1~
私は人間に「ネコ」と呼ばれる生き物だ。
名前なんてものはないし、そんなもの、人間が勝手につけているだけだ。
そして私は人間に「クロネコ」というものとして、今までひどい目にあった。
でも私としてはそんなことはどうでもよかったので、気にしていない。
明るいときでも暗いときでもなにもせずに、ただぼーっと
人間が行きかう風景を眺めている。
最初のうちは見慣れないものに興奮を覚えたのだが、
とてもながい間がたったせいか、いつの間にか興味が失せていった。
こうも長い間特に生きている意味も見出せずに、こうして過ごしている私。
だけど、そんな中でも、最近ようやく見つけたものがある。
それは、ある暗い日に起こったことだ。人間の言葉で言う「夜」のこと
あの時私はたまたま起きていて、なにもするわけでもなくぼーっと空を
見ていたときだ。そらに輝いていたもの全てがものすごい勢いで流れて
いくのを見たのだ。今まで色々な人間や風景を見てきて、もう初めて
見るものなんて何もないだろうと思っていたのに
そしてこれは久しぶりに感じた「興奮」そして「興味」だった。
しかし、「その流れるもの」はどんなものなのかは知らなかったし、
なんていうものなのかもわからずにいた。勿論、最初のうちはそんなもの
どうでもよかったし、気にも留めなかったが、いつしか気になり始めていた。
そんな時に、いつも私が居座って空を見ていたときのことだった。
一人の人間が、私の横に座ってきたのだ。

2~
私自身が今までこの人間にいつもひどい目に合わされてきた、が、
そんなことはどうでもよかったし、たまに親切な人間もいることを知っている。
どうやらこの人間は後者のほうらしい。現になにもしてはこなかったが、
独り言なのか、私に話しかけているのかはわからないが、語り始めた。
「この間は、すごかったなぁあの流星群は」
りゅうせいぐん?なんのことだしばらくはなんのことだかわからなかったが、
しばらく考えるうちに、私が求めていた「答え」のことだと気づいた。
そうか、あれは流星群、っていうものだったのか
「次にあれが来るのはいつだったかな?」
ん?いわれてみれば私はあの日から毎日欠かさずに空を見上げているが、
流星群が出てくることは、一向になかったもしも、あれっきりだったら、
たまたま見ることができた私は、とても幸せなんだろうか?
それとも、そんなことを私が考えてもしょうがないことなんだろうか?
やれやれ生まれてからこの人間と長くいすぎたせいなのだろうか
考え方が人間くさくなってきているのかよく仲間達にも言われることだが
お前も、もう一度見てみたいんだろうあの流星群」
!?なっ急に話し掛けられてびっくりしたでも、そうだな。もし、
もう一度見られるなら、見てみたいな、あの流星群を
結局、その人間の男はそれっきりしゃべらずに、ずっと空を眺めていた。

3~
その日からあの男が毎日の夜に来るようになった。
その男は―――と名乗った。だが猫である私によくもまぁそんなこといえた
ものだと少し呆れてしまった。それこそ最初のうちは少し離れて空を眺めている
ばかりだったのが、ここ最近は近くに腰を下ろして見てはこうやって話し掛けて
きているので少し困っているところだ。別に敵意は感じないので逃げる事はしない
が、かといってこう話し掛けられるのは少し、違和感を感じずにはいられなかった。
だがこの違和感は、私にとってはいやな感覚ではなく、むしろ
気づいたときには、私は自分でその男の膝の上で空を見るようになっていた。
だんだんと寒くなっていく周りとは違い、その男の膝の上はとても、暖かく感じた。
男はよく私に空に浮かんでいる物、星の事についていろいろと語りかけてきた。
星と星を線で結ぶと人や動物、物のように見えて、それを「星座」というらしい。
お前の大好物の魚の星座もあるぞ、と言った。別にそんなに好きではないがな。
それ以外にも、男が今画家としてここにいる事、貧しくてもがんばっていること、
もうすぐ冬本番が近づいている事等、膝の上で包まっている私に語りかけてきた。
いつもなら人間なんてどうでもいいものだと思っていたが、この男は特別なんだと、
少し、考えが変わっていったのは言うまでもない事だった。
そして、風が本格的に寒くなって、私たちにとって一番苦手な冬が来ようとしていた。

4~
ある日、いつものように夜空を眺めていると、男がとてもうれしそうに走ってくるのが
みえた。いったいなんだと思っていたら、いきなり私を抱きかかえてきた。
「おい!お前にとっての朗報を持ってきたぞ!!」
いったいなんだというのだろうか?猫なんかにとっての朗報とは
「12月25日、つまりクリスマスに流星群が来るらしいぞ!」
それは願っても無い事だった。もう一度見てみたかった流星群。
それがとうとう見る事ができる。こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか
「12月25日」「クリスマス」がなんなのか私にはわからないが、
この男は来るだろうから、いつになるかわからないけど楽しみにしていよう。
その次の夜からはいつ来るかいつ来るかと、気が遠くなってるんじゃないかと
思うほどに長く感じてしまった。今までは昼と夜の繰り返しの中、何もすることが無く、
ただ呆然と過ごしてきた私にとって、それは苦しいものではあるものの、嫌いになれない、
そういったものを感じながら、流星群を見れる夜まで待ち続けた。
勿論男は毎回夜になるとやってきては、私を膝に乗せて夜空を眺めていた。
そして、男が流星群が来るぞといってから30回くらいの夜、いつものように、
いつもの場所で、夜空を眺めていたときだ。そろそろ来るころになっても、
男は一向に姿を現さなかった。雨の日以外は必ずといっていいほど来ていたあの男が、
一体どうしたというんだろうか?そんな事を考えながら夜空を眺めていた。
それからどれくらいたっただろうか最初は低かった月の位置がもうずいぶん高い所まで
あがって来たなぁと思い始めたころ、
男がようやくやってきたのだ全身に傷を負いながら
ヨロヨロしながらも私のそばに来て、ゆっくりと腰を下ろした。
「ははは流石にきつかったな、ここま、で
そう呟きながら、ゆっくりと私を膝に乗せた。
男の話によると、今日もいつものように自宅で絵画を書いていたとき、
いきなり激しくノックを叩く音借金とりがやってきたらしい。
今回はいつもよりも激しい音どうしようもなくなってしまった男は窓から逃げ出した。
そして、体中傷だらけになりながらも、ここにやってきた、と話してくれた。
「今までの事が全て返ってきたからだな自業自得ってやつかな
そう呟く男の笑顔は、いつのまにか、影が差していたように思えた。
今日で、お前ともお別れかも、な
そういいながら、私の頭をなでる男。いつもより少し冷たい手で、
いつもよりもやさしくなでてくれた。
「だから、っていうわけじゃないけどお前、名前ないだろ?」
名前、か確かに今まで人間とこういうふうに過ごしてきたわけじゃないので、
そんなもの持ち合わせてはいない。
「だからさ、とても自分勝手で悪いけど、俺の名前をやるよ
 お前に、とっても合ってると、思うしな
そういいながら男は自分のズボンのポケットから小さくて赤い首輪を取り出した。
それを私の首に巻いて、そこについていた銀のプレートを見て、目を細めていた。
「こんなものしか、お前にしてやれる事は無いのかもしれないけど、受け取ってくれ」
なんだかいつもよりも自分勝手で、受け取るも何も勝手につけといてなんだ!
とも思えるが、いつもとは様子の違うその男のさびしげで儚い笑顔をみたら、
そんな考えは、どこかに飛んでいってしまった。
「さて、これで思い残す事は、このあと飛んでくる流星群だけ、だな」
そういえばそうだった。流星群、今日飛んでくるのか
私にとっての願い、「もういちど、流星群を見たい」という、人間からすれば
そんなとても簡単な願いだが、私にとってはとても大切な、かなえたい願い。
この男も同じだったのだろうか。こいつも自分勝手なら、私も自分勝手だな
こうやって、同じ願いだと、自分と重ねてみているのだから。
そう、思っていた頃だった。頭上から一つ、流れ星が降ってきた。
「お、来たかとうとう」
そう男が呟いた、その時だった。
この間見たときの流星群とは比べ物にならないくらいの流れ星達が、
瞬く間に流れては消えていくその凄まじくも儚げなその光景が、
私と、その男の瞳に焼きついていった。
その光景が終わるまで、どれくらいたったのだろうか
私には今までで一番といっていいほど長く感じた。それほどにすごい光景だった。
最後の流れ星が落ちたのを見た後、なぜだか急に眠気が襲い、そのまま意識が
遠くに沈んでいった

5~
その後に起こった事は、私はあまり思い出したくは無い
現在、あの場所は、青いきっちりとした人間だらけで、私にとってそれはとても
不快な場所になってしまったせいだ。他にもあるがやはり思い出したくない。
あの日のよる以来、私は夜空を眺める事をあまりしなくなっていた。
なぜなら、あの「流星群」を見て以来、あれ以上の光景を見る事はもうないだろうと、
勝手にあきらめて、またいつもの日々を送ろうと思ったからだ。
私は、人間に「猫」とよばれる存在だ。
名前は、私に流星群やそのほかにもいろんなことを教えてくれた男の名前。
だからというわけではないにしろ、少し気に入っている。
首輪をつけているから飼い猫みたいに見られるので、
以前よりもひどい事はされなくなったっていうのも、少しはあったりする。
まぁ、時々親切な人間に抱きかかえられて、私の飼い主を探したりされるのが
玉にキズっていうものなんだがな

                               ~おわり~