芥川龍之介の、大人の童話
こんにちは。
本日も、とても暑かったですね。
あまりに暑いので、おいしいアイスを食べちゃいました(サーティワンの【ハワイアンクランチ】がおススメです)。
さて、今回は芥川龍之介の作品「魔術」から。
こちらの作品、むか~し、アニメで見たことがありまして。
『日本名作童話シリーズ 赤い鳥のこころ』(『まんが赤い鳥のこころ』)(1979年2月5日 - 7月30日)という番組で、放送されていました。
「魔術」は、女優の岸田今日子さんが物語を読み聞かせてしてくださっており、今回その動画を探しましたが、ありませんでしたので、久保田等さんの素晴らしい朗読でご堪能ください。
この芥川龍之介の短編「魔術」は、人間の「欲とエゴ」というものを見事に描いた作品です。
あらすじはこちら。
ある大雨の夜に、若きインド人の魔術師、マティラム・ミスラ氏の古びた邸宅に、日本人の青年が訪れます。
前々から約束していた「魔術を見せてもらう」というのは口実で、この日、彼の本心は「魔術を習う」ことにありました。
そんな青年の気持ちを、わかっているとばかりに目の前で魔術の腕を披露するミスラ氏。
目の前で起こる不思議な現象にすっかり魅せられた青年は、「自分にも魔術を教えてほしい」と、若き魔術師に懇願します。
すると、こんな条件を出されます。
「ハッサン・カンの魔術を習いたいのなら『欲』を捨てることです。あなたには、それができますか?」と。
「捨てられます。魔術さえ、教えていただけるのなら」と、強い決意を見せる青年。
そうしてミスラ氏から魔術を教えてもらった青年はある日、せがまれて、仲間内で魔術の腕を披露することとになります。
しかしそれが原因で、絶対に負けられない賭け事の勝負をすることに。
そして・・・。
「我欲」とは「インチャ」
「我欲」というものを捨てられない、「人間」というものの愚かさ。
そして、その裏に隠された「本当の願い」というもの。
それを、実にうまく表していると思います。
目先の欲にとらわれてつい、できもしない約束をしてしまう青年は愚かにも思えます。
しかし彼は、私たちの中にも「同じものがある」と気づかせてくれる存在です。
そもそも、この青年はなぜ「魔術を習いたい」と思ったのでしょうか。
彼が「人より秀でていたい」という名誉欲、つまり「優秀でないとならない」という価値観にとらわれていたからではないか、と思います。
魔術を習う条件を聞き、「欲を捨てることなんて無理だ」とあきらめるということができなかったのは、「習いたい習いたい!」という「思い通りにしたいインチャ」がこの時、青年の心の奥で暴れていたからでしょう。
「だって、魔術が使えたら、『カッコいい』って思われるもの!みんなから『スゴイ』って言われちゃうもの!あいつらを、見返してやれるもの!」という青年の気持ちは、ミスラ氏からはお見通しだったことでしょう。
青年は、家柄にも財産にも恵まれていない自分が、そのことで冷遇されていると思っていたからこそ、友人たちから一目も二目も置かれたかったのだと思います。
自分ではない自分になることで。
しかし結局、それはうまくいきませんでした。
なぜなら「魔術を習いたい」という欲は、大人の彼の願いではなく、インナーチャイルドの願いだったからです。
ミスラ氏は、「それは、本当にあなたの願う事なのか?」ということを青年にわからせるために、不思議な幻影を彼に見せたのでしょう。
青年は、自分の心の奥底にあった「自分の本当の願い」を知り、「欲にまみれた自分」というものを、イヤというほど思い知ることとなりました。
「地位と財産と名誉を手に入れて、世間を見返してやりたい」、これこそが、この青年の本心だったと思います。
そして、そんな自分を自分で否定していたからこそ「欲を捨てられます」と、本心とは逆のことを言ってしまったんですね。
「本当の自分」というものは、このように「見たくないもの」だったりするんですよ。
私の恩師である、CHhom名誉学長の由井寅子先生がおっしゃっていました。
「インチャ癒しは『いい人』のままではできません」と。
まさにその通り。
そして、だからこそ「そんな自分でもいい。そんな自分でいい」として受け入れ、癒していくことが大切です。
そして由井先生は「インチャからの行動は必ずうまくいきません」ともおっしゃっています。
これも、本当にその通りです。
インチャ癒し物語
人間であれば、ある程度の「欲」というものは、あって当たり前です。
しかし、それを捨てなければ魔術を習うことができないのだとしたら、そもそもが「最初から無理」ということになります。
そして、そうまでして習う魔術とは、いったい何なのでしょうか?
「魔術を教えてください」と頼む段階で、すでにこの青年には「欲」というものが発生しています。
しかし、魔術を習うにはその「欲」を捨てなければなりません。
ここですでに、矛盾が生じていますよね。
「至高の自分」になるには、「インチャ(我欲)」があっては、なれないのです。
だから、嘘をつきました。
彼にはその時、そうまでして習わなくてはいけない「理由」があったということになります。
魔術を習って、すぐにでも行動したい。
それほどに、不幸だったということです。
ミスラ氏が問うた、「あなたは欲を捨てることができますか?」の真の意味とは「あなたは人間をやめることができますか?」ではなかったかと思います。
欲を捨てるとは、「完璧になること」です。
そんな人間は、この世に存在しません。
だから、そもそもが「魔術を習う」ということが「人間には無理」な話であり、ミスラ氏とはそもそもが「この世のものではない存在」だったのではないかと思えてきます。
そういうと一見、オソロシイものののようですね。
「欲にまみれた、そんな醜い自分であってもいい。大切なのは誰かに認められることではなく、自分で自分を認めることだ。完璧な人間など、この世に存在しないのだから」と教えてくれる、そんな存在がこのマティラム・ミスラ氏ではなかったかと思います。
不思議なミスラ氏に「魔術を習いたい、欲を捨ててまで」と誓った青年の、真の魂からの願いとは。
実は、地位でも名誉でも財産を手に入れることではなく、ただひたすら「愛されたい」ということではなかったかと思います。
シンプルな魂の願いを間違ってしまうからこそ、人は目先のことに惑わされてしまい、「自分ではない何か」になろうするものだなと。
だからこそ道を間違えたり、病んでしまったりするのです。
それもまた、必要な経験ですけれどね。
芥川龍之介の「魔術」、これもまた、素晴らしい「インチャ癒し物語」だと思います。
あなたの中のインナーチャイルドも、癒していきましょうね♪