しんじゃうかと思った。

今日は陽子線治療をした病院の診察日だった。

そこで先日の報告をしているとき、主人の口からでた言葉がそれだった。

ふ…ふざけんな!と結構動揺した。

そんなんなら、私は救急車を呼ぶための電話はしたと思う。

結果的に来てもらえる判断をされるのか、

来ても帰ってしまうのかは、私には分からない。

再び担当の先生は変更され、もはや自分に息子がいたら、そんなぐらいの年格好なのかな。そんな若い先生なのだけど、先生いわく、そんなときは電話はしてもいい、自分で決めなくてもいいんですよ、と。

そうなんだ…そんな簡単なことも、そのときは思いつかなかった。

先生っていう仕事はすごいなぁと思う。

ありがたい。

車酔いして片道2時間かけ、15分程度の診察は終わった。何だかここまできた甲斐がある。

少し早いが今年一年(この先生はまたま2回だけど)最後の診察なので、お世話になったお礼の言葉をのべ帰路についた。


10秒だって、目安。

それ以上意識なかったら救急車呼んでだって。

そう覚えておこう…

けど3度目はもう嫌だ。

わたしは虚弱だけど意識を失うだなんて経験はない。苦しい痛い怖いと絶対意識を失うなんてことはない。

主人は逆で。

ちょこっとムカムカしたら、自分で指で げーってしてケロッとするようなタイプ。

これどっちがいいんだろう。


名前をよばれ起こされたのが2時前

いまは主人は寝てる。

けど私は緊張でとても眠れない、いま午前2時55分。

主人は先週の木曜、咳の症状があり。

金曜土曜日とも微熱と、倦怠感な微妙なコンディションで。

それと

金曜の夜からは、病院でまだ血圧が高い、更に下げろう、と薬を追加され、内服のタイミングも夜に変わったとこだった。


2時前だったろうか。わたしは起こされた。お腹がいたい…って。

そんなことで普段は起こさない。おかしい。

最初、食あたりか?とトイレに通い、これで3回目だと言いながらトイレに入っていった。

凄まじい吐気で目が覚めたんだ、めまいもある、さすがに救急車?、もしかしたらまた意識を失うかもしれない、なので私を起こしたらしい。


いまは落ち着いて寝た主人と。

私はと言えばパニックで検索しまくり、どうやら食あたりではなく血圧低下だろうと考えが至ったものの、なんだかんだで神経ピリピリ。

主人はがん治療直前に体調を崩し、あとにして思うとトイレの直後(でる時すでに→スリッパが滅茶苦茶だったから)低血圧で廊下で倒れた。あのときも、おなかを数日壊してた。まえもって飲んでいた薬が合わなかったのか、連日低血圧になっていたことに、当時は毎日血圧を測る習慣がなく、気が付かなかったのだ。


バタンと倒れ意識がなくなった。あのときのことが頭をよぎったらしい。あのときも凄まじく不安で。あとから思うに救急車をよぶか、相談の電話をするべきだった、混乱して思考が止まっていた。

いま、新聞配達の音が聞こえる。

わたしも寝ないとまた私自身がめまいを再発させてしまう。


こんな夜はこれからのことを考えてしまう。

ふたりで生活しているが、年齢差がかなりある。

無職、虚弱の私。

これでは自分も主人も守れないと不安で頭がいっぱいになる。

生きることは、その日に着実に1日進むことじゃん、なんて頭がいっぱいに落ちこむ。


緊張でまた私もトイレに行きたくなってきた。

主人は十分のあいだに二階も一階のトイレも使ってて。

当初、食あたり?ノロ?と疑問視していたので、さっき行ったら換気扇もついてない、窓もしまってる。

泣きたい!となった。


(明日の朝)には、ほんの3時間もない。寝なくては。

みんなにも私にも朝が待ってる寝なくては。


追記2025/11/18

今日は朝まで眠ることが出来た。

良かった…。

朝一番で循環器内科の先生へ電話をした。上の血圧が90台なら、薬を減らす必要はない。電話では先生からの伝言として伝えられたらしい主人だった。

昼間を1回だけ90は下回ったんだよね…

心配だった。

ふたりとも、癌治療の前の、あのときのことで記憶が戻されてしまった。

あんなに、強かった主人はこれからどうなっちゃうのと、こわい。


追記2025/11/19

病院で、引き続き内服をと言われ、本当にこわかったんだけど、悩んで結局薬は同じ量を飲んだ。

どうなってしまうのか、また昨日と同じだったらどうしよう…と思ったけど大丈夫だった。2日大丈夫だった。

けど本人、意識失うかと思った、また前みたいに倒れるかと思った、と落ち込んでいる。

わたしは、救急車よぶべきだったのかな。


それにしても、長年無理をしてきたツケというか。そおっと大切に1日1日を過ごさないといけないなと痛感した。


6月は怒涛のスケジュール三昧で。

父の納骨を皮切りに、ま〜出費につぐ出費。修理につぐ修理…。人生でローンを組む選択肢以外でこんなに物入りなことがあろうかというぐらいだった。(まだ前半、明日から出費は続くもはや月々からの捻出は不可)

私は仏事にかなりかなり疎く、質問したくても質問するべきことが分からないぐらい疎い。

わたしは(おにしさん)らしい。

それはなんだろう?

中年なのにそこから分からない。

浄土真宗の西、ということらしい。

祖壇納骨と無量寿堂納骨?一座経??ほんとうに分からない。

どなたか知識のある方に教えてほしい。

難しいのは、お寺さんに聞けばいいと教えられるも。本音をいえば、わたしの代ではなく、そのあとをと考えると、どの選択肢があるのか…そこを母のまえでは聞きにくいことだ。お寺さんに聞くのが一番だが、それだってお寺さんにも立場がある。

非常にちんぷんかんぷんだ。

あとから呆れられたが、京都に車でいくのは正気の沙汰ではなかったらしい。

あげくとてもレアなことだったのだけど、前もって「大谷本廟の駐車場には停められない」らしいが、

そんなわけで本願寺に車をとめたものの、まだ向こう空いてますよとアドバイスしてもらえ、そこに停めることすらできてしまった。


そんな私…

手の関節が痛い。激痛だ。

去年から違和感はあったがここ数週間…凄まじく痛い、第二関節全てが痛い。

も〜痛い。さすがに病院に行こうと思っている。

延々主人に対して、循環器内科に行ってほしい事案があり、延々…1ヶ月くらい説得を続けてきたが、もう待てない。自分のための病院に行くことにする。

運転はできないので悶々とバスのルートを検索した。

で、

きっとこれは簡単なことではないはずなので。

きっとここからいろんなことは出来なくなるはず。

なので私は、十年にはなるだろうか、放置してきた体中のイボへの対策をはじめた。

イボなんてものは生命の維持には関係ない。人にみせるのも恥ずかしい。

なのでずっと放置してきたのだった。

きっと指の関節はリウマチとかなにかではないか。そんなものが発見されてしまったら、イボどころではなくなるはずだ。

そんな訳で、引きこもりなのに電車の時刻を検索し、皮膚科に向かった。

行ってみたら複数回通うことになるらしい…。今度は関節だ。(それと皮膚科への再診)


そんな6月を過ごしています。


…余談だけど

わたしは検索してパパっと出てくるルートよりも、時刻表が大好きで。延々スマホでうっとりながめている。

ダイヤというのだろうか?

2日前に時々見ていたバス(は滅多に乗らないので更に疎い)のウェブから、超アナログなページを発見してしまった。普段出てくる地図でもない。PDFですらなくて、いかにも分厚い帳面、ていう感じの、それはそれはアナログなエクセルのデータ…

いちいち停留所の名前と時刻…ダイヤというの?あれが載ってる。

これはアツい…

案外バス停の名称とは◯◯駅前と◯◯駅口、全然ルートも違う(小さい駅なのに)

これはツボだ。

1時間に一本…わたしは通えるのだろうか?