もう
36年もお店やってるんで、僕なんかより諸先輩方のお店のファンも多いと思います。
いろんな思いでがあったことでしょうね。ささいなことでもけっこうです。
そんなネタを披露して欧瑠笛の思い出に浸りましょう
まず、私 東出が初めて欧瑠笛のドアを開けたのはもう30年程前。だから店がオープンしてまだ6年程だったということですね。僕はそのころバンドマンをやってまして、当時一緒にやってた東原ブラザース(兄:ベース、弟ピアノ)という強烈に個性的な兄弟(笑)と一緒で、彼らが店のこと知ってたようでした。
多分店と話しが決まって毎週店で演奏してたと思います。そのころは曾根崎新地はすごい人で、平日でも店は満員じゃなかったかなあ。バブルのずっーと前ですが、会社帰りに酒を飲む、という文化?の勢いがありましたね。
なにしろ演奏してる客とくっつきそうなくらいの状態でした。ふっと客の耳元を見ると紙ナプキンちぎって耳に詰めてるんですよ。で僕はサックス吹いて、客はわーわー騒いでる、とこんな感じ。
そのころ若かりしお客さんも今も欧瑠笛のカウンターで飲んでるんでしょうね。
1年か2年かそれくらい演奏やって、僕は就職して仕事も忙しくなったんで長い事行けなかった。1年に1回か2回くらい。だからサックスも18年くらい吹かなかったんですよ。
また復活したのがこの7年くらい。....なんか半生記書いてる気分になってきた
ゾ(汗)
いまのJAZZバンドを組んで月に1度くらい演奏させてもらってますけど、僕にとっては欧瑠笛は音楽と共にあったんですよね。いつも変わらないマスターと共に。
write:東出孝治