「ありがとうございましたー」
常に微妙なテンションの定員さんの挨拶を聞き流しながら、私は最寄りのコンビニを出た。
その手には、ややアルコール度数の強いビール缶が4、5本程、そして、ピーナッツなどのおつまみ類が入ったビニール袋が握られていた。
どうも今夜は寝付けない。
他の家族は既に、ネヴァーマインド絶賛突入中の訳だが、どうやらなぜか私だけ仲間外れにされてしまったようだ。
まあ、夢の中でなくても、日常でも仲間外れにされているような感じはあるけどな…………
まあいい。
こんなことを考えても涙が出てくるだけだ。
とにかく、今は帰って酒でも呷って、この冴えた眼と脳を落ち着けたい。
早く、あの頭がボーっとするような、なんともいえぬ感覚に浸りたい。
「いま何時だ?」
私は外出の際は常に装備している、某有名人も付けているという高級腕時計(って言って売ってくれた胡散臭そうなオッサン談)を見やった。
「………12時3分……か………」
もう日も変わってしまったようだ。
参ったな………明日、いや今日も仕事だというのに。もう寝なければ仕事に支障が出るかもしれない。
とにかく、急いで帰ろう。
それまでゆっくりと歩みを進めていた私は、歩幅を大きくし、早足で進みだした。
それにしても、こんなに夜更かししているのも久しぶりだ。
よくよく考えてみれば、私はそうダラダラと夜遅くまで起きている人間でもない。
特にすることが無ければ、とっとと寝てしまうタイプなのだ。
「今夜は一体どうしたというんだ?」
さっきから独り言多いな。
疲れているのか?
「………………………………」
ただの考えすぎか。
「?」
そうこう思考を巡らしているなか、私はふと、足を止めた。
10~15メートル程前に、何かがあることに気づいたからだ。
それはまるで、私の行く手を遮るように、屹立していた。
さらによく見ると、どうやらそれは小学生低学年くらいの幼じょ………じゃなくて少女に見えた。
暗くてよく分からなかったが、その少女は黒っぽいパジャマのようなものを着ていた。
そして、その少女も、私の方を見ている(ようにみえる)
だが………なんだろう、この感じは…………
何か、寒気がする…………ような気がする。
(何だ、この娘は………)
何故、こんな真夜中にこんなに小さな少女が外を出歩いているんだ?
というか、何故私の前に突っ立っているんだ?
とにかく、最近は何かと物騒なので、早いところお家に帰してやろうと思い、親切心から、私はその少女に話しかけた。
「なあ、お譲ちゃん。こんな夜遅くに何をしているんだい?」
が、少女は依然として、私を見たまま、何も言わず、ただそこに立っていた。
まあ、いいさ。最初はそうだろう。
いきなり知らないおじさんに話しかけられても、たいしたレスポンスは出来ないだろう。
かまわず、私は続ける。
「早くお家に帰りなさい。夜はどんな人が闊歩しているか分からないぞ」
と、できる限り優しい口調で、かつ言葉を選んで、発言した。
その気遣いが実ったのか、ようやく少女は口を開いた。
「おなかがすいたの」
少女は言った。
「そうか………」
と、私は相槌を打って、その一瞬のうちに、次の言葉を考える。
が、少女は予想外にも、私がそんなことを考えているうちに、再び言った。
「だから、さがしにきたの」
すばやく、私は、反応する。
「そうか………でもね、お譲ちゃん。お腹が空いてて食べ物を探すのに、何でわざわざ外に出る必要があるのかな?」
と、今度は少し強い言い方をしてみた。
「おうちには、もうたべものがなかったから」
………ん?なんだって?
私は、少し言葉に詰まった。が、すぐに言葉を返す。
「ああそうか。それなら、おじさんが今ちょうど食べ物もってるからさ、それをあげるよ。だから、もう帰りなさい」
といって私は、ゆっくりと少女との距離を詰めながら、手にしていたビニール袋に入っていた、この後食べようと思っていたツマミのうちの一つを、少女に差し出した。
「いいの………?」
少女は近づいてきた私を見上げつつ、言った。
近くで見てみると、少女は透き通るような白い肌をしていて、端正な顔立ちをしていた。
(ちょ……かわいい!)
かなりタイプだ。
知らずと、口元が緩んでしまう。
「?」
私の変化に、少女は不思議そうな顔をする。
あ、しまった。
平常心、平常心。
深呼吸を一発ほどかました。
その直後、念のため、もう一発。
そして、改めて少女にそのおつまみを差し出した。
すると、少女は私を見上げ、ここで初めて微笑みを見せた。
そして、すこしの間のあと、私に向かって感謝の言葉を贈った。
「ありがとう。それじゃあ、いただきます」
と、少女は差し出した私の手をすり抜け、そして――――――
「グッ!!!」
突如として遅い来る、腹部への、激痛。
私はうめき声とともに、その場に膝をついた。
私は、今ここで何が起こっているのか、理解できなかった。
その激痛の原因が少女の放った拳なのだから、なおさらだ。
「お譲ちゃん……………これは…………どうゆう――――」
私が言い終わる前に、今度は左側頭部に衝撃を受けるとともに、私の頭が、胴から千切れ、その千切れた首の部分から夥しい量の鮮血を迸らせながら、どこかに吹き飛んでしまった。
私の意識は、そこで切れてしまった。
後に聞こえたのは、生物の肉を噛みちぎるような、グシャッ、グシャッ、というような音と、何か硬いものをかみ砕くような、ゴリゴリという不快な音だけだった。
「ごちそうさま」
(完)