま喧嘩をしつづけていても埒が明かないので、乗ることにした。
 コロッセオに移動すると大事になるので、ここ部屋でやれと言われて、アレスは露骨に眉を顰めて見せた。だが口に出しては何も言わず、ヘラクレスに向き直る。
「ヘラクレス、一度貴様とはやりあってみたかった。御座所ではあるが、手加減無しで行くぞ」
 これにはヘラクレスも意気揚々と立ち上がる。
「受けて立ちましょう! 私もアレス様との試合は密かに憧れておりました。望外の喜びです」
 ヘラクレスの目が、先程までの怯えた目から一転、きらきらと楽しそうに輝き始めた。
 二神ともに素手であったので、軽く腰を落として構える。ちょうどボクシングかK-1である。ゼウスとしては今年のバダ・ハリには残念な思いでいたので、これはこれで楽しみになってきた。
 仕掛けたのはアレスからだった。素早く距離を詰めてヘラクレスの頬へ右拳を突き出す。すんでの所で避けたヘラクレスは、カウンターを繰り出したが、アレスは体をすっと沈めて避けた。また二神の距離が空く。今度はヘラクレスが距離を詰めて、強烈な蹴りを太腿に叩き付けた。だがアレスはダメージを受けた様子もなく、拳でヘラクレスの腹を狙う。これも入ったように見えたが、ヘラクレスは平然と立っている。
 面白くなってきたと思ったゼウスは、いつの間にか用意されていた長椅子に腰を下ろした。その隣にヘラがかける。側仕えの者達がどこからか戻ってきて、ゼウスとヘラのために長椅子とテーブルを用意し、軽食と飲み物を運び始めていたのである。気が利くとか気が付くとか教育がなっているというよりも、常にゼウスとヘラの――特にヘラの――機嫌を伺っているのである。神の叱責というのは、不死の者まで寿命が縮まるほどに峻烈なのである。これは物の例えであるが、側仕えの者達流のジョークでもあるのだった。死なないだけに、プロメテウスのように内臓を怪鳥につつかれ続けるのはたまらない。
 話がそれたが、この間にもアレスとヘラクレスの間では、熾烈な――しかし二神とも実に楽しそうにしている戦いが続いていた。
 どれくらい時間が経っただろうか。さすがの英雄二神も疲れ果て、息が荒くなる。そろそろ決着をつけようかと目で頷きあった二神は、王と王妃に是非ともここからを見てもらおうと長椅子へ視線を送った。

「あれ?」
 ヘラクレスはつい、素っ頓狂な声を挙げてしまった。ゼウスもヘラも長椅子にはいなかったのだ。アレスも拍子抜けして体の力が抜けてしまった。小姓が長椅子を片付けていたので、
「おい、ゼウス様とヘラ様はどうなさったのだ?」
と聞いてみると、小姓はさっと顔を青くした。
 と同時に、御座所の何重にもなったカーテンの奥から、何やら声が聞こえる。いや、声というより、うめき声というか――あえぎ声というか。
 アレスはその場にがっくりと腰を下ろした。
 ヘラクレスも青い顔をして膝を付く。
「アレス様……あの……つまり、その……」
 アレスは膝にひじを突いて、力無く頷いた。
「まあ、つまりそういうことだ。なんだかんだであのお二人はベタボレなのだよ」
「はあ……」
 気を殺がれた二神は、これ以上やり合う気力も出てこず、さっさと逃げた小姓を呼び止めることもなく、連れ立って御座所を出ていった。
 この後、とある酒場で二神が朝まで飲み明かしたことを、ゼウスもヘラも知らなかった。というよりも、ヘラに至っては朝起きてアレスもヘラクレスもいないことが全く気にならなかったのであるから、当て馬にされた二神も気の毒というものだ。
 ゼウスはというと、ヘラが出ていった後、ベッドの上でほくそ笑んでいた。全てうやむやにできてしまったのである。やはり妻というものは、手のひらで転がすのが一番だと改めて実感した朝であった。
 寝所を出ると、目立たぬようにヘルメスが控えていた。
「ゼウス様。昨夜はよくお眠りになれましたでしょうか?」
「おまえのお陰でな。アレスとヘラクレスの試合が見れなんだのは残念だが、それよりもヘラのほうが重要だからな。おまえの機転にはいつも助けられる」
「おそれいります。とこでゼウス様。お願いしていたあれは……」
「ん? おお、そうか。わかった。ちょっと待っておれ」
と言ってゼウスが持ってきた杖に、ヘルメスは深く頭を下げた。その実、ゼウスに見えないようにほくそ笑んでいたのである。以前、ちょっとした悪戯をして取り上げられていた黄金杖だ。これがなくては本来の力を出し切れない。
(蟹座と癌は英語で同じ綴りだが……ヘラ様にとってはまさしく癌だったな。おかげで黄金杖なしでも面白いものが見れたことだ)
 深く礼をいうふりをしつつ、内心では次の楽しみを考えて笑いが止まらないヘルメスであった。
 神々の国は、今日も平和である。

