ナースコールを押して数秒。
ひょこっと顔を出す。
「ああ、氷枕ですね。持っていきます」
まだ何も言ってないのに、顔を見て用事が分かるらしい。
そして私は文字通り、話すことができない。
食道癌の手術の時に声をなくした。
 
声を失うなんて可哀想という奴もいる。
でも妻も子供も孫もいる人生で、私は幸せだ。
 
そして夜中にこっそり打ち合わせがはじまる。
もうすぐ妻の誕生日だ。
人工呼吸器につながれた私は自由に動けない。
字も上手く書くことが出来ない。
妻は毎日面会に来る。
その時もうすぐ誕生日ということを、この看護師は知ったらしい。
「私その日いますから。みんなでお誕生日パーティーしましょう。カードどうします?贈りますよね?」
 
無言で顔を見合わせる。
「あ、書く言葉ですか?私が代筆しますか?」
 
私のことを一番よく分かっているこの看護師に任せよう。
「こういうカードとか手紙とか奥様に書いたことあります?」
 
また無言で顔を見合わせる。
「最初のラブレターですね!!」
 
君は最期ではなく最初という言葉を使うのか。 そう思いながら夜が明ける。
 
「先輩、何作ってるんですか?」
「んー?ほらもうすぐ奥さん誕生日だからさー」
さて。どうしよう。なんて書こう。
最初に送るラブレター。
あの人らしいメッセージ。
そういえば、声を出す練習先生できるって言ったな。 人工呼吸器をちょっとなら外して、そこで話すのが出来るって。
そんなこと出来るの知らなかった。何か伝えたいことあるかな。
きっとあるよね、沢山さ。
 
 
今日から秘密の特訓がはじまった。
少しだけなら声がだせる。その練習をするらしい。
もう別に話せなくてもいいと思っている。 声にだしたいことなんていまさらない。。 とは言えないことを君は見抜くんだな。 
君はいつだって楽しそうにして、笑っている。
他にも患者を担当していて忙しいだろうに君はいつだって私の前で 辛いとも大変とも言わない。
 
 
仕事が終わってロッカーに行く途中に看護週間のポスターが貼られているのに気がつく。ポスターには
「折れそうな心まで支えてみせる」
そう書いてあった。
毎日毎日仕事に追われて私がやりたい看護ってなんだろうって考える。
安全のためだからという理由で人をしばって。
これはおかしいんじゃないかなって立ち止まる時間さえ時に奪われ る。
私はなんで看護師になりたくて、何のために看護師になったのか。
時々忘れそうになって、機械みたな気持ちになる。
折れそうな心まで支えるなんてできるわけないじゃん。 
そんな暗い気持ちがよぎった時に後輩が
「先輩っていっつもこういう看護してますよね」
え?忙しくて毎日毎日どうしていいか分からなくなるのに?
「だって、先輩いっつも楽しそうですもん。 もうすぐ誕生日パーティーですね。楽しみですね」
 
妻の誕生日当日。
病室は派手な飾り付けがされている。
これ派手じゃないか。。という顔であの看護師の顔を見ると
「今日は奥様の誕生日ですから。派手がいいです。」
そうか。じゃあ仕方ないか。
妻が病室に入ってくる。ああ、 今日だけは病室じゃなくて部屋なのか。
医師が人工呼吸器を一瞬外す。ずっと練習してきた。
・・・ちゃん
私が話したのは妻の名前だ。
おい、今日はめでたい日なんだから。なんで泣くんだよ。
「お誕生日おめでとうございます。 これは病棟一同からのプレゼントです。 そしてこちらはご主人からです」
 
あれから1ヶ月後私が違う病棟に異動になった。
異動になる前に夜勤中にこっそりそのことを伝えた。
 
が ん ば れ
 
そうやって、ゆっくり口を動かして話してくれた。
新しい病棟に異動してもうすぐ仕事が終わる頃、 前の病棟の師長から電話が入る。
あの人が亡くなった、奥様が会いたいと言っている。 少し時間があれば病棟に来て欲しい。そんな連絡だった。
 
 
いつも気丈にふるまう彼女は目が赤く腫れていた。
あのね、前にノートを作ってくれたでしょう? あなたがどこかに行ったりした時写真を貼ってくれたり。
私の誕生日のお祝いをしてくれた時の写真やみんなからのメッセージが書いてあるノート。
あれ、私がもらってもいいかしら。 ここでも辛かったけど楽しかった時間が確かにあったんだって。
そう思えるから。 
最期にもらったあの人からのラブレター。
ずっと大切にするわね。
ありがとう。
 
 
 
折れそうな心まで支えてみせる
時折私の心は悲鳴をあげて倒れそうになる。
でもやっぱり看護師って楽しい。
そう思える瞬間があるのって幸せなんだなって。
そう思う。
 
是非お気軽にフォローしてください

実は写真のバラは作ることができます。YouTubeで折り方を配信していますので
みてください