少し前に、光 i フレームをみていたら、そらの写真が。
それを見ながら、夜中に一人で泣いているし。
なかなか、低空から抜け出せないでいます。
そらを飼う事になったのは、近所のスーパーに買い物にいったとき。
だんなの運転で、駐車場に入れるのに、駐車場のど真ん中に座っていた。
だんなもわざと猫ぎりぎりにハンドルを切って、車を駐車スペースに入れたのに、動かない。
なんちゅう猫だ・・・
肝が据わっているというのか。
買い物を終わってもまだ、同じ場所で座っていたし。
『そこ危ないから、こっちおいで』といったら、私の足に擦り寄ってきた。
家に帰ってきて、『娘にかわいいネコさんがいたから、明日もいたら拾ってこよう。』
そう言って、翌日すっかり忘れていた。w
娘に、『猫拾いに行くんじゃなかったの?』
そういわれて、猫を拾いに行って来たのだった。
だんなは、反対したけど、私がね。
まだ、いろんなことで低空でどうにもならなくて、でもどうにかしたくて。
猫がいたら、その世話もあるから、もう少しマシな生活できるかと思って。
猫のために、無理やりでも動けるかと思って。
自分のためには、動けないけど、誰かのためにだったら、動けるかもと。
そんな思いで拾ってきたそらだったから、いなくなるのは、とてもつらい。
そらのためにがんばって働いて、ご飯代を稼ごうとか。
そらのために、お掃除がんばろうとか。
そんな張り合いがなくなってしまった。
また、低空飛行中。
こんなんじゃ、そらも安心して天国いけないじゃん。
ダメダメな私。
わかっているけど、これはどうにもならない。
誰かにどうにかしてもらいたいけど、それは無理ってもんで。
野良猫だったそらがうちにきて、本当によかったんだろうか?
外にいたほうが長生きできていたのかも、外のほうがストレス無かったかも。
無理やり家に閉じ込めるなんて。
そんなことをピグともさんに話したら、
『最後の体のつらいときに、安全な家の中にいられたんだから』
その言葉で、すごく救われました。
そらは、私を頼りきっていたし。
きっと、安心して最後を迎えたのだろう、と思います。
それだけが、今の私の支えです。
そら、そしてぴぐともさんありがとう。