(終わり)

「暑い」
俺は座敷の机に突っ伏しながらそう呟いた。俺は一つため息をつくと机から離れ、近くにある扇風機に顔を当てる。首を回すそれを止めて、俺だけに向けさせ、涼む。強さが強になっているので一人で当たるには少々強すぎる風だが、今はそれが心地よく感じる。
「もー、お兄ちゃん!扇風機独占しないでよ!」
向かい側で宿題をやっていた妹が顔を上げて言ってきた。俺はそれを聞こえないふりをして扇風機を独占し続ける。妹が一つ大きくため息をつくと
「もう。それにしてもまだ七月に入ったばかりだって言うのに、こんなに暑いなんて珍しいよね」
妹が手で自分を仰ぎながら言う。
「まぁね」
俺はそれに適当に返事をすると、どっこいしょ、と腰を上げて立った。再び扇風機を首振りにすると
「どこか出かけるの?もう八時だよ?」
「散歩してくる」
きょとんとする妹にそれだけを告げると俺は靴を履いて外に出た。俺達が住んでいるのはれっきとした住宅街で、近所の家々には明かりがついている。時たま、子供の笑い声も聞こえてきた。この時間では家族団らんといったとこだろうか。外は梅雨が明けたばかりのあのジメジメとした感覚に襲われる。それでも室内よりは幾分か楽であった。俺は何の当てもなく、ぼーっとしながら歩き始める。所々にある電灯に虫が群がっているのを見ると、暑くないのだろうか、などと思ってしまう。俺はふと家の近くにある公園へ行こうと思い、足先をそちらに向けた。
「やっぱり誰もいねぇな…」
俺はしんとした公園を見ながらそう呟いた。ここは近くに住むちびっ子達の良い遊び場なので平日の夕方や休日はよく子供達がいる。だが今は夜。誰もいないのは当たり前だった。俺は公園に入り、どこかに座ろうときょろきょろと辺りを見回す。すると電灯の下にベンチの影が見えたので俺はそこに座ろうと、向かった。
「ん?」
木の陰で見えなかったのだろうか、そこには一人の女性が座っていた。顔を俯かせて座っているその女性はどこか後ろから見ると、泣いているようにも見える。俺はどうしようかと迷ったが見て見ぬふりともいかぬ為、挨拶だけでもしようとそーっと近寄った。
「こ、こんばんは…」
俺は小さい声でそう言った。聞こえるか聞こえないか程度の声で言ったのに、女の一は俯かせていた顔をバッと上げ、目を見開いて、驚いた顔をする。俺は驚かれた事に驚いて次の言葉が出てこなかった。女性は硬直した俺を見るとふわり、と微笑んだ。
「こんばんは」

