Un poisson rouge -77ページ目

苦しみの種

長年、自分を苦しめてきたことの原因が、やっと、分かったような気がする。

それは、偏見、なのだと思う。
他者からの、それ。しかし突き詰めると何より、自分が持っていた自分に対する、偏見。

女性は、自己実現より、
親戚や、周りの人たちとの、社会的人間関係を円滑に取り持ち、
縁の下でそれを懸命に支え、
良き妻として、良き母として、
日々の暮らしを下支えする。

無意識のうちに、自分の潜在意識に仕込まれた、そういった考え。

”結婚したら、専業主婦になってほしい”
そんな考えを持つ父親と、その通りの人生を選択した母親の下に育ったから、潜在意識のレベルに、それが刻み込まれたのだと思う。

そして、私は、そんな考え方が、嫌で嫌で仕方が無くて、
意識的に、逃げ惑ってきたように思う。

女性にも、様々な選択肢が存在する現在、
女性が自己実現をすることについて、敢えてそこまで強く意識している女性は、実はあまり多くないのかもしれないが、
私は違ったようだ。

自分でも気付かなかったことであったけれど、
強迫観念のように、何かを目指して、徹底的に、自分の母親のような専業主婦の生き方から、離れなければいけない。
と、そんな風に頑に思っていた。

しかし、そんな風に、女性であるからということを考えること自体が、自分で自分を苦しめる偏見であったのかもしれない、と、気付いた。

そんなことを考えずに、
自分らしく、自然に生きればいいのだ、と今は思う。

私は、物事を突き詰めて考えたりするのが、割と好きな方だ。
もちろん、世の中にはそういう性格を持つ女性もいるし、過去にもいたであろうけれども、
そういった面は、従来的な考え方からすると、あまり女性的とは言えないのかもしれない。

でも、それでも良いのだ、と思う。

そういった自分を、自分が認めてあげられずに、一体誰が認めてあげられるのだろう。
以前の私は、どこかで、従来的な考えからして「女性的」ではない自分を、
無意識に、否定的に捉えていた、と思う。

でも、それは自然体ではない、と思う。
そして、そう考えることは、他ならぬ自分自身が、他者に対して、そのように考えて生きることにつながってしまう。

どんな自分であっても、
それが自分らしい、としっくりくる自然な自分が、自分なのだと思う。
世の中に、色んな考えを持って、色々な生き方を選択している人がいるように。

新年早々ではあるが、
長年の苦しみの種に気付けたことは、とても大きな収穫だったかもしれない。

私は、自分らしく生きて行きたい。
そして、そうすることは、きっと、同じような悩みを抱えている人を、
何らかの形で、助けることが、少しはできるかもしれない。

挑戦の年に。With smile :)

あけましておめでとうございます。
旧年中は、どうもありがとうございました。
今年もまたどうぞ、よろしくお願い申し上げます。
2015年が、みなさまにとって、素晴らしい年となりますように^^

突然ですが、
最近読んだ本で、
かの有名なオランダ出身の画家、ゴッホの生涯について知りました。

ゴッホが、本格的に画家としての活動を始めたのは、27歳だったそうです。
そして、その壮絶な人生を、自らの手で閉じたのは、37歳。
今や、世界中に知れ渡るその作品は、単純に計算して、その、10年間程の間に製作されたものだった、ということになります。そして、その本によれば、実際に活動に費やした年月は、7年間くらいの間であった、ということでした。

27歳という年齢は、画家として、ゼロから活動を開始するには、少々、遅咲きのように見えます。ましてや、後世まで、世界中の人びとを魅了する作品群を残すということとなれば、尚更、のように、思えます。
しかし、ゴッホの生涯についてのストーリーを読んでみて、
本当に、人は、年齢ではないし、長さでも無いのかもしれない、と思いました。

ゴッホの人生は、精神的にも、金銭的にも、挫折や苦難の連続であったようにも見受けられます。
それでも、製作に集中した7年間程の間に、文字通り人生をかけて、描いたということが、ゴッホの生き様だったのだろうな、と、勝手に、思ってしまいました。
その情熱はいつまでも、世界中の人びとを引きつけ続けている、ということは、
人間の持つ可能性の大きさを示している、と思いました。

苦難の中にあっても、いつからでも、
人は、挑戦することができる。

私は、ゴッホの生涯のストーリーから、そんなメッセージを、(勝手にではありますが、、)受け取りました。

2015年、私は、いつからでも、どんな状況にあっても、
挑戦する心を持って、進んで行く。
そんな年にしたいと思います。

特に、女性である自分が、挑戦をすること、
意志を持ちつつ社会と関わっていこうとすること、
の、持つ意味は、未だ、大きい、という風に思っています。

自ら率先して、挑戦する人になる。
笑顔と朗らかさも、忘れずに。:)

それを、心に留めて、新しい年の幕開けとしたいと思います。

改めて、みなさんにとって、2015年が、
エキサイティングで、ピースフルで、パワフルな年となりますよう、
心から、お祈り申し上げます^^

秘境の本。

部屋の掃除をしようと思って、
自分の部屋のかなりの部分を占拠しているように思われる、本の整理を試み、
今自分にとって不要となった本を、仕分けする作業をしていた。

基本的に、自分にとって本は財産であるので、
不要な本を選ぶというのは、正直大変な作業であったりもするのだが、
積み上げられた(整理されていない…)本の中から、
世界の秘境をテーマにした本が出てきた。

案の定、ぱらぱらとめくってしまった。
そして、嗚呼、地球を旅したいな、、と思ってしまったわけである。

小さい頃、
私は、カナダに行ったことがあって、
その時、容易に言葉にはできない程の、感動を覚えたことを思い出した。

人の気配の排された、大きな大きな、自然の悠然とした姿に、
無条件に、自分の心が反応して、
自分でも訳も分からず本当に、驚いたのだった。

なんと言ったらいいのか、本当に分からないのだけれど、
地球に生きているということを、実感したと言ったらいいのだろうか。。。
そのような感覚に、襲われたのだった。

日本に帰ってくるとき、全く意味も分からずに、自然と涙が出てきた。

その時の記憶が、ふと蘇ってきたのであった。

きっと、この本の中にある、所謂「秘境」と呼ばれるような、
今となっては稀少となってしまった土地に赴いたら、
私はまた、無条件に涙して、心がうち震えるのだろうな、と思う。

世界各地に残る、多様な文化や風俗や言語、そして風景。

それが、失われてしまうことを危惧するだけならば、いとも簡単に出来ること。
そして、それは外部の人間であるから、出来ること、とも言えるかもしれない。

現代文明と、伝統の境界は、いつも必ずしも、明確であるわけではないのも確かである。

うまく言えないけれど、
それでも自分は、各地に根付く多様な、自然の在り方、人の在り方を、知りたいし、
そういった多様な在り方を、愛しながら、生きていく方法を探ることができたらな…
と、思うのであった。