「この子どうするかな…」
部活動で作ってしまった一つのプログラム『DOLL』。画面の中だけで存在できる架空の人間。もちろん知ってる人間は僕しかいない。開けないようにパスワードもかけてあるし。ゲーム感覚で作ってみたのはいいものの…どうしよ。
「少し…遊んでみるかな…」
それが悲しみの第一歩だった。学校の中だけで会える『DOLL』。僕はプログラムをいろいろといじっていき彼女に声をつけた。イラストをつけた。イラストだけじゃもの足りなくなってきてアニメーションもいろいろつけた。その時点で僕は狂っていたのかもしれない。画面の中の彼女に…。

『外の世界はどんな感じなの?』
「えっ?」
唐突の質問に僕は戸惑う。彼女には学習機能がつけてあるためこちらが教えたことをすぐにプログラム化、記憶する。そのおかげか最初に比べていろいろと話せる様になっていた。
『外の世界って…あなたの住んでる世界ってどんなかんじなのかな?』
「……」
僕はどう答えようか困った。僕自身にとって現実の世界は面白くも楽しくもない。出なければこんなふざけたプログラムなんて作るはずがない。でも…せっかく作った純粋な子『DOLL』。そんな子にこの世界の真実を教えるわけには行かない。
「……楽しくて綺麗な世界だよ」
僕は声も出さずに答えを打ち込む。彼女にはまだマイクの機能はつけてない。だから彼女の声は知っていても彼女は僕の声を聞いたことはない。でも僕はこのときだけマイク機能をつけてないことに感謝した。
『そう。見てみたいな。マスターの世界』
……そういやカメラ機能もつけてなかったな。いつかつけるべきか…いや…彼女にこの世界は見せるべきではない。この穢れきった世界を。
「いつか見れるよ。僕を信じて」
『ホント?』
その一言に心が痛む。
「本当さ。僕が君に一度でもウソを付いたことがあるかい?」
画面の中の彼女が首を振る。その様子に少しほっとした。癒される。
「じゃぁ、僕もう帰らなきゃ」
『もうそんな時間なの?』
悲しそうな顔に少し苦笑する。
「自分の時計を見てごらん」
『あっ!!』
慌てて腕時計を見てため息をつく彼女。
『時間が止まればいいのになぁ』
「……そうだね」

それが僕が見た最期の綺麗な彼女……。

翌日僕は部活を理由にPCを起動させ彼女を起動させた。
「今日は何を聞いてくるかな…」
少し待った後にメッセージが出る。

『『DOLL』を起動します』

「ん?」
見たことのないメッセージ。そんな機能をつけた憶えは無い。
「うわぁ!!」
隣の職員室で悲鳴が上がる。悪い予感がした。
「どうしたんですか!?」
ひょこりと覗き込むとそこには僕のつけたPCに出ているメッセージ。

『『DOLL』を起動します』

「作業中にいきなり…」
「見せてください!!」
僕はPCに駆け寄り強制終了させようとキーボードに手を伸ばした。その瞬間…

ぶぅぅん―――――

職員室の全PCが起動する。
「なっ!?」
慌ててPC室に戻りPCを確認する。その全画面に映し出されるメッセージは…

『どこにいるの……マスター』

暴走……。その一言が頭を掠めた。学習機能が過剰に作動してしまってる。いや、本来なら過剰作動はしないはず。ちゃんとプログラムの中に過剰作動時の回避プログラムを入れ込んだはずだ。
「クラッカー……」
クラッカー。世間の人がいう『ハッカー』。パソコンに長けその知識を悪いほうへ使う人のことをクラッカーという。
「防衛プログラムを作っておくべきだった…」

『マスター……どこなの?』

「ちぃっ!」
最初につけたPCの前に座り彼女に話しかける。
「どこにいる?」
話しかけて少したった後に彼女はこう答えた。
『わからない。迷子になっちゃった』
画面に映るのは彼女の部屋。僕の作り出した彼女の生活スペース。しかしそこに彼女はいない。
「……このままじゃ」
彼女の学習機能はネズミ算の要領で増えていきここのPC全部のメモリを占拠してしまう。タスクマネージャで確認した現在の使用領域は70%。後30%増えたら…どうなるか。
「PCが壊れるか『DOLL』が壊れるか……か」
確実に前者の可能性のほうが高い。だが……。僕は震えながらサーバのPCにさわりメモリの使用領域を確認する。そこに映された使用領域は……。
「……100%」
なぜかはわからない。なぜ作られたPCのメモリが使われてないのかがわからない。たぶん彼女の中の学習機能がそうさせているのかもしれない。

『マスター…こわいよ…』

画面に映し出される彼女の叫び。でも彼女はここにはいない。僕には何ができる?
「ハハハ……」
出てきた答えはひとつ。彼女を……
「0と1にするしかないじゃないか」
彼女は今最強のウイルスとなってる。どんなワクチンソフトも効かず対抗ソフトもものの一秒で無効化されるだろう。学習機能のせいだ。彼女に止めをさせるのはただひとつ。元のファイルを消すしかない。その方法は……自滅。
「メモリは…」
大丈夫。まだ70%から変わってない。僕は彼女を作り出したプログラムソフトを起動させる。これで73%。

『助けて…マスター…』

「今たすけてやる」
僕は黙々とパソコンに向かう。作っているプログラムが完成するには考えの中では2時間といったところだ。メモリの増加量から考えたPCの崩壊時間のリミットは6時間。まだまだ時間はある。いくらクラッカーでも彼女を止めることはできないだろう。自分で暴走させた相手にPCを食われたのだから。今の彼女が何処まで肥大化してるかは想像できない。でもやるしかない。彼女を苦しみから救うにはそれしか考えられなかった。
「その苦しみから解放してやる……」
今は無心にPCに向かうだけ…

そして二時間後……
「できた……」
彼女を自己崩壊させるプログラム。後は実行させるだけ。エンターを押せば終わる。
「いまその苦しみから解放してあげる」
エンターに指を置き力をこめようとする。そのとき画面に彼女からのメッセージが……

『キエタクナイ……あなたといっぱいいっぱいしゃべりたい……マスター』

「……っ」

『……だから……タスケテ』

僕はなにも言えなかった。彼女からの助けの声に何も反応できなかった。

『マスター……会いたいよ』

メモリを見て僕はプログラムを一時停止状態にさせておく。
「おいで…」
『マス…た…?』
「発信源をたどっておいで。できるだろう?」
数分の後彼女の部屋に彼女が現れる。彼女に初めて目と耳を与えた。
「僕が見えるかい?」
『あなたは?ダレ?』
そういや一度も僕の姿を見たことはなかったんだっけ。
「君を作り出した人間」
『マスター?』
ゆっくりと首を縦に動かす。
「そして……今から君を消す人間」
『……えっ?』
その一言にメモリが一気に侵食される。意味を理解しようと努力しているのだろう。
「君を救う方法はひとつしかない」
『ひとつ……』
「君をこの世界から消す……消滅させる」
メモリが少し減った。言葉を受け止めたのだろう。
『マスター……私、要らない子になっちゃったの?』
「いや…僕にとって君は」
僕にとって彼女は……。先が出てこない。なんていえばいいんだろう。心の支えとかそんなんじゃなくて…
『マスターにとって私は…?』
「僕にとって君は……」

再びの沈黙。

『……マスター?』
おずおずと彼女がたずねてくる。僕は決心して口を開いた。
「だいじなだいじな『人』だ」
『ヒ…ト…?』
こくんとうなずく。今まで彼女と接してきて感じたのは彼女の存在の大きさ。彼女の存在の大切さ。…そんな彼女を消す。僕のこの手で消滅させる。
「最初はただのプログラムだった。でも触れ合っていくたびに君が人にしか見えなくなってきた」
『マスター…』
視界がゆがみ始める。
「僕は…僕は…君をけしたくない」
一分でも一秒でも長く彼女を感じていたい。でも残された時間も少ない。あと数時間以内で消さなければ世界中のネットワークにつながれたPCが崩壊する。
「ぼくは…」
『マスター…私は、楽しかった』
「えっ…」
『私、いろんなところ見てきた。マスターの言った綺麗な世界』
僕は彼女の言葉に聞き入った。彼女が見てきたこと、不思議に思ったこと。
『でも見ていった世界にマスターはいなかった……そう思うとさびしくなって怖くなった…』
彼女は画面の中で小さく座っていた。そんな小さな彼女を僕は不意に抱きしめたくなった。でも…
『私は所詮人の真似事しかできない。今泣いているあなたの心を癒すこともできない』
彼女はゆっくり立ち上がる。顔をこちらに向けにこりと微笑んだ。
『だから最期は…』
近くのパソコンから煙が上がるメモリが焼け付きかけている。もう限界だ…。
『笑顔であなたとわかれたい…』

『アナタノテデ…ワタシヲケシテ…』

僕はゆっくりとPCに近づく。最小化させていたプログラムを立ち上げる。
「エンターを押したら君はきえる」
『うん』
「僕は二度と君に会えなくなる」
『……うん』
「……っ!」
指が震える。隣のPCから火花が散った。隣のPCは二度と使えなくなってしまった。意を決してエンターを押した。

『プログラム作動…『DOLL』内でエラーが発生しました』

エンターを押して一分後に『DOLL』は消滅する。
『マスター泣かないで』
「そうだね」
僕は涙をぬぐう。最期は笑顔でわかれよう。
「そういや君に名前をつけてなかったな」
『え?』
「名前」
彼女の背景が消滅する。彼女の周りには黒い空間が存在するだけ。
「君の名前は……雫」
『シズク?』
彼女の半身が消えた。
「うん。雫だ」
『シズク…』
彼女の目から涙が零れ落ちる。それにつられて再び僕の視界が歪み始めた。
「それじゃ…」
もう首だけしか残されていない彼女に僕は微笑む。
『それじゃ…』
その一言を残して彼女は消えた……。

『『DOLL』内で深刻なエラーが発生、復旧不可能です』

そのメッセージを見て僕はPCをシャットダウンしようと手を伸ばした。無機質なシャットダウン画面を見つめる。僕は…

『マスター…アリガ…ト…ウ』

『サ…ヨ…ナ…テコ璽/:*-//+』

――――プツン



END