風が俺達の間を吹き抜ける。微笑むその女性はとても秀麗だった。外見からして三十代うらいだろうか。真っ白な肌に口元にある小さなほくろがよく目立つ。見れば着ているのはこの暑いのに着物。髪は綺麗に結い上げられていて、簪によって止められている。俺はこの秀麗な顔と、昭和の様な、不思議な雰囲気をもつその女性に何故か気が弱っている俺は、またもや硬直してしまった。俺は再び硬直してしまった俺を見ると今度はくすりと笑って
「近くの人?」
「あ…えぇ…まぁ…」
俺はつい曖昧に答えてしまう。緊張と笑われたので余計に上がってしまうのだ。すると女性はあ、と小さく声をあげて
「ごめんなさい。すぐどくから」
そう言って女性は立った。俺は慌てて
「いや!いいんです。別に用があってきたわけではないので…」
そう言って女性に座るように言った。女性はそう?と言って座った。
「なら一緒に座って話さない?貴方だけ立っているのは何だか変だし」
女性はそう言ってにっこり微笑んで、俺を隣りに座るよう手で促した。俺はどうしようかと迷ったが断るのも何だか悪いので結局座ることにした。俺は女性と少し距離をとって、隣りにちょこんと座る。ああだめだ。やはり何だか調子がでない。緊張してしまう。
「そんなに緊張しないで?」
俺の心中を察したのか、女性はまたもやふわりと微笑んだ。俺はその笑みを見るとどきん、と顔が熱くなるのを感じ、俯く。そんなことを言われると余計緊張してしまう。でもこの女性に笑みにはどこか悲しさが感じられるのは気のせいだろうか。
「貴方はここに何しに来たの?」
「俺は別に……」
曖昧に答えるがこれは事実である。散歩ついでにここをよっただけで、特段用などないのだった。俺がそう答えると女性は顔を上げて
「私はね、星を見に来たの」
「星?」
俺が聞き返すとそう、と女性はふふ、小さく笑んだ。
「そうよ。以前はよく見えたんだけどね。何だか見え無くなっちゃった」
女性はそう言って俺を見て微笑んだ。やはり、どこか悲しそうである。
 しかし、星を見ると言ってもこの大都会じゃほぼ不可能に近いだろう。俺も生まれてからこの地に住んでいるが星などまともに見たことがない。大都会の夜景は星の輝きを失わせるのだ。この女性の以前とは一体いつのことなのだろうか。少なくとも、俺が生まれる前の話だろう。
「貴方は見る?お星様」

くすりと微笑んでそう言った。そりゃ誰でも見たことがあるだろうが、頻繁に見る訳じゃない。俺は少々返答に考えていると、ふとあることを思い出してあ、と小さく声を上げてしまう。
「普段は見ませんけど…天の川なら見ますよ。うっすらですけどね。毎年妹と一緒に」
そこで、と俺は公園の端の方にある少し小高い木の下の場所を指さした。
「一緒に見ようって約束してるんです」
女性はそちらの方向に向くと驚いた顔をした。すると女性は少し顔を俯かせたが俺の方を見て
「大切にしてるのね。妹さん」
穏やかに笑う女性につられ、俺も微笑んでしまう。
「ええまぁ」
すると、公園の入り口から妹の声がした。噂をすれば、と思って俺は立ち上がる。
「おにーちゃーん!お母さんが早く戻ってこいだって!」
俺はそれに気づくとおー、と気の抜けた声を出してしまう。
「可愛いのね。妹さん」
くすりと妹の方を見て笑った。俺はそれを見て、苦笑を漏らせば
「生意気ですけどね」
俺はそう言って初めて笑った。いつの間にか先ほどまでの緊張はどこか消えていってしまっていた。俺は妹を待たせるのも悪いと思い女性の方を見て
「じゃ、俺はこれで…」
「ええ。あ、貴方、明日も来る?」
俺が去ろうとすると女性が後ろから聞いてきた。俺は別に来る予定はないが、どこか寂しそうに微笑むその姿を見ると来ない、とは言えなくなってしまう。
「はい」
「そう…また良かったら一緒にお話でも…」
「勿論です」
俺はそう言って笑うともう一度じゃ、と一言言って妹方へ向かった。後ろを振り向くとその女性はベンチから立って俺に手を小さく振っていたので俺も振り替えした。
「誰とお話してたの?」
妹が帰り道、聞いてきた。
「不思議な人とだよ」
俺は小さく呟くように言うと聞こえなかったのか、妹はえ?と聞き返す。俺は何でもない、と言って妹の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。俺は先ほどのあの女性の笑みを思い出す。また明日も会えるだろうか。そう思うと少し胸がわくわくした。でもあの天の川の話をしたときの事を思い出すと胸にひっかかりを覚えた。まぁいいだろうと自分を納得させる。いつの間にかあの暑さも、女性のあの雰囲気で気にならなくなっていた。心地よい風が俺の体を通り抜けた。

