想念の世界について考えてみた


よく霊感があるとかないとかいうけれど、


私たちが見える、見えないというのは

そもそも見えるものしか信じられないからかもしれない。


肉体はいわばラジコンの車のようなもので

私たちはいつも近くから車を操作している。


その操作が、思考であり、魂なのだと思う。


死んで天国に行く、地獄に行くというが

私たちはこの世に体を授かるだけで

魂はずっと、いわゆる霊界の中にいるのだと思う


この体をいただいたその時から

私たちは思想、魂から

体を動かしている。


明るい気持ちで事を運んでいる時は

きっと、天国に近い場所から

ラジコン電波を飛ばしているのだろう


憎しみや不平や不満な気持ちがおさまらないときは

地獄のような場所にいるのだろう


魂は自由にその場を行き来できる


行きたい場所へいこうとおもえば

いつでも


楽しくなりたいと思えば

もうそこへ行きかけているんだよ



隣あってる親子や夫婦も

もしかしたら

違う次元でこのラジコンをうごしているのかも


優しくしてくれたり

助けてくれたりする人と出会うでしょ

きっとその人たちは

このラジコンをうごして

遠い次元から私たちに

もっと楽しいところへあがっておいでって

教えてくれてるのかも



ラジコンが壊れるときは

それは悲しいことだし

今まで一緒にいたラジコンと別れるのは寂しいけれど

霊界では自分の気持ち次第でいつでも会いにいける


このラジコンでたくさん良いことをしてね


今度は神様からもっと良いラジコンをもらえるかも


早く動けたり

飛んだり跳ねたり