20年前に後援してくださったヴィテルボの県庁を訪ねてみました。
県知事はもう変わっていましたが、代わりに中を見せていただきました。
まるで美術館、いえそれ以上。
大体イタリアではオフィシャルな場所は由緒ある建物を使用している場合が多いのですが、素晴らしい彫刻やフレスコ画で溢れていました。
もともとヴィテルボ県は教皇が5人も住んでいた町で、ヴァチカンに移るまではここでコンクラーベも行われていました。なんと、教皇選挙がなかなか決定せず3年もかかったこともあったそうです。イタリアは、歴史の中にある町ということを実感します。
街には教会もたくさんあり、ローマに近いため見過されることも多いですが、素晴らしい街です。
そのあと、元市長のステファノさんの息子さんのフェデリコ君にチヴィタ・ディ・バニョレージョの町に連れて行って頂きました。
この橋を300m登らないと町に行けません。両側は何も有りません😱私は高所恐怖症なのですがこの機会を逃すと2度と無いと思い頑張って登りました。
チヴィタ・ディ・バニョレージョの町は300mの絶壁の上にあります。
人口はわずか7人だそうですが、土産物屋やレストラン、バールもあり、団体バスが橋の下の町に止まり観光客が沢山。。もともと2500年前に町ができ次第に周辺が侵食されてこんな風になったそうです。
イタリアの町の話を聞くと歴史と同居しているようで、本当に驚きます。
そして今日は、有名な怪物公園に。
この公園は、オルシーニ宮殿の主ヴィチーノ・オルシーニが妻ジュリア・ファルネーゼが亡くなった後、心を慰めるために作ったそうですが、ミケランジェロに継ぐ有名な建築家ピッロ・リゴーリオが400年前に設計し作ったそうです。実物を見るとどれも数メートルあり、その大きさに驚きます。
ヴィチーノ・オルシーニは代々続いた豪族オルシー二家の王子だったのですが、
ファルネーゼ家は教皇が出た名家中の名家。2人の結婚は政略結婚だったようですが、
仲睦まじく幸せな日々を過ごしていましたが、残念ながらファルネーゼは若くして亡くなってしまったそうです。王子は悲しみを癒すためにこの公園を造らせたそうですが、彼の没後、しばらく放置され荒れ放題になっていたのですが、個人の方がこの広大な土地を買い、修復して公開すると年間10万人もの人が訪れるようになったそうです。
今日も元市長のステファノさんの息子さんのフェデリコ君が、つききりで運転手&説明係をしてくれ本当にイタリアの小さな町の人は親切だと実感しました。感謝しかありません!
とても素晴らしい旅でした。