 俺はそれから次の日、また次の日とその女性とあの公園で会っていた。俺は最初こそ緊張していたが、今ではすっかり抜けて他愛のない話で笑い会えるほどにまでなっていた。女性はいつでも着物を着ていて、やはり不思議な雰囲気を出していた。そして会ってから五日程度立った七月六日の今日。いつものように俺達は学校はどうだとか、妹がどうだとかで他愛のない話で盛り上がっていた。すると、女性は一つ小さく息を吐いて空を見上げる。
「私ね、いけない人なのよ」
あまりに唐突だったので俺は一瞬戸惑い、え?と聞き返してしまう。
「ひこ星と織り姫の話、知ってる?」
女性は俺を見て聞いてきた。また話が変わって俺ははい、と小さく返事をしてしまう。
「一年に一度だけ会おうと約束して、天の川を隔てて、たった一度だけ会う二人はとても素敵よね」
女性は俺を見て微笑んだ。その笑みからは悲しさが見て取れた。何だか俺まで悲しくなってしまう。
「でもね、私は約束を破っているの」
女性は俺から目線を外して俯いた。眉を悲しそうに曲げて、苦笑する。
「いつから…ですか?」
俺は徐に聞いた。女性は悲しさを更に深くして
「ずっと、よ」
そう言って顔を上げて俺を見てもう一度にっこりと笑った。
「私ね、恋人がいたの。で、その人が行く前に私にこう言ったのよ。『来年の今日、またここで会おう。絶対、会いに来るから』」
「………」
「その時はもう私のおなかの中にはあの人の子供がいて…それを言ったら最初は驚いてたけど直ぐに笑ってじゃあその小も一緒にって、約束したの。でも…」
女性は再び俯くとあの小高くなっている木の下をみて
「子供は死んでしまってたの。私のせいで…。だから私、会えに行けなくて…あれから一度もあそこには近づけないの」
「どうしてですか?」
俺は静かに聞く。女性はやはり悲しく苦笑して
「だって…きっと怒ってるわ。私、あの人の大切な子を殺してしまったんだもの」
そう言って女性は再び空を見上げ、目を閉じた。風がさわっと彼女の前髪を揺らす。その瞳の彼女は何を映すのだろうか。恋人だろうか。それとも星だろうか。俺はそんな彼女を見て意を決したかのようにズボンをぎゅっと握る。
「お、俺は…」

俺が何か言い出そうとすると女性は俺の方を見た。俺は更にぎゅっとズボンを握って
「俺だったら会いに行きます。会いに行って、謝る。許されるかどうかは分からないけど、分かってくれるとは信じてる。貴女も、そうでしょ?本当は会いに行きたくてたまらないのに、会いに行って謝りたいのに…それが出来なくて苦しんでる。俺は貴女のそんな姿は見たくないし、その貴女の大切な人だってきっとそうだ」
俺はそこまで言うと一つ息を吐いた。女性は目を驚いた顔をして俺を見る。
「たとえ子供がいなくても、貴女がいるじゃないですか…」
俺は小さくそう呟くと女性は目を見開いた。自分で言っておいて更に悲しくなってしまう。この人の感じているものが、俺には何故か自分の事のように悲しくて、苦しく感じられた。女性は顔を俯かせて
「許して…くれるかしら…」
女性が小さく、呟くように言う。その肩は震えていて弱々しかった。俺はそれににっこり笑って
「きっと、許してくれますよ」
女性はそれを聞くと顔を上げて俺をふわりと抱きしめた。
「ありがとう…ありがとう…本当に優しい子ね…」
女性はそう言って頭を撫でた。俺は驚いたがそんなことはありませんよ、と言った。すると入り口からまた妹の声がした。
「時間ね」
女性はそう一言言うと笑って、俺から離れた。俺はすみません、と苦笑すると立ち上がる。女性も立ち上がって
「私、あの人に会い行くわ。あの人待ってるだろうから…。でも忘れないで。今が当然じゃないことを。大切な人が隣りにいることが当たり前と思っちゃだめよ?」
女性は最後にそう言うともう一度ありがとう、と言った。その微笑む姿は今まで一番美しく、俺の心臓はまた跳ねる。
「貴方と会えて、本当に良かったわ」
俺は一瞬きょとんとしたが、はい、と言うとさようならと言って去った。今日は振り返らないで俺は真っ直ぐ妹の方へ向かった。
「誰とお話ししてたの?」
妹がきょとんとして聞いてくる。
「……大切な人だよ」
「でも誰もいないよ?」
妹のその言葉に俺は目を見開いてバッと後ろを振り返る。そこには確かにいたはずのあの人はいなかった。俺はその場に立ちつくしてしまう。
「?お兄ちゃん、明日は七月七日だよね。今年も見に行くの?」
妹が止まった俺に小首を傾げると嬉しそうに聞いてきた。俺はやはり呆然と立ちつくしたまま
「ああ…」
と小さく返した。俺はまだいないことに信じられなくて、暫く立ちつくしたままだったが俺はふっと小さく笑むと踵を返して家へ向かっていった。
 次の日、俺は妹を連れてあの公園へと向かった。俺はもしかしたら、と期待しながら公園へと向かったが、いつもあの人が座っていたベンチには誰もいなかった。電灯に光るそれはもう戻ってこないことを物語っている様に感じた。俺はこれまでの事を思い出すとぎゅっと胸の前で手を握った。あの人の微笑んだ姿、悲しい瞳。でも最後は心から笑ってくれたと感じるのは、いけないことだろうか。俺達は小高いその場所に言って空を見上げた。
「わー!すごい!何だか今年はとっても綺麗!」
妹が夜空を見上げて目を輝かせてそう言った。俺も見上げて、そうだな…と呟く。そこには今まで見たこともないくらいはっきりと星が一本の道を作っていた。俺はそれをぼーっと見つめる。あの人は会えたのだろうか。一番愛しい人に。苦しんだり、悲しんだりしていないだろうか。
「ねぇ、ひこ星様と織り姫様は会えたのかな?」
俺は唐突に聞かれ、驚いたがその問いにふっと笑って
「ああ。会えたよ」
 今日は七月七日。ひこ星と織り姫の約束の日。天の川を挟んで二つ、他のよりも一際輝く星が見えた。心地よい風がふわりと吹く。あの人の香りがした気がした。

