初期キリスト教会の2大学派としてアレクサンドリア(アレクサンドリア学派)とアンティオキア(アンティオキア学派)があります。
アレクサンドリアではクレメンスが「ディダケー」を用いており、アンティオキアではイグナティオスが日曜礼拝に対する堅い決心をしているのであれば、初期キリスト教会ではすでに広く一般に日曜礼拝を行っていたことは疑いようがありません。
 
さらに新約聖書の中においても、すでに日曜日の礼拝が行われていたことが分かります。
 
 
使徒20:7
週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。そのときパウロは、翌日出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。
 
週の初めの日というのは、もちろん日曜日です。
 
 
Ⅰコリント16:2
私がそちらに行ってから献金を集めるようなことがないように、あなたがたはおのおの、いつも週の初めの日に、収入に応じて、手もとにそれをたくわえておきなさい。
 
日曜日には収入に応じて手元に献金を蓄えておくように伝えています。
ここでも日曜日における集まりがあったことを前提としてパウロが話していることがわかります。