釣り具屋には憧れがあった。実際に釣りをしていたというだけで釣り道具を売る人間にも憧れていたのだった。僕が釣りを始めるようになった80年代後半~90年代の初めには新宿サンスイや池袋サンスイ、大和市のサンスイ、池袋丸井デパートの釣り具売り場とかに仕事帰りに立ち寄っては釣り道具を購入していた。
特にサンスイの店員さんたちは、何となく餌釣り釣り師にない(失礼)かっこいい雰囲気を醸し出していて、またルアーやフライ用品を購入するときに親切に接してくれた。
実際にはサンスイに出入りする前から釣りを始めていたのだが、その時は渓流の餌釣りだった。その当時、僕は北新宿に住んでおり、歩いても行ける新宿駅近くや、中井や目白近辺の釣り具屋さんで餌釣りの竿と針に糸などを購入して、休日には車で奥秩父や丹沢の渓流に出かけていたのだった。
しかし、餌釣りには何となく抵抗を感じていたのだった。理由は釣行のたびに生餌を購入しなくてはならないからだった。ある日、ワカサギ釣り用のウジを入れたまま釣り道具をベランダに置き忘れていて、気がついてベランダの釣り道具入れを開けたらビニール袋から成虫になった蠅が数匹飛び出してきたのには驚いてしまった。
それ以来、餌釣り用の竿にテンカラ疑似餌を結びつけて釣るようになった。しかし、そんないい加減さでは魚は釣れない。そこでフライフィッシングを始めようと考えた。それもなんだか短絡的だが・・・。
池袋丸井の釣り具売り場でコータックの4~5番のフライセットを購入して、翌日、奥秩父に出かけた。秩父湖の上流・・・多少干上がり気味の荒川でフライを振ってみた。しかし、どうやってフライを飛ばせばいいのか見当もつかなかった。適当に2メートル先の間近な流れにフライを流してみる。フライと言ってもセットに付属していた出来そこない風のカディスであった。カディスは着水すると横に倒れて針が横向きのまま川面を流れていく。これでは釣れるはずがなかったが、当日は天気も良く、清涼なる山奥の空気とそよ風の中で釣りをする喜びを知った。
その後、「釣れない釣りこそ面白い」などと負け惜しみを言うのが口癖になったのも、この時の釣れる以外の喜びを知っていたからに違いない。