 完

 僕の家は郊外の団地にある。学校から帰るには、長い坂を登らなければいけない。普段は、サドルから腰を浮かせてペダルを踏み込み一気に家の前まで登っていく。頭の中で秒針を刻み、「今日は50秒もかかった」とか「自己記録を更新した」といって一喜一憂するのが、ひそかな僕の楽しみなのだ。そんな僕が今日この坂道を自転車を押しながら登っているのは、ひとつは手袋を忘れたせいかもしれない。冬の冷たい空気が袖口から侵入してこないように、僕はゆっくりと歩を進めた。
 坂道はほぼ半分を登ったところで軽く左にカーブを描き、勾配をきつくする。僕は手を伸ばして押すようにハンドルを支えると姿勢を前傾させて自転車を押しつづけた。足元に視線を落とすと僕の白いズックが左右交互に視界に入ってくる。ペダルを踏んでもこの辺りが一番、辛いポイントだ。空気はさらに温度を下げている。鼻から吸い込まれた空気が肺の中に流れ込む様子が電子画像のようにイメージされる。首を少し傾げると、坂の途中にある公園が斜めになって広がって、ぽっかりと口を空けていた。人の姿はなく、錆びた遊具も夕闇に沈もうとしているようだ。僕は足を止めると、自転車のスタンドを立てた。かごに放り込んでいたかばんを手にして僕は公園の中へ歩いていった。
「ひさしぶりだなあ」
生活空間から追いやられていた遊び場は、ずいぶん小さくなっていた。今僕は中学校2年生。(今度の春には受験生の身分が待っている。)中学校に入学してから約20センチ身長が伸びたから、そう感じるのは当然かもしれない。
ここでよく遊んでいたのは、ほんの2、3年前のことだ。あの頃夕陽が沈むまで友だちと鬼ごっこや野球ごっこをした。冬になると日没が早まり、友達と別れた後で暗闇の中急に寂しくなって泣きながら家に帰っていった。そんな時涙をこらえて空を見上げると、西の空はまだ明るさを残してはいるが、茜色が天上に差し掛かっていくほど群青に飲み込まれいく。振り向くと東の空はすっかり夜の帳に包まれていた。
「一番星見つけた」
低い金網のフェンス越しに子どもの声が聞こえた。声のした方向に視線を向けると、母親と小学校2年生くらいの男の子が手をつないで歩いていた。男の子は西の空を指差しながら母親の顔を覗き込んでいた。男の子の表情は、一番星を見つけた誇らしさに満ちている。僕は二人から眼を離して西の空を見上げた。すると細い茜色と群青色の間、何色にもまだ染められていない空に宵の明星が輝き始めていた。今、裸眼で確認できる天体は金星と少し離れた位置にある三日月だけだ。これからは時間の経過とともに、二番星、三番星が現れるだろう。ただ、空一面に無数の星が散りばめられるにはまだもう少し時間がかかりそうだ。
「二番星見つけ」
僕は誰にともなく小さな声で呟いた。
金星の隣に星の輝きが浮かび上がり始めたのだ。
一番星のすぐ右に現れたのは木星だった。金星ほどではないにしても、何万光年も離れた恒星から届く明かりとは違い、まだ薄明るい空ではっきりと存在感を示していた。

