不幸を愛する精神(その2:おおばともみつ氏のジョーク集より)
日本の電気メーカーとアメリカのメーカーが、ミズーリ川で、10年に1度、ボートレースをする事にした。
1980年の第1回対決では、日本艇が体勝した。
アメリカチームはその後、強化委員会を作って敗因と今後の対策を議論した。 結論は非常にはっきりしていた。 日本艇は、漕ぎ手8人で舵取りが1人であったのに、アメリカ艇では、漕ぎ手が1人で舵取りが8人もいたのだ。
1990年の対戦でも日本チームが勝った。
アメリカ側は、前回の敗戦に凝りて、普通の舵取り4人、ミズーリ川をよく知っている舵取り3人、双方の連絡役1人で戦った。 漕ぎ手は、依然として1人だったけれども、筋肉強化と報酬を高くすることで対応した。 しかし、またまけた。
2000年の3度目の対決に向けて、日本艇は訓練を強化した。
毎朝5時に起床し、練習に励んだ。 夜遅くまでボートを磨き上げ、その後は、カラオケ・レストランで合唱して結束を固めた。 寿司や酒を、食べたり飲んだりしたのは、勿論である。
アメリカ艇は、新しく生まれ変わった。 ハイテク・パドル・システム(櫂のシステム)を作り上げた。 このシステムを取れば、漕ぎ手は1人で十分である。
これに対して日本艇は、漕ぎ手を増やさなければいけないと考え、たった1人の舵取りまで漕ぎ手に起用した。
その挙げ句、進むべき方角を見失って大敗した。
出典 : おおばともみつ著、 「世界ビジネスジョーク集」 、中公新書、中央口論新社発行
<追記>
漕ぎ手は、ボートレースにおけるWorker/歩兵である。 練習、ボート磨き、カラオケ、宴会と私生活を犠牲にしてまでも、チームのために尽くす。 アメリカ社会では、漕ぎ手というジョブに対する愛情が乏しいが、一方、日本では漕ぎ手という苦しい仕事を愛する。
愛するあまり、舵取りまで漕ぎ手になれというのである。 この時点で、チームには狂気が発生している。
ボートレースに勝利することよりも苦しい仕事を愛することに関心が映ってしまい、また、競争相手に注目するよりもチーム内での「不幸の蔓延」を、ただただ、追求する。
その結果としてチームは大敗する。