町の中心部にポツンと立つ、質素な雰囲気の喫茶店。そこの一番奥のテーブル席に、見るからに影の薄い青年が一人座っていた。
青年はその席を「論理学者のテーブル席」と呼んでいた。程よい強さで日光が入ってくるのが非常に心地良い上、睡魔が襲ってくる程の心地よさはない。周りの客に動作をジロジロ見られることもない。まさに考え事にピッタリな席だった。
しかし、青年の考え事の邪魔をするものはいつだってあった。店員だ。彼らはみんな青年に愛想よく、なんならタメ口で話しかける。考え事をしているときはとんでもなく邪魔だ。しかし、青年にとってそれが苦痛というわけではなく、むしろ救いにもなっている。だから「話しかけないでくれ」なんて言うわけにもいかないのだ。
今日もまた、バイトの少年チャックがタメ口で青年に話しかける。
「やあジェームズ」
少し間をおいてから、青年ジェームズが口を開く。
「ああ……チャックか」
「なんか疲れてるようにみえるけど、どうしたの?」
「言わなくてもわかるだろ。真夜中まで事務仕事だ」
そう言ってジェームズは大きく伸びをした。
「へえ、意外だな」
チャックは不思議そうな顔で言った。
「何がだよ」
ジェームズがそう聞き返した。チャックはしどろもどろに返答しようとする。
「失礼に聞こえるかもしれないけど、ジェームズって、その……多動性障害あるんだよね?」
チャックがそう言い終えると、ジェームズは思い切り微妙な顔をした。
「まあ、そうだが。でも仕方がないだろう。そういう地道なこともやらないと食っていけないんだから」
「……えらいね」
間をおいてチャックが言った。
「どこが」
「苦手な作業も我慢できるところが」
ジェームズはため息をついた。そして、真剣な顔をして持論を語り始めた。
「あのな、そのセリフは僕にとって誉め言葉じゃない。いいか、苦手なことを我慢して続けることは偉い、そう思っている奴は大抵の場合、不幸ものになる」
チャックはきょとんとしていた。彼が内容を完全に理解し、次の質問をするまで十秒ほどかかった。
「……じゃあ、君が苦手なことを我慢しながらするのはなぜ?」
「さっきも言ったろ。そうしないと、探偵として食っていけないからだ」