 気が付くと僕は公園の入り口付近にある公衆電話に飛び込んでいた。生徒手帳を取り出して住所欄から西野春香の電話番号を探すと、ポケットの中のコインをありったけ投入口に放り込んだ。090で始まる11桁の数字をプッシュして、僕は受話器に耳を澄ませた。5回目の呼び出し音が途切れ耳元に春香の声が送られてきた。
「もしもし」
初めての番号からの着信だったからだろう、少し声の表情が硬い。
「もしもし嶋野です。今、公衆からかけてるんだ」
「嶋野君。どうしたの慌ててるみたいだけど」
春香は電話の発信者が僕だとわかって安心したようだ。
僕は、走った後の弾んだ息を少し落ち着かせた。
「今なにしてるの」
「塾から帰ったところだけど」
「そうなんだ。それじゃあ今から外に出て西の空を見て欲しいんだ。春香の家からだと…多分隣町の鉄塔の上あたりだと思うんだけど」
僕は春香に今すぐ星を見てもらいたくて、その位置を説明した。
「うんわかった。で、なにがあるの?」
春香は了解したうえで、そこに何があるのかを知りたがった。
「それはね…」
僕がそれを話し始めようとした時、最後のコインが落ちて通話が切断された。
「春香気付いてくれるかな」
そう思いながら、電話ボックスを出て空を眺めると、空は少し暗さを増して金星と木星、そして月の三つの天体がさらに輝きを増していた。その位置関係は、金星と木星が目、少し下にある三日月が微笑んだ口に見える。
「きっと気付いてくれるさ」
空に現れた笑顔が、僕を見ながら励ましていた。
僕は自転車を突いて空を眺めながら、夜の歩道を家まで歩いた。


「瞬、電話よ。西野さんていう女の子から!」
母の声が家中に響いたのは、夕食が済んで自分の部屋に行こうとした時だった。僕は体中に電気が走ったように一瞬立ち止まると、踵を返して電話機の元へ走った。
「可愛らしい子ね」
そういう母の手から子機を引っ手繰るように奪うと、廊下に出て耳にスピーカー部分をあてた。
「迷惑だった?」
電話の向こうで春香が笑っていた。
「そうじゃないけど…。女子から家に電話なんて初めてだから、少しびっくりした」
僕は春香に正直に言った。
「そうなんだ」
そう春香がいうと、僕は何も言えず数秒間沈黙が流れた。
「見たよ」
沈黙を破ったのは春香だった。
「空に浮かんだ『え・が・お』」
春香は思わせぶりな口調で続けた。
(やはり春香は気付いてくれたんだ。)
と、僕は心の中で叫んだ。
「見てくれたんだ。僕さ、最初に気付いた時、誰かに言いたくて必死で公衆電話まで走ったんだよ」
僕は平静を装って、その時の様子を続けた。
「それで、とにかく春香にって思って電話したんだけど、途中で10円玉がなくなっちゃった」
そこまでいうと僕は照れくさくなって笑った。
電話の向こう側で春香も笑っていたが、ふと笑いを止めると静かな口調で話し始めた。
「嶋野君の教えてくれた星座に名前をつけたよ」
星座は、夜空で位置を変えない恒星によって形作られるものだが、春香は太陽系の2つの惑星と地球の1つの衛星が作った偶然の配置を星座に例えたらしい。
「なんていう星座名なの」
春香は僕の質問にくすりと笑うと、少し間を置いて答えた。
「あのね…『ほほえみ座』」
僕は春香のネーミングがぴったりだと思って感心した。
「ねえ、何とか言ってよ。恥ずかしいし」
春香は僕に感想を催促した。
「『ほほえみ座』すごくいい名前だよ」
「ほんと?」
受話器のむこうで春香が微笑んだように思えた。
「うん。ほんとうに」
僕はそう答えると、春香と同じ時間に空を見上げることができたことに感謝した。
「嶋野君…」
「なに」
「今日は電話くれてありがとう。うれしかったよ」
そう言うと春香は「また明日」と言って電話を切った。母親からは「何の話しだったの?」と、しつこい質問攻めにあったが、結局は『ほほえみ座』のことを春香以外に話さなかった。夕空に浮かんだ2時間だけの星座を二人だけの宝物にしたかったからだ。

翌日学校へ行くと、クラスで一番元気者の山本良恵が誰かれなく問い掛けていた。
「ねえ、昨日の夕方の空見た?」
「どうしたの?なにかあったの」
好奇心旺盛な新藤加奈が、逆に良恵にたずねた。
「それがさあ、木星と金星とつきの配置が丁度ニコニコマークみたいになってたんだって」
良恵は空を眺めるような仕草で、昨日の『ほほえみ座』の話しをした。
「だって……っていうことは、あんたが見たわけじゃないの?」
加奈のつっこみに良恵は頭を掻きながら情報源を公開した。
「そうなんだよね。夜にネットで見たんだ。写真付きのブログでさ。あわてて外に出てみたけどもうお月様も沈んでてさあ。知ってたら絶対見てたのに」
そういうと良恵はさらに声を大きくした。
「だれか見た人いるんじゃない」
僕は振り向いて、斜め後ろの席の春香を見た。
春香は菜にも知らないような顔で笑っていたが、僕の視線に気付くと僕に向かって小さくウインクした。

エピローグ

『ほほ笑み座』が現われた翌日同じ時間に同じ空を見上げると、金星と木星の位置はほぼ同じだったが、月は随分と高度があがっていた。そのため三つの天体は、逆立ちして口をへの字にしたような顔になっていた。
 夜空にたった2時間だけ現われた星座が、今後僕の中でどんな意味を持つのかはまだわからない。できればいつまでも春香と語りつづけたいと願っている。2008年12月1日の奇跡を、二人が巡り合えた奇跡とともに。

(おわり)

「おい、ちょっと待て!」
「五月蝿い!こっちくんな!」
凍てつく風が冴えまくりの寒すぎな日曜の昼下がり、私はひょんな事から妻を怒らせてしまった。
頭に血が昇った妻は、私の制止を振り切って立ち上がり、下の階に住んでいる人たちに迷惑をかけるかのように、ズカズカと乱暴な足取りでリヴィングから寝室(私と妻との愛の巣カッコ笑)に移動、扉の鍵をロックして閉じこもってしまった。
当然、怒らせてしまった私は、すぐさま寝室の前まで移動。その扉の前で妻の説得に勤しむ。
「なあ、頼む、機嫌を直してくれ」
が、もちろん怒り心頭な妻の返事は、
「話しかけないでよ、馬鹿!」
という感じだ。
参ったなあ…………こうなったらコイツは酒が入った時よりタチが悪い。
この間も妻の下着を頭から被って遊んでいるのを見られてしまい、それから一か月程私の衣服だけを洗濯してくれなかったんだよな…………。
近所にコインランドリーがあって助かった。
とにかく、なんとかして怒りを鎮めさせないと大変なことになるぞ…………私だけが。
と、私が焦りまくっているそこに、事態を察知したらしいのかは分からないが、長女のさくら(ゴルフは出来ない。むしろ弓道部)が現れた。
「ま~たママを怒らせちゃったんだ…………」
吐息交じりの気だるい口調を紡ぎながら。
「そうだ」
ここは無難に答える。というか、状況が状況だったので、応答するだけで精一杯だった。
「そう。それで………今度は何をやらかしたの?」
「いや、今回は別に変なことじゃない。私はただ、母さんのパンテイーを頭から被ったら怒られたから、今度は普通に穿こうとしていただけだ!」
うむ、自信を持って、言いきった。さくらも納得してくれるだろう。
しかし、娘の反応は、私の予想を無残にも裏切ってしまう、意外なものだった。
「はぁ…………そりゃ怒るよ…………」
「そうだな」
前言撤回。悪いのは私の方だ。反省反省♪
さて、気を取り直して説得を続けるとするか。
私は、再び妻に語りかける。
「本当にすまないと思っている…………だから出てきてくれ。…………頼む」
「………………」
返事はない。
もう一度、呼びかけてみる。
「反省している…………この通りだ」
「………………」
う~ん、もう一回だけ!
「お願いします!」
「………………」
だめだこりゃ。
がくっという音が聞こえそうなくらいに、私は首を擡げた。
敬語使ってダメならもう無理だ。諦めよう。
「何?もう限界?」
扉一枚向こうにいる妻に謝りまくっている私を傍観していたさくらが、ニヤニヤしながら私に言った。
「ああ、無理だ。」
頭を抱え、項を垂れる私。
「おとーさんだいじょうぶー?」
と、そこに今度は長男の京志郎と、次女の柚(ユズ)が、騒ぎを聞きつけてやってきた。
「おかーさん、もうおとーさんをゆるしてあげてー」
現れるや否や、京志郎は早速我が妻に呼びかける。出来るムスコだ。
「………………」
が、京志郎の健闘空しく、マイワイフは依然として無言を貫いている。
「だめかぁ………」
しゅんとなる京志郎。そして息子のアンニュイな様子を見てきゅんとなる私。
おっとっと、いかんいかん。
思わずもう一人の息子まで覚醒させてしまうところだった。
っていうかそれどころじゃないじゃん。
皆にばれないように股間をスリスリと擦りながら、私は思った。
にしても、だ。
ほんとうにどうしよう?
どうやったら妻は機嫌を直してくれるんだろう?
「さくら助けて」
ここ一番で頼れる長女に縋ってみる。
ヤツの返答は早かった。
「あー、あたしパス」
さくらは両手を挙げて首を振った。
ちっ、つかえねー。
「ごめんね、おとーさん…………」
一方、説得に失敗した京志郎はすっかり落ち込んでしまった。
「いやいや、お前はよくがんばったよ」
私は京志郎の労をねぎらうように、先ほど股間を摩っていた手で、頭をぽんぽんと軽く叩いた。
というよりそもそも、これは私と妻の問題であって、子供達は関係ないんだよな。
これ以上、この悲惨な状況に関わらせる訳にはいかない。
「さあ、もう皆気にしないで、自分の部屋に戻りなさい」
私が子供達に向かって発言した、その時。

「これ…………」
今まで口を閉ざしていた次女の柚が、一歩前に出て、一つのカギを私に手渡した。
「これは?」
どこからどうみても、何の変哲もないカギだ。
柚は、これで私に何をしてほしいというのだろうか?
柚は続ける。
「今かーさんが入ってる部屋のドアのカギ――――」
ガチャガチャガチャガチャ…………
気づけば私は、寝室のドアの鍵を開けにかかっていた。
「…………」
そのあまりの俊敏な私の行動に、柚はもちろん、さくらも京志郎も固まってしまっていた。
かちゃん!
(キター♪)
カギを開けた私は、ソッコーで扉を開けた。
「凛ちゃ~ん、来たよ~」
寝室に入ることが出来た嬉しさで、もはや何の目的でこの部屋に来たのかも忘れた私は、2時間ぶりに妻を下の名前で呼びつつ、入室した。
妻は、部屋の隅に据え付けてある、寝室の洋服タンスの前に立っていた。
部屋に入ってきた私に感づいた妻が、私の方を見やる。
そして、私と目が合った瞬間、今度は私が動きを止めた。
「あ」
凄いものを見てしまったからだ。
妻が、私のボクサーパンツを頭に被っていたのだ。
その後、数秒間の沈黙が、部屋中を満たした。
やがて事態を把握した妻が、あわてて言葉を紡いだ。
「ああああ、あのね!これは、その…………違うの!」
「何がだ」
すっかり冷静さを失った妻に、私は敢えて対照的にクールな感じで突っ込む。
その様子をドアの外から見ていた子供たちが、一歩後ろに下がったような気がした。


その日、私は妻にあるプレゼントをした。
発水性と伸縮性に優れた、ハイクオリティなボクサーパンツだ。
気に入ってくれると、いいな。
同時に、これから一か月の間、妻の衣服は我が家の洗濯機では洗たくしないことにした。
コインランドリーはこのマンションを出て、すぐ近くにある散髪屋の正面にあるぞ、と。


(完)