「なぁなぁ、ボスは?」
クマンバチ団の仲間の1人が、他の仲間に言う。
「さぁ?昨夜から、姿をお見せになっていないよ。なんでも、イタリアに留学中だとか」
「夜から?」
「夜の便で、発ったんじゃないの?」
「でも、なんで、わざわざ夜に発ったんだろうね?」
「知るかよ。ボスには、ボスなりの考えがあるんじゃないのか?」
「フーン」
「そういえば、ボスは、イタリアに仲間がいるとかおっしゃっていた。ソイツは、ドイツ語が、ペラペラだそうだ」
「イタリアにいるのに?」
「馬鹿。イタリアにいるからイタリア語を喋るとは、限らないだろう。ソイツは、ドイツから、イタリアに留学してきたらしい」
「運命の赤い糸で、結ばれているのかしら?」
「恋人同士の出会いじゃないんだから。単なる友達だって、言ってたよ」
「フーン」
「もしかしたら、ソイツから、悪知恵を授かってくるんじゃねぇの?」
「え?」
「ボスは、こうもおっしゃってた。『ワシの友達は、神だ。上はいないが、下はいる。ワシも、下の1人だ。ソイツが、ワシに指図をすれば、たとえどんな命令であろうとワシは実行する』」
「なんか、意味深なご発言だね」
「だよな。じゃあ、『仲間を裏切れ』って言われたら、裏切るのかって話」
「俺だったら、殺されても裏切らないね」
「俺も」
「ボスが神に仕えてるなんて今まで知らなかったけど、昔、初めてボスの口から聞いたよ」
「俺は、お前から聞いて、初めて知った」
「ボスは、なんで、神に仕えるようになったんだろう?」
「さぁ?ボスが帰ってきたら、きいてみたら?」
「俺、殺されるよ」
「秘密さえ、守ってればいいんだ」
「俺、自信ない」
「じゃ、あきらめろ」
「そうだな」

「やれやれ。イタリア語しか勉強してないから大丈夫かと思ったけど、相手が神でよかった。なぜか、アイツと話してると、他言語も分かるんだよな」
<それが、神の力さ>
「?」
ふり向くと、1匹の鹿がいた。
<お前は、神の力で、なんでもできるようになったんだ。だけどな、交換条件として、『仲間を裏切る』が与えられたんだぜ。もし、交換条件を果たさなかったら、裏切り者として斬首刑にされるんだぜ。それでも、お前は、あの神の言うことに従うのか?>
「うるさい!お前の知ったことじゃない!」
ボスは、ピストルの引き金を引いた。鹿の首筋から、血しぶきが飛んだ。鹿は、その場に倒れた。
<よくやった。私の言うことに背くものは、誰であろうと殺るのだ>
灰色の鹿の通信が、ボスの頭の中に響く。
「かしこまりました」
<待て・・・!>
<おや。息絶えてはいなかったようだな>
「もう1発、ぶちかましましょうか?」
<いや、ほっとけ。そのうち、息絶えるだろう。お前のピストルに、撃たれたものは、たとえ神であろうと息絶える術をかけておいたからな>
<お前・・・その言葉を忘れるなよ・・・!>
<ああ、忘れない。お前が死ぬまでな>
撃たれた鹿は、次第に、目の光が細くなっていった。
「旦那・・・今のご発言・・・撤回したほうがいいですぜ・・・」
<うるさい!>
「旦那・・・こう言ってはなんですが・・・旦那も・・・」
<私は、そんなものではない!さっさと、命令を実行するのだ!>
「・・・・・」
そこで、灰色の鹿の通信は、途絶えた。
「旦那・・・後悔しないでくださいよ・・・。後悔先立たず・・・ですからね・・・」