Dansons la rose ピカルデイの薔薇
フランス北部のピカルデイ地方は自然に恵まれ、薔薇の綺麗なところだそうです。
ですが国境近くのため、第一次世界大戦、第二次世界大戦でも戦場になりました。
この歌はこのピカルデイ地方に派兵されたイギリス人兵士が過酷な戦況の中で 詩を書き、イギリス人の作曲家が曲を付けたそうです。次第に戦地で口ずさまれるようになり、フランスで歌手(イブモンタンなど)によってレコーデイングされ有名になった歌です。
Parlez-moi D‘amour 聞かせてよ愛の言葉を 仏 1930年
リシュエンヌボワイエが歌い、フランスで初めてレコーデイングされた曲としても世界的に有名な曲です。リュシエンヌ・ボワイエは1903年にパリのモンパルナスに生まれ、歌手を志す前は、藤田嗣治やキース・ヴァン・ドンゲンKees Van Dongenらの絵のモデルをしていました。有名な「カフェにて」は彼女がモデルです。
Que Reste-t-il De Nos Amore 残されし恋には 仏 1940
「ラメール」「詩人の魂」を作曲したシャルルトレネが作詞作曲して歌いました。映画音楽として一世を風靡し、美しいメロデイは世界中の人に愛されました。アメリカでも英語ヴァージョンがヒットし既にスタンダードナンバーになっています。シャンソンにジャズを取り入れた初めての作曲家ともいわれています。歌の間奏の部分が長いので江口純子さんの素晴らしいピアノを堪能できると思います。
Fais-moi valser「最後のワルツ」
恋人に別の女性ができ、辛い心を抑えながら相手にさよならを言う内容です。1935年。作詞:Vincentelli Joseph Antoine、作曲:Borel Clerc Charles。恋人に、「別れのワルツを踊りましょう」というものです。歌い手の松宮一葉さんがご一緒したときに、薫子さんにぴったりの曲があるとおっしゃって、楽譜も送っていただきました。エレガントな曲で気に入っています。
Don’t cry out loud あなたしか見えない 米 1979
リタクーリッジが歌い第八回東京音楽祭でグランプリを受賞した曲です。原曲では「泣き叫んだりせずに、悲しみは心の中に秘めて」といった内容なのですが、なかにし礼さんが、情感豊かな訳詞をつけています。
EL ULTIMO CAFÉ 最後のコーヒー
アルゼンチンタンゴです。ホセソーサー歌いました。彼は1926年4月21日 に、生まれ。貧しい青少年時代をすごすしましたが 1949年6月より、アルゼンチンのブエノスアイレスに移り、アルマンド・ポンティエールの楽団での歌唱が好評となり、有名となりました。1953年ごろ、声帯が深刻な状態となるものの、手術を受けて、タンゴ歌手に復帰する。まだアルゼンチン市民に白黒テレビが普及して間もないころのテレビ番組に頻繁に出演して、知名度を上げました。 38歳で事故死とありますが、自殺のようです。美しい曲で和訳の「琥珀色の時が流れる」も絶妙だと思います。
HYMNE A L'AMOR ...愛のアンセム
あまりに有名なこの曲 宇多田ヒカルの訳詞で歌います。
Al di la
ご存知のカンツオーネの中で5本指に入る曲だと思います。(オーソレミオ、ボラーレ、だれも寝てはならぬ、Time to say good byeなどでしょうか?)Al di la はどこかに、彼方にという意味で、どこかにあなたはきっと私のためにいてくれるという「恋愛専科」の主題曲です。
オーシャンゼリゼ ダニエルビダルでおなじみです。




