以前から見たかった 映画「ダリダ~甘い囁き」 をwebで見ました。

 

 

 

もともとはダリダについては、学生時代にアランドロンとあまい囁きを歌っていた女性としか知らなかったのですが、

歌を初めてから調べて見て、あまりにドラマテイックな生涯を送った人として印象的だったのです。

 

ダリダ(Dalida , 本名ヨランダ・クリスティーナ・ジリョッティ Iolanda Cristina Gigliotti , 1933年1月17日 - 1987年5月3日)は、エジプト出身のイタリアフランス人歌手。フランスの国民的歌手として31年間活動した。晩年はうつ病に苦しみ、1987年5月2日夜バルビツール酸系過量服薬により自殺を図り、翌日に死亡した。彼女の墓はパリのモンマルトル墓地にある。これまでに全世界で1億7,000万以上のレコードを売上記録を有している(2018年時点)。とWikipediaにあります。

 

両親はともにイタリア人で父はヴァイオリニストでしたが、エジプトに移民しダリダはカイロで生まれました。両親は当時弾圧に合いあまり恵まれた環境ではない中、ダリダはミスエジプトに選ばれるほど美しく成長し、2年後フランスに帰化し敏腕プロデューサーリュシアン・モリスに見いだされ、歌手デビューすると大ヒット。瞬く間にフランス中の人気者になります。

 

リュシアンとは相思相愛の仲でしたが、彼は妻帯者であったため彼が離婚し結婚の決意を固めるまで、5年間ひたすら待ち続けたダリダは疲れ切ってしまい、結婚生活は1か月で破綻。一方彼女の歌は次々と大ヒット。ゆるぎない名声を得ていきます。その後、ポーランド人の画家や18歳のファンと付き合うなどいくつもの恋に落ちます。

 

彼女は再出発を決意し独立、イタリアのサンレモ音楽祭に出場を決め、曲を書いたイタリア人の新鋭シンガーソングライター、ルイジテンコと知り合い激しい恋に落ちます。

当時、サンレモ音楽祭では男女(ダリダとテンコ)が同じ歌を別々に唄って、その曲を競うものでしたが、テンコの曲Ciao amore,

ciao は優勝候補と前評判は高かったものの、予選で落ちてしまいます。

 

この曲は元々はイタリア統一期の戦死者を題材にした反戦歌でしたが、検閲を回避するため、サビの「さよなら愛しい人よ、さよなら」(Ciao amore, ciao)の部分以外を大幅に変更。イタリア移民が新天地を目指し旅立つ内容に作り替えたものでした。

 

その結果を聞き、ダリダが心配してホテルの部屋に帰り目にしたのは、絶望してピストル自殺したテンコの姿でした。

半狂乱になったダリダも自殺しようと試みますが、助かってしまいます。

 

その後ヒットには恵まれるものの、新しい恋人は得体のしれない錬金術師で彼女の家政婦の恋人を誤射してしまい、ダリダが別れを告げると排気ガスで自殺。最初の夫でダリダの歌の良き理解者として応援していてくれたリュシアンも自ら命を絶ってしまいます。

 

 

 

 

名声とは正反対の孤独と哀しみにとらわれたダリダは、1987年サンレモにあるホテルの410号室、テンコが自らを撃ったその部屋で大量の薬を飲んで自殺を図り、翌日に死亡しました。

 



ルイジテンコはサンレモで亡くなった後、皮肉にもCiao amore ciaoが大ヒットとなりました。


彼の代表作は Se  sasera sono qui 。

聞いてみてください。とてもいい曲です。

 

 9月24日はいよいよ新作個